10 / 32
第10話 あの夜のステージ ~麻衣という女~
しおりを挟む
店の奥の暗がりにある誰もいないステージをみつめながら、俺は思い出していた。
満席の店内の奥でライトに照らされた、あの夜のステージには、木村と同様、俺の店で定期的にライブをやっていた和田という男が弾き語りをしていた。
俺がオーダーのカクテルをカウンターテーブルに置くと、麻衣はありがとうと言って受け取りすぐにグラスに口をつけた。
麻衣は木村が働いていた警備会社の社員だった。
木村の2歳年上で、最初の頃は警備会社のメンバーの中にたまに混じって店に来ていて、木村がライブをやるようになってからも会社の仲間と聴きに来ていた。
しかし、木村が警備会社を辞めて俺の店でバイトをするようになった頃からは、頻繁にひとりで来るようになった。
俺は後から知ったのだが、木村と麻衣が付き合いだしたのはその頃らしい。
ちなみに、木村が34万のギターをローンで買った時、信販会社の連絡に嘘をついた警備会社の事務員というのも麻衣だった。
ふたりがつきあっていたのも意外だったが、この件についても意外というのが率直な感想だった。麻衣はわりとストレートにものを言うタイプで、嘘をつくようなイメージがなかったからだ。
ただ時期的なことを考えると、ふたりがつきあいだす前後かと思われるので、恋愛感情が冷静な判断を狂わせたのかもしれない。
なんといっても、麻衣の方から木村にアプローチしたというのだから……
麻衣は少し変わった女だった。
家が資産家の家系で、父親はいくつかの中小企業をもつ起業家でもあった。
その事業の中には、うまくいってるものもあれば、うまくいっていないものもある、と麻衣は笑って話し、父はとにかく新しいことや未知の事業に挑戦する人で自分にもそういう血が受け継がれている、と言っていた。
俺はそれを聞いて合点がいったようないかないような変な気分になった。
そんな資産家で起業家の娘なら就職先などどうにでもなるだろうに、全く縁もゆかりもない警備会社に勤めたり、木村のようなフラフラしている男とつきあう意味が理解できなかった。
更に麻衣は、四人姉妹の長女で、家を継ぐ男兄弟がいないらしいのだが、自分は家を継ぐための養子婿をとることは断り、後継ぎのことは妹たちに任せた、ということだった。
木村も麻衣の家のことについてはとくに興味がない様子で、それどころか麻衣の考えに対し、ロックだ、などと称えリスペクトしているようだった。
俺にはこの二人が自分とは全く別の生き物のように思えた。
待っていれば、大きな宝船が向こうから自分のもとへやって来てくれているというのに……
もし俺に権利があるのなら、その権利は何があろうと行使するだろう。当然だ。
むしろ、より多く宝を手に入れるための策を講じるだろう。
俺は、その権利の価値を全く理解していない麻衣が少し腹立たしかった。
しかし同時に、それがこの女の醸し出す魅力なのだとも感じていた。
満席の店内の奥でライトに照らされた、あの夜のステージには、木村と同様、俺の店で定期的にライブをやっていた和田という男が弾き語りをしていた。
俺がオーダーのカクテルをカウンターテーブルに置くと、麻衣はありがとうと言って受け取りすぐにグラスに口をつけた。
麻衣は木村が働いていた警備会社の社員だった。
木村の2歳年上で、最初の頃は警備会社のメンバーの中にたまに混じって店に来ていて、木村がライブをやるようになってからも会社の仲間と聴きに来ていた。
しかし、木村が警備会社を辞めて俺の店でバイトをするようになった頃からは、頻繁にひとりで来るようになった。
俺は後から知ったのだが、木村と麻衣が付き合いだしたのはその頃らしい。
ちなみに、木村が34万のギターをローンで買った時、信販会社の連絡に嘘をついた警備会社の事務員というのも麻衣だった。
ふたりがつきあっていたのも意外だったが、この件についても意外というのが率直な感想だった。麻衣はわりとストレートにものを言うタイプで、嘘をつくようなイメージがなかったからだ。
ただ時期的なことを考えると、ふたりがつきあいだす前後かと思われるので、恋愛感情が冷静な判断を狂わせたのかもしれない。
なんといっても、麻衣の方から木村にアプローチしたというのだから……
麻衣は少し変わった女だった。
家が資産家の家系で、父親はいくつかの中小企業をもつ起業家でもあった。
その事業の中には、うまくいってるものもあれば、うまくいっていないものもある、と麻衣は笑って話し、父はとにかく新しいことや未知の事業に挑戦する人で自分にもそういう血が受け継がれている、と言っていた。
俺はそれを聞いて合点がいったようないかないような変な気分になった。
そんな資産家で起業家の娘なら就職先などどうにでもなるだろうに、全く縁もゆかりもない警備会社に勤めたり、木村のようなフラフラしている男とつきあう意味が理解できなかった。
更に麻衣は、四人姉妹の長女で、家を継ぐ男兄弟がいないらしいのだが、自分は家を継ぐための養子婿をとることは断り、後継ぎのことは妹たちに任せた、ということだった。
木村も麻衣の家のことについてはとくに興味がない様子で、それどころか麻衣の考えに対し、ロックだ、などと称えリスペクトしているようだった。
俺にはこの二人が自分とは全く別の生き物のように思えた。
待っていれば、大きな宝船が向こうから自分のもとへやって来てくれているというのに……
もし俺に権利があるのなら、その権利は何があろうと行使するだろう。当然だ。
むしろ、より多く宝を手に入れるための策を講じるだろう。
俺は、その権利の価値を全く理解していない麻衣が少し腹立たしかった。
しかし同時に、それがこの女の醸し出す魅力なのだとも感じていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる