34 / 37
大切な場所
しおりを挟む小さな子供が居たら、朝のご飯時はバタバタする。ここスミレ孤児院も同様。発作が落ち着き、寝不足でまだ寝ているミクちゃんをアレンさんにお任せし、子供たちの朝ご飯のお手伝いをする。
最年少の羊獣人ジャン君のもふもふして、ふにゃふにゃの骨すら柔らかい小さい体を抱きしめる。哺乳瓶でミルクを飲ませた。あうあうと必死で吸い付く姿が可愛い過ぎて、疲れているはずなのに、にまにましてしまう。
ミルクの飲み終わった体を立て抱きにし、背中をトントンしてゲップをさせ、寝付いたジャン君をベビーベットに寝かしつけた。
次は離乳食組のお手伝い。小さいスプーンで潰したパン粥をお口に入れて食べさせる。上手く食べられず、口から出てしまう子。嫌がり仰け反って椅子から逃げようとする子。もっと欲しいと手を叩いたりする子……みんな個性があり、お世話は大変だけど可愛い。
幼児組は、お手伝いは要らない「ぶじんで(自分で)」とアピールしつつ、食べ出したらお皿をひっくり返して大泣きしたりと、手が掛かる。
ひっくり返したお皿を片付けていると、熱い視線を感じる。顔を上げれば、柱の影に隠れているつもりなのか、半分体のはみ出したラッセルと目があう。
私と目が合うと、眉毛を上げ柱の影から一歩踏み出したけど……なんだ?っと振り返った子供たちの顔を見るや、また柱の影に隠れた。
「……ラッセル?ぐへっ!」
雑巾片手に近づこうとすると、どっかと白い弾丸ことカンタに抱き付かれ変な声が出た。
「ミサキ聞いてよー!僕、ラッセル様の護衛なのに僕より先に孤児院に行っちゃうんだよー!」更にぎゅーと絞められる。く、苦しいから…。
「おい!カンタ!!」
柱の影からラッセルの怒号が飛び、子供たちがびくっと身を縮こませた。泣き出した子どもを他の職員が抱っこで落ち着かせてくれる。
「く、苦しいし、臭いわ!!カンタ大丈夫?ちゃんとお風呂入ってるの?毛皮も茶色し、牛乳拭いた後のクサ雑巾の臭いがするわよ!」
「へ?そんなに臭いの僕!!!!」
ガーンの効果音が聞こえそうなほど、ショックを受けたカンタが私から離れた。
「ふう、苦しかったわ。それより、なんでラッセルは柱の影から出てこないの?子供を狙う不審者みたいよ!」
「ふ、不審者などではない……俺は、だな」
「ラッセル様、子供たちに怖がられてるんだよー!すぐに泣かれちゃうんだ」
「……そうだ俺は、子供らに好かれん」
バツが悪そうにラッセルは下を向く。ラッセルは肉食獣で鋭いキバに黒い強面の容貌。大きく威圧的な体格、低く渋い声は小さい子どもには恐いわね。
孤児院の見回りを兼ねて、おやつを持ってきたり食べに来るカンタは、「隊長、隊長!」と親しまれている。子どもたちに大きなしっぽを捕まえられたり、もふもふの背中をジャングルジムのように、よじ登られている。
カンタは、ラッセルの護衛隊長代理なんだそう。本当の隊長はカンタのお祖父さんで、今はぎっくり腰で養生中。
カンタのお父さんは、彼が小さい頃に魔物に殺され、お母さんは病気で早く亡くなった。カンタはお祖父さんに養育されたと聞いたわ。
カンタは、孤児院の子どもたちに両親の居ない自分を重ねているのか、とても楽しそうに体を使って良く遊んでくれる。カンタが子どもたちに好かれのがわかるわ。
笑い声をあげる子どもたちにおもちゃにされるカンタをラッセルが、何処か寂しそうに見ていた。
スミレ孤児院は、ラッセルのお母さんスミレさんがラッセルのお父さん前領主グラムドに頼みこみ弱い体に鞭打って初めたと言う。
ラッセルも感慨深く、きっとこの場所を大切に思っているんだわ。
場所もそうだけど、ここで暮らす子どもたちのことも。
ラッセルも子どもたちに好かれたいわよね。
私は雑巾を片付けると、ニコニコ笑顔で柱の影から戸惑うラッセルを引っ張り出して、子どもたちの少し近くに座らせた。
びくつく子、ラッセルから逃げるように距離をおく子もいるけど、お構い無しに明るくラッセルに話しかけた。
作戦名は、『このお兄さんは見た目恐いけど害はないよ!大丈夫だよ~』である。お互いすぐに慣れるのは難しくとも、少しずつ打ち解けて欲しいわ。
「ラッセルありがとう!私を迎えに来てくれたのよね?お仕事で忙しいのに大丈夫なの?」
「ああ……午前中の仕事は済ませてきた心配ないぞ。白の塔から帰って来たばかりで、ミサキも疲れているだろう?」
「疲れなんて、子供の笑顔を見たら癒されてなくなっちゃうわよ!」私が笑うと、呆れたのか私を見つめるラッセル。
「ミサキは、子供を好いているのだな………その、だな」ラッセルは珍しく言い淀みこほんと咳払いをした。
「ラッセル?」
「あー。ミサキと俺との間に子が産まれたら、孤児院の子どもたちのように……ミサキが自ら育てるのか?」
「当たり前でしょ!自分の子どもは、自分で育てるわよ!まさかラッセルは、二人の子どもなのに子育てに参加しないつもりなの?」
領主の仕事が忙しいのは解るけど、子育てを全て私に丸投げするつもりなのかしら?ついつい口調が厳しくなる。
「違うぞ!無論俺も参加する。俺たちの子をミサキが自ら育ててくれるなど喜ばしい限りだ!!」ラッセルは、よほど嬉しいのか黒い尻尾を垂直にピーンと立てている。
「俺の……母スミレは生まれつき脆弱だった。それに加え産後のひだちが悪く……母に変わり俺を育ててくれたのはれたのは傅役でな…」
聞いたことのない単語に首を傾げると、乳母の男性版だと説明された。確かに子育ては重労働。体の弱い女性が大多数を占める竜の背では、傅役の存在はありがたいことだわ。
「ふふっ、スミレさんは……ラッセルを自分の手で育てたかったのね」
「なぜ?ミサキはそう思うのだ?」
「スミレさんが孤児院を建てたからよ……建物にこだわりが凄いもの!」
明るく清潔な部屋に段差はない。棚、机もトイレもドアノブだって子供が使いやすいサイズ。家具の角もぶつからないように全て丸くしてある。汚れでも落書きしても落ちやすい材質で、跳んだり跳ねても壊れにくい。
「母は発熱しハリー先生に諌められても、設計図を眺めていたな」
懐かしそうに、ラッセルが目を細めた。スミレさんは孤児院の完成した翌年、風邪を拗らせ亡くなっている。
スミレさんがラッセルが大切にしている孤児院を私も大切にしていきたいわ。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
私が美女??美醜逆転世界に転移した私
鍋
恋愛
私の名前は如月美夕。
27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。
私は都内で独り暮らし。
風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。
転移した世界は美醜逆転??
こんな地味な丸顔が絶世の美女。
私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。
このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。
※ゆるゆるな設定です
※ご都合主義
※感想欄はほとんど公開してます。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる