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2 新年度スタート
平井の秘密
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あれ?電気ついてる。
「ただいま」
「おかえりー」
「先輩、今日早いっすね」
「うん。先生にたまには早く帰れって、研究室追い出されちゃった」
大学入学から住んでる、超オンボロアパートは、築60年の2DKで、家賃月4万円。古いし、煤けた畳敷きだけど、二部屋あるし、広さが気に入って、今年7年目になった。
そして、この4月から大学院の先輩とルームシェアしている。
先輩は俺の一コ上。学部3年の春、初めて研究室に入ったら、先輩がホワイトボードに数式を一心に書き付けていた。
きれいな数式
見とれてただ、突っ立ってたら、
「3年生?先生なら講義だよ」
俺に背中を向けて数式を書きながら言った。
「あ、えっと、誰かいるから、研究室の使い方聞いてもいいって言われて」
「ごめん。ちょっと今いいとこなんで」
そのまま2人とも何も言わず。でも、俺は先輩の書くホワイトボードから目が離せなかった。
もともと数学しか得意なものがなくて、大学を選ぶときに数学科を受験した。なんとなく大学に通い、人並みに彼女つくって遊んで、でもちゃっかり単位は取って、一番人気のゼミに入れるだけの成績はとれていた。
「うーん」
大きく伸びをして、先輩が振り返る。
「いたの?」
「はい」
「この辺からなんか違うような気はしてるんだけど」
またホワイトボードを向いてしまう。
「ね、ここ、どう思う?」
「えっ。俺わかんねっす」
「先生早く帰ってこないかなあ」
一瞬しか見れなかったけど、かわいい。すげーかわいい顔して、あんな問題解くんだ。
さっき話しかけてくれたんだから、俺がいることに気付いているはず。なのに、まるで無視して数式だけを見ている。
その横顔と、先輩の書いた美しい数式に、俺は一目惚れしてしまった。
ときどき研究室で会うけど、いつも、先輩の目には数式しかなくて。でも俺は、先輩と、先輩の手が生み出す数式をずっと見ていたくて、研究室に入り浸った。
先輩が就活してないことに気付いたのは5月くらいか。
「わたし院行くから、就活はしないの」
俺は、先輩と先輩の数式を眺める毎日を続けたくて、院に進んだ。
ところが。
院に進んですぐ、4月の初め頃。いつものように研究室に現れた俺に、先生が万札を渡して
「平井くん、すまんがこれでケーキ買ってきて。人数分ね」
「わー。今日のおやつ豪華っすね」
「おやつじゃないよ。藤原さんの就職内定のお祝いだ」
先輩は、いつものフレアスカートじゃなく、ちょっとタイトな黒いスカートをはいて。これって、リクルートスーツってやつだよなあ。
先輩が就活してたこと、俺は全然知らなかった。博士課程に進んで、昨日と同じように、先輩と先輩の数式を眺める生活が続くと思っていたのに、先輩は、結構大手のIT企業から内定をもぎ取っていた。
それから、毎日俺は、先輩を説得した。
俺は先輩が書く数式ほど美しい数式を見たことがない。先輩ほどの才能の人が、研究を続けないなんて、世界の数学界の損失だ。
何度も何度も言ったけど、先輩は、相変わらずホワイトボードを向いたまま、
「気持ちは嬉しいけど、」
決して先輩は、博士課程に進むとは言ってくれない。
研究室に先生と二人きりになったある日、俺はつい先生に文句を言った。
「藤原さんみたいな才能の持ち主をなんで就職させるんすか?」
先生は、コーヒーを一口、ゆっくり飲んでから言った。
「そりゃ、僕だってもったいないと思ってるよ。でも、経済的理由だと言われてしまうと、もう」
経済的理由なのか。
俺は、先輩に研究を続けてもらうために、ある作戦を立てた。
俺のアパートでルームシェア作戦である。
絶対に手を出しません。先輩が嫌がることはしません。だから、俺とルームシェアしてください。そしたら、家賃たったの月2万だし。
顔を合わせるたびに言うと、ストーカーっぽいかも、と思って、ときどき。ときには冗談っぽく、ときには真剣に俺はこの提案を繰り返して、先輩から毎回断られ続けた。
そしてとうとう、ある日ケンカになった。
「そんなこと言ったって、平井くんだって親のスネカジリじゃない」
「じゃ、一年待っててください。そしたら俺就職して、ちゃんと自分で家賃払います。それだったらルームシェアしてくれるんですね」
不思議とそれにもう先輩は反論せず、でも、3月には卒業して、社会人になってしまった。
修士2年の夏、俺は就活に成功して聖白雪の教師になることが決まった。先輩にそれを伝えて、とうとう、ルームシェアに同意を取り付けたのだ。
絶対に先輩に手を出さない
俺も研究を続ける
家賃、高熱水費、食費は折半
鉄の掟を決めて、ようやく俺たちはシェアメイトになり、先輩は4月に博士課程に進んだ。
「煮物でよかったら、一緒に食べない?」
「もちろん食います。あざーっす」
先輩は、めちゃくちゃ料理が上手い。煮物とか特に。
「先輩、俺ら婚姻届出しません?」
「は?なに言ってんの」
「住所は一緒だし、届出せば、扶養手当もらえるじゃないすか。そしたら、先輩バイトもっと減らして、研究に打ち込めるんじゃないかって思って」
「そんなの、詐欺じゃない。ダメよ」
「いや、ほら、ほとんど愛情とかない仮面夫婦みたいなんでも、扶養手当ては出るんだから、一緒じゃないすか」
「平井くん」
今日はここが退き際。
「ごめんなさい、ごめんなさい。もう言いません」
俺は頑張ってふざけて、話を無理やり終わりにする。
俺はズルい。好きとか付き合いたいとか、一回も告ってないから、先輩は俺を振ることが出来ない。それがわかってて、ときどき揺さぶっている。
でも、マジな話になって、先輩に本気で断られるのが、とにかく怖くて、俺はずっとふざけている。
本当は、本当の意味で結婚したい、とおもっているのに。
「ただいま」
「おかえりー」
「先輩、今日早いっすね」
「うん。先生にたまには早く帰れって、研究室追い出されちゃった」
大学入学から住んでる、超オンボロアパートは、築60年の2DKで、家賃月4万円。古いし、煤けた畳敷きだけど、二部屋あるし、広さが気に入って、今年7年目になった。
そして、この4月から大学院の先輩とルームシェアしている。
先輩は俺の一コ上。学部3年の春、初めて研究室に入ったら、先輩がホワイトボードに数式を一心に書き付けていた。
きれいな数式
見とれてただ、突っ立ってたら、
「3年生?先生なら講義だよ」
俺に背中を向けて数式を書きながら言った。
「あ、えっと、誰かいるから、研究室の使い方聞いてもいいって言われて」
「ごめん。ちょっと今いいとこなんで」
そのまま2人とも何も言わず。でも、俺は先輩の書くホワイトボードから目が離せなかった。
もともと数学しか得意なものがなくて、大学を選ぶときに数学科を受験した。なんとなく大学に通い、人並みに彼女つくって遊んで、でもちゃっかり単位は取って、一番人気のゼミに入れるだけの成績はとれていた。
「うーん」
大きく伸びをして、先輩が振り返る。
「いたの?」
「はい」
「この辺からなんか違うような気はしてるんだけど」
またホワイトボードを向いてしまう。
「ね、ここ、どう思う?」
「えっ。俺わかんねっす」
「先生早く帰ってこないかなあ」
一瞬しか見れなかったけど、かわいい。すげーかわいい顔して、あんな問題解くんだ。
さっき話しかけてくれたんだから、俺がいることに気付いているはず。なのに、まるで無視して数式だけを見ている。
その横顔と、先輩の書いた美しい数式に、俺は一目惚れしてしまった。
ときどき研究室で会うけど、いつも、先輩の目には数式しかなくて。でも俺は、先輩と、先輩の手が生み出す数式をずっと見ていたくて、研究室に入り浸った。
先輩が就活してないことに気付いたのは5月くらいか。
「わたし院行くから、就活はしないの」
俺は、先輩と先輩の数式を眺める毎日を続けたくて、院に進んだ。
ところが。
院に進んですぐ、4月の初め頃。いつものように研究室に現れた俺に、先生が万札を渡して
「平井くん、すまんがこれでケーキ買ってきて。人数分ね」
「わー。今日のおやつ豪華っすね」
「おやつじゃないよ。藤原さんの就職内定のお祝いだ」
先輩は、いつものフレアスカートじゃなく、ちょっとタイトな黒いスカートをはいて。これって、リクルートスーツってやつだよなあ。
先輩が就活してたこと、俺は全然知らなかった。博士課程に進んで、昨日と同じように、先輩と先輩の数式を眺める生活が続くと思っていたのに、先輩は、結構大手のIT企業から内定をもぎ取っていた。
それから、毎日俺は、先輩を説得した。
俺は先輩が書く数式ほど美しい数式を見たことがない。先輩ほどの才能の人が、研究を続けないなんて、世界の数学界の損失だ。
何度も何度も言ったけど、先輩は、相変わらずホワイトボードを向いたまま、
「気持ちは嬉しいけど、」
決して先輩は、博士課程に進むとは言ってくれない。
研究室に先生と二人きりになったある日、俺はつい先生に文句を言った。
「藤原さんみたいな才能の持ち主をなんで就職させるんすか?」
先生は、コーヒーを一口、ゆっくり飲んでから言った。
「そりゃ、僕だってもったいないと思ってるよ。でも、経済的理由だと言われてしまうと、もう」
経済的理由なのか。
俺は、先輩に研究を続けてもらうために、ある作戦を立てた。
俺のアパートでルームシェア作戦である。
絶対に手を出しません。先輩が嫌がることはしません。だから、俺とルームシェアしてください。そしたら、家賃たったの月2万だし。
顔を合わせるたびに言うと、ストーカーっぽいかも、と思って、ときどき。ときには冗談っぽく、ときには真剣に俺はこの提案を繰り返して、先輩から毎回断られ続けた。
そしてとうとう、ある日ケンカになった。
「そんなこと言ったって、平井くんだって親のスネカジリじゃない」
「じゃ、一年待っててください。そしたら俺就職して、ちゃんと自分で家賃払います。それだったらルームシェアしてくれるんですね」
不思議とそれにもう先輩は反論せず、でも、3月には卒業して、社会人になってしまった。
修士2年の夏、俺は就活に成功して聖白雪の教師になることが決まった。先輩にそれを伝えて、とうとう、ルームシェアに同意を取り付けたのだ。
絶対に先輩に手を出さない
俺も研究を続ける
家賃、高熱水費、食費は折半
鉄の掟を決めて、ようやく俺たちはシェアメイトになり、先輩は4月に博士課程に進んだ。
「煮物でよかったら、一緒に食べない?」
「もちろん食います。あざーっす」
先輩は、めちゃくちゃ料理が上手い。煮物とか特に。
「先輩、俺ら婚姻届出しません?」
「は?なに言ってんの」
「住所は一緒だし、届出せば、扶養手当もらえるじゃないすか。そしたら、先輩バイトもっと減らして、研究に打ち込めるんじゃないかって思って」
「そんなの、詐欺じゃない。ダメよ」
「いや、ほら、ほとんど愛情とかない仮面夫婦みたいなんでも、扶養手当ては出るんだから、一緒じゃないすか」
「平井くん」
今日はここが退き際。
「ごめんなさい、ごめんなさい。もう言いません」
俺は頑張ってふざけて、話を無理やり終わりにする。
俺はズルい。好きとか付き合いたいとか、一回も告ってないから、先輩は俺を振ることが出来ない。それがわかってて、ときどき揺さぶっている。
でも、マジな話になって、先輩に本気で断られるのが、とにかく怖くて、俺はずっとふざけている。
本当は、本当の意味で結婚したい、とおもっているのに。
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