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私は善人になりたい

心当たり

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「はぁ……」

 小さく息を吐いて、陳雷に向き直る。

「助かった。何やら因縁を付けられてしまって。私の態度が生意気だったのだろう」
「お疲れのところ、災難でしたね」

 陳雷の控え目な笑みに癒される。そしてこれは、これは……。

――陳雷、ほんとに胡威風のこと嫌ってなかったり、する?

 嬉しい反面、不憫に思えてくる。沢山の謂れのない嫌がらせに遭っていただろうに。

「陳雷も私を煙たく思うこともあったと思う。以前の私は厳しくし過ぎた。悪かった」

 念のため、過去の悪行を謝る。謝って済む問題ではないが、謝らない理由にはならない。それが意外だったらしく、陳雷が目を真ん丸にさせた。

「とんでもありません! 最初は戸惑いましたが、今思い返してみれば、未熟な私を鍛えてくださっていたのだと分かります。恨国の人間かもしれない、出生も定かではない私をここに置いてくださって本当に感謝しています」

 突然のポジティブ発言に、今度はこちらが目を丸くさせる番だった。これも純粋故の思考か。恵まれない環境にいて、急に優しくされ、過去の境遇もそれに伴う何かだったと繋げ合わせた。胡威風は切なくなった。もっと優しくしようと思う。

――あれ、じゃあとりあえず陳雷からの信頼得たということで、死亡フラグ回避なのでは!?

 喜びもつかの間、耳をつんざく異音が鳴り響き、フラグは折られていないと強制的に理解させられた。

 そもそも陳雷が胡威風を手に掛けるわけではないのか、はたまた今後また何かが起きて仲違いするのか。小説を最後まで読んでいれば悩むこともなかったのに、後悔したって遅い。

「そういえば、私に用があったのでは?」
「失礼しました! 魔族との戦いでお召し物が汚れたかと思いまして、湯あみの準備を致しました。宜しければお使いください」

「分かった。ありがとう」
「恐縮です!」

 恐縮は健在だったが、陳雷の表情が明るいので大分歩み寄れている気がした。



「さて、どうしたものか」

 現在湯あみ中、誰もいないのでゆっくり堪能する。長い髪の毛にもだいぶ慣れた。しかしドライヤーが無いので、乾かすのが一苦労だが。

 先ほどステータスを確認したが、悪人レベルは下がってきたものの、聖人レベルはあまり変化が無かった。死亡フラグも折られてはいない。本当にどうしたらいいのか。

「やっぱ、陳雷が犯人じゃないのかな」

 慕ってくれている様子を見る限り、彼が犯人とはもう思えなくなった。

「だって他に犯人なんて……」

 恨んでいる者は大勢いるかもしれないが、以前あった薬を盛られた上鍵を開けて侵入事件みたいなことでもない限り、国内にいれば殺されるようなことは考えにくい。

「……方神速、とか」

 言っていて寒気がした。心当たりがあり過ぎた。
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