浮かんだノイズ

吉良朗(キラアキラ)

文字の大きさ
13 / 32

第13話 あの女…あの目

しおりを挟む
 あの夜のことを思い出した俺は、背中に筋を引く冷たいものを感じながら空中をみつめていた。

 視界の端には先ほどから変わらず木村の視線があった。

 麻衣……いや、そうではない。黒いワンピースの女が言った。
「マスター、ちゃんと言ってください……」

 俺はおそるおそる女の方へ視線だけ向けた。
 女が誰なのかは分からなかったが、何のこと・・・・を言っているのかは分かっていた。
 
 いったいこの女は何者なんだ?
 麻衣の家族?
 あるいは親族か?
 でも、何のために?
 生前、麻衣に何か頼まれていた?
 
 それなら、何を頼んだのだ麻衣は――
 いや、待て、それはおかしい。
 不慮ふりょの交通事故で、病院に運ばれてからもずっと昏睡こんすい状態だったはずだ。
 誰かに何かを頼むような時間はない。

 そんなふうに俺が思考を巡らせていると、待ちきれないというように女が言った。
「……裕典ひろのりには才能がないって」

 俺と木村が同時に、えっ? と声をあげた。
 
 俺は思わず木村の方を見てしまい目が合ってしまった。
「あ、いや、それは……いや、違う、言ってないぞ俺は……」

 俺は、女を見た。
「ちょっと、いったいなんなんだ。俺はそんなこと――」
「言いましたよ。ちゃんと、説明してくれたじゃないですか」

「マスター……マジかよ?」
 押し殺すような声に、俺は再び木村を見た。
「違うんだ木村。あれはなんていうか……そ、そう、才能なんてものは元々誰にもないってこと。そもそも似たり寄ったりで、どれだけ努力して打ち込めるか、っていう熱意を持てることが重要ってことで……なっ、それを俺は言いたかっただけだから。お前だけのことを言ったわけじゃないぞ」
 しかし、木村は、軽蔑をはらんだ冷ややかな目で俺をにらみながら言った。
「そうじゃねー、そんなことじゃねーよ」
 木村の口調には明らかな怒りが込められていた。

 女が割って入った。
「だって、裕典ひろのり、諦めきれてないじゃない!」

 木村は調子がくるったような怒りとも困惑ともつかない表情で女を見た。
「いや、だから今そこじゃ……」
 女は真剣な眼差しで木村を見据えていた。
「このまま諦めても、自分をだましきれないでしょ?」

 木村は一呼吸おくと掌を前に突き出した。それは、女が話すのを止めようとしているふうにも、自分を落ち着かせようとしているふうにも見えた。
「ちょっと待ってくれ。そうじゃなくて……」
 そう言って木村は俺を見た。
 
 その目は感情を必死におさえながらも、俺を非難ひなんするような目だった。

 この男にこんな真に迫るような目ができるとは思わなかった。

 しかしその目に、三年前にが俺に向けてきたものと同種のものを重ねてしまい、吐き気が込み上げてくるのを必死で抑えた。

 木村が口を開いた。
「マスターさぁ、何、麻衣のこと口説いて――」
「お前、才能ないよ!」
 俺は慌てて、木村の言葉を打ち消すようにさえぎった。そして、動揺に声が震えるのを抑えて俺はさとすように続けた。
「ホ、本当は……自分でも気づいてたんだろ?」

 木村が顔をしかめた。
「はぁ? いやいや、そうじゃなくって、麻衣の……」
「お前にっ! 才能はっ! ないっ!」
 俺は再び木村を遮り、のろいをち払うように言葉に合わせて三度、激しく木村を指差した。

 すると木村は、黙って一呼吸ついた。
 かと思うと、つかみかかってくるような勢いでわめいた。
「うるせーよ! 俺に才能がないとかどうでもいいわ、このエロおやじが! それより、なに麻衣を口説こうとしてたんだっつってんだよ。このハゲが!」

「はぁ? エロおや……って……ハ、ハゲてねーだろうが!」
 俺は半分どうにでもなれという気持ちになっていた。

 それよりも、こわかったのだ。
 木村が見せたの目と重なって――
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

処理中です...