最後は一人、穴の中

豆丸

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旅立ち②

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「あなたが連れ出してくれる人?」  


 聖女の娘、カスミ・マキノ・ホウダイは煙草を灰皿に押し付けた。牧野は聖女の名字だそうだ。 

 数ある離宮の最も最奥、数々の美姫を閉じ込めた監獄を改装した研究室に彼女はいた。 


 カスミはむせかえるような色気に溢れていた。聖女と同じ神秘的な黒髪をひとつに縛り、白く浮かぶうなじと細い首筋を露出させる。 

 その首には魔道具なのか虹色のネックレスを下げていた。父王から受け継いだ、紫水晶の溢れそうな瞳。作り物みたいな綺麗に整った睫毛。少し低めな鼻は可愛らしく、唇は厚くぽってりしていて色っぽい。


(なるほどな~。近衛騎士が付いて来たがるわけだ…)  


 白衣からスラリと伸びた素足を組み換えると、国王に必要以上に付いてきた近衛騎士の誰かが唾を呑み込んだ。 

 白衣の胸元も大きく開いていて、豊かな膨らみとうっすら頂きが白衣から透けて見えた。どうやら下着を身に付けていないようで、下半身の茂みもぼやけて見える。 

 だぼっとした白衣の上からもわかるほどのメリハリのある官能的な肢体。



「王、御前を失席します!」 

 我慢出来なくなったのか騎士数名が、前屈みで股間を押さえながら逃げていく。  


「カスミ、また下は裸か……下着ぐらい新しいのに替えたらどうだ?」 

 慣れているのか、国王は眉1つ動かさない。 



「兄王さま、研究の途中に抜け出せません。着替えを取りに行ってる間に細胞分裂したらどうします?薬液を加えられませんわ」 


「カスミの言い分も有るだろうが……また、護衛に襲われかけても知らんぞ」 


「まあ。兄王さま?私が悪いんですか?好きで襲われかけるとでも?」 

 カスミは首から下げたネックレスに指に絡めながら小首を傾げる、その姿すら艶っぽい。   



「襲われたくないなら、そんな痴女みたいな格好しないで下さいよー。国王さん、俺も男なんで、護衛無理です!」 

 ヨナは、へらへらしながらも、ちゃっかり護衛を断る。 

 今回は面倒事の匂いしかしない、半獣のカンが告げていた。 



「貴様、カスミ様に対してなんたる無礼を!」

 近衛騎士が睨みを効かせてもヨナは、へらへらしたまま。近づく護衛騎士をひらり避けると、素早く背中に回り、トンっとカスミの前に押しやる。 

「彼が貴女様の護衛を買って出るそうですよー!」 

「く、くそ!!」  

 前に押しやられた近衛騎士に目もくれず、カスミは、ヨナを凝視した。   


「あなた、もしかして半獣?」


「はい、そうですよ。獣化してないのにわかるなんて、姫さん大した目をお持ちだ。姫さんも半獣は嫌でしょうから、護衛は別のものに」「あなたが良いわ…」否定するヨナに被せ、カスミは笑顔で告げた。 



「ははっ、姫さんは半獣をおもしろがり、珍獣扱いするタイプですか?それとも毛嫌いするタイプ?」



「おもしろいかどうかは知らない……でも、羨ましいの」    

「……羨ましいがられる人生を、過ごしてきた記憶はないです。むしろ疎まれてばかりですよー」

 ヨナは、内心イライラしながらも笑顔を張り付けた。生まれた村でも、王都でも半獣で良かったことは、数えるほどしかないのだから。   


「……そう、ごめんなさいね。あなたの気持ちを考えなくて、軽率だったわ。異世界とナルシア大陸の間の子の私としては、同じ大陸の人同士で羨ましいと思ってしまったのよ」 


 ヨナは、半獣で羨ましがられたことも初めてだった。驚きに目を見張る。 


(半獣が羨ましいって、この姫さんどんな人生歩んできたんだよ。聖女の娘として、贅沢な暮らしをしてきたんじゃないのかよ)  


 歴代の聖女のように、教会預かりでもない。王妹として政策で他国に嫁がされず、離宮の奥の最奥に隠すように存在する女。その女は何の為に、サイの町に行くのか?    


ヨナは、カスミに少しだけ興味が湧く。 

 カスミを隠したのは国王だろう。サイの町に彼女が行くのは、国王の命令なのだろうか? 命令でないにしろ、なんらかの思惑があるはずだ。

 国王の弱味を握れるかもしれない、謝礼も弾むと言っている。ヨナは、頭の中で損得を計算した。 
 

「姫さん、良いですよ……あんたを護衛します。でも、俺、守るの苦手なんで無傷は無理ですから~。あと、サイの町は悪魔の穴の近く凄く危険です。命を張る半獣に、訪問理由ぐらい教えてもらえますかー?」へらへら笑いながらも必要な情報は集めたい。



「訪問理由は……ママの、聖女の墓参りよ」  

 カスミはヨナから目線を反らさず、戸惑うことなく墓参りと言う。  


 聖女は魔王復活を阻止するため、悪魔の穴にその身を捧げた。ナルシア大陸の民なら誰もが知る美談だ。カスミは、2ヶ月後の聖女の命日までに、どうしてもサイの町に行きたいと言う。
 
「……墓参りですか?姫さんは母親思いだ。俺なんか村を出てから一回もしてませんよー」

(聖女さんが悪魔の穴に身を捧げて、10年経つ。今さら、墓参りをする意味はないだろう。嘘か~?女は嘘をつくとき視線を合わせるからな。まあ……嘘でも、良いさ。謝礼と有益な情報が手に入れば…。)   


 半獣のヨナと聖女の娘カスミ。 

 こうして二人は、悪魔の穴の麓の町サイを目指し旅だった。  

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