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私は精進する

皇帝陛下

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 時間が近づくと、次々に将軍が現れ、あっという間に勢ぞろいした。妙な緊張が走る。胡威風だってこの中の一人なのだから、何も思わなくていいものの、なにせ中身はただの日本人。手汗を掻くくらいは許してほしい。

「間もなく皇帝陛下がいらっしゃいます」

 四十前後の、漢服を着た男が現れて言った。軍人ではない。皇帝の付き人の一人か、はたまた宰相か。とりあえず気にすることはないだろう。

 他の四人に倣って跪く。男の言った通り、すぐに皇帝―宋雨受ソン・ユーショウ―が姿を見せた。

「急に呼び出して済まない」

――この人が!

 ついに、皇帝に出会ってしまった。皇后と健全ではないお付き合いがある身としては、こうして間近に存在するだけで気まずさが爆発する。いっそ消えて塵になりたい。不倫関係なんて何百度回転しようが悪いことでしかない。

 彼女は皇帝公認と言っていたが、本人の口から聞いたわけではないので、そこも不安要素を一つである。

――いざとなったらここから逃げ……たら、聖人レベルが下がってフラグまっしぐらだな。ダメだダメだ。

 死に急ぐことは絶対に避ける。何としても生き延びたい。ここは皇帝にも媚びを売らなければ。いや、それよりなるべく存在感を消して空気としていた方が安全かもしれない。

 そう思い悩んでいるうちに、皇帝からの言葉は終了していた。

「皆、心してかかるように」
「はっ」

 内心焦りつつ、周りに合わせて頭を下げる。いったい何を言われたのだろう。しまった。皇帝直々に言ったということは、相当重要なことであるはず。

「時に胡威風」
「はい」

 もう皇帝は去るばかりと思っていたところに、名指しされて焦りながら顔を上げる。表情を必死に整える。ここで皇后との件を言われるとは考えにくいが、それ以外に接点があるとも思えない。

 皇帝は胡威風を一瞥し、僅かながら頬を緩めて言った。

「魔族の件、助かった。結界を張り直すのは大変だろうが、宜しく頼む」
「もったいないお言葉を頂き、恐縮です。精一杯務めさせて頂きます」

 胡威風は皇帝が去るまで頭を上げることが出来なかった。



「阿心、行くぞ」
「うん」

 結局、胡千真に呼ばれるまで跪いていた。とっくにあとの三人は退室している。胡威風はほっとした。

「真、お兄ちゃん」
「なんだ?」
「皇帝が言っていたことだが」

「ああ、新兵試験のことか。確かに通常より早いが、魔族を警戒してのことだ。特に心配はいらないだろう」

――おッッッお兄ちゃん~~~~~~!!

「そ、そうだな」

 正解が聞けて、興奮のあまり抱き着くところだった。想像して吐き気がした。どうせなら、小柄な可愛い女子がいい。自分より大柄な筋肉質より、柔らかい方がいい。

――それにしても、新兵試験か。緊急で行うってことだよな。将軍は審査員だったりする? どういう奴が実力があるとか全然見抜けなさそうだけど。
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