最後は一人、穴の中

豆丸

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旅立ち①

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落ちていく―――― 



どこまでも薄暗い穴の中に――― 



無限に落ちて、死ぬまで一人――― 



でも良いわ。最後にあなたと抱き合えたから―― 



 緩やかに落ちながら震える手でタバコを求めた。白衣の胸ポケットには入っていない。 



 ああ、最後の一本、穴に飛び込む前に吸ったわね?忘れてた……残念だわ。 

 口寂しくてカサカサの自分の唇に触れた。



―――これなら、寂しくないでしょう?―― 



 荒々しく、私の口を塞いだ男の顔を思いだす。普段の飄々とした表情じゃなく、切羽詰まった男の顔。 

 細いと思っていた背中が筋肉質で大きく、燃えるように熱かった。剣ダコで硬くなった指の皮膚、震える手でそっと私に触れた。 

 首筋に残る大輪の赤い花の跡……俺のですからねって、呆れるほど散らされた。 



 残り火に火照った赤い跡に指を這わせる。ふふ、意外に独占欲、強かったのね。         



 最後まで一緒に行くって言ってくれて嬉しかったわ………睡眠薬飲ませたから今も、焚き火の側で寝てるのかしら?風邪を引かないと良いけど。 



 貴方と一緒には帰れないから、嘘をついてごめんなさい。 



 彼はきっと私を許さない。でも……それでいいの。許さなくていいから、早く……私を忘れて……。 





 目尻を伝わり涙が流れ、救い手のない雫は臼闇に溶けていく。



  



 

◇◇◇  







 

「おい、半獣。喜べ、半端もんのお前に王より仕事だっ」口唇を歪ませ、万年副隊長様は目の前の長身細身の男、ヨナに吐き捨てた。 



「半獣の俺にしか出来ない仕事ですね。了解しました」へらあっとヨナは笑う。見るまに万年副隊長様は怒りで顔を紅潮させた。問題を起こし第三部隊に飛ばされてきた、上流貴族の馬鹿ぼっちゃんは沸点が低いようだ。 



「調子に乗るなよ、半端者。お前が重宝がられるのも今の内だけだ。俺が隊長になった暁には、最前線に送ってやる!」お飾りの副隊長が隊長になる未来は永劫ないだろうに、オメデタイ頭だ。副隊長に掴み掛からんばかりに詰め寄られ、ヨナはヒョイと距離をとる。 



「おい!ヨナ逃げるな、殴らせろ!」 



「良いんですか、副隊長?俺これから仕事なんですよ。殴られた跡見たら王様、きっとびっくりしちゃいますね~。理由聞かれますよねー。」 

 淡い金色の目を細め、へらへら笑うヨナを苦々しく睨みつけ、挙げられた副隊長の拳が空中で静止した。 



「…ちっ!早く行け!国王を待たすな!」 

「了解」手をヒラヒラさせながら、ヨナは副隊長の前から姿を消した。 

「ち、消えやがった、気持ち悪い奴だ!」 

 副隊長の悪態が遠くに聞こえた。





 ◇◇◇





 王宮離宮の更に奥、花が咲き誇る東屋に眉目秀麗の男が護衛を遠ざけ一人。 

 歳30を越えたばかり、煙るような色気漂うホウダイ国王ソンタイ二世だった。ホウダイ国は、ナルシア大陸に古くから存在する国の一つ。豊富な鉱石を資源とし栄華を誇る強国だった。 

 若き王はテーブルに座りお茶を嗜む。彼のテーブルを挟んだ前の椅子に、沸きでたように現れた細身の男が座った。



「ヨナ、息災だな!」  
「国王さん、今月呼び出し4回目です……。あんまり半獣をこきつかわないでやって下さいよ。俺ばっかり重宝すると、周りがやっかんで、鬱陶しいんですよ」 

 王に対してもヘラっと砕けた口調。側近が見たら卒倒しそうであるが、当人同士は全く気にしていない。 



「貴公は、しがらみがない分、使いやすいからな。金を積めば動いてくれる……便利な奴だ!」国王は、にやりと人の悪い笑顔を浮かべた。 



「ははっ。その、便利な俺になにようですか?また、正妃さんの間男ですか?」 



「はっ……正妃は生まれた国に帰省中だ。2度と我が国の土は踏めんがな…」 



(正妃さん、侍らした男が他国の間者で、国家機密流出させちゃったら、さすがにアウトだ)



「じゃあ、何ですかね~。国王さん敵多いから暗殺ですか?」 



「暗殺か?それはまた次回だな……今回は護衛を頼みたい」 



「護衛?困ったなー。俺、守りながら戦うの苦手ですよ~。国王さんの護衛なんて、クソ神経使うの嫌ですよ。繊細な胃に穴あいちゃいますよ~」    

 不敬罪で死罪に成りかねない返しに、それでも国王は楽しそうに豪快に笑う。 



「ふはは、神経使う?お前がか?……護衛対象は俺じゃない。妹を、第6王妹カスミを頼みたい」 



「第6王妹ってたしか……聖女の……」 



「そうだ……聖女の娘。彼女を悪魔の穴の麓、サイの町まで護衛してやってほしいのだ……。謝礼はもちろん弾む」 



「はあ?サイの町って国王さん本気で言ってます?あの町って魔物モンスターにやられてほぼ廃墟ですよね?何しに廃墟にいくんですか?」 



「詳しくはカスミから聞くがよいだろう……受ける気があるなら、付いて参れ!」  

 飲みかけの紅茶もそのままに、マントを翻し国王は歩き出す。 



「ちょっと、国王さん?……はあ、困ったな」 

 ヨナは正直面倒くさいな、と思った。しかし、長い者に巻かれ、適当に生きるのが彼だった。 



(国王を待たせるのもなー。まあ、難解な依頼なら断れば良いか?) 



 ヨナはしぶしぶ国王の後を追いかけた、人生最大の面倒事に巻き込まれるとも知らずに……。 

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