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第1章 魔女と仲間達
第31話 魔女、噂を聞く
しおりを挟む……ああ。なんて美しく、なんて悲しい歌なのだろう。
彼女が弦を弾き始めると、喧騒は一瞬にして消え失せる。彼女の歌声は深く澄み切っており、低音は夜の湖の底のように静かに響き、高温は夜空を駆ける流星のように鋭く、美しい光を放った。
彼女が歌うのは、故郷を離れ、星に導かれながら世界を旅する者の歌。孤独と自由、そして探し求める光について、情熱的に歌い上げる。誰もが知る旅を愛する者の歌であるが、初めて耳にしたと錯覚するほど、彼女の歌は悲しみと美しさで満ちていた。
(この声は、女神の囁きだ)
ヴィーテルは、目を閉じて聴き入る。彼女の歌声には、彼女の純粋な魂が宿っているように感じられる。この歌を聞くことで、隠された彼女の人生を、少しだけでも知ることができるのではないか、と思う。
(ラーシェ……なんでそんなに、悲しそうなの)
リュビアは顔を上げて彼女の姿を目にして、心がきゅっと引き締まったような気がした。まるで彼女が、孤独を抱えて終わりのない旅を続けている流浪の旅人のように、見えたのだ。空色の瞳はいつものように透明で美しいが、その瞳の奥に深い陰が見えたような、気がした。リュビアの目から、ほろりと水滴が流れた。
(美しい……)
レオンはただ彼女の歌声に聞き惚れ、彼女の姿に魅入っていた。夜の闇に映える純白の髪を肩から背中へと流し、空色の瞳が月の光を反射して淡く輝いている。優雅な肢体とリュートを弾くしなやかな動きが合わさり、彼の心臓は大きく高鳴る。高貴な美しさ、その佇まいに周囲の騎士は皆息を呑み、彼女から放たれる清らかな気品に誰もが心を奪われた。
歌が終わった瞬間、一瞬の静寂の後、この場はこれまでで最も激しい感性と拍手に包まれた。騎士達はジョッキを叩き、テーブルを叩き、各々彼女の歌声に熱狂する。
彼女は一礼して、少し恥ずかしそうに微笑んだ。その微笑みに、何人の男が惚れたのだろう。
彼女の顔からは、哀愁は全て消え失せていた。
◇ ◇
思わずしんみりとした気分で歌ってしまった。この歌は私の旧友が作ったもので、私の一番お気に入りの歌でもある。そのせいで、ちょっと昔を思い出してしまったのだ。
皆からの賛辞を曖昧に微笑んで受けながら、その場を離れてヴィルの元に向かう。彼の隣には正装姿のレオンさんが立っており、彼に声をかけるとどうしてかとても驚かれた。
「ラ、ラーシェリアさん……」
「レオンさん。先程の剣舞、とても綺麗でした。やはり、剣舞というものはかっこいいですね」
「そ、それは、良かった。あなたの歌も、とても美しかった」
「ありがとうございます」
素直に嬉しいので微笑んだら、彼は私から目を逸らしてしまった。私が何かしただろうかと考えていると、ヴィルが私に駆け寄ってきた。
「ラーシェ! ラーシェ、女神みたいだった」
『ううう……ラーシェ……』
ヴィルを抱きとめてその頭を撫でていると、リュビアが何故か号泣していることに気が付いた。
『リュビア。どうして泣いているの?』
『わたし、がんどうして……ラーシェの歌、悲しくて……』
彼女の言葉に、思わずドキッとしてしまう。彼女は、私が歌の途中で過去を思い出して感傷に耽っていたことに気が付いたのだろうか。
リュビアを慰めに行こうとしたが、レオンさんに呼び止められて足を止めた。
「ラーシェリアさん! あの、あなたに伝えておきたいことがあって」
「何ですか?」
「……最近、妙な噂があって。もしかしたら、あなたが狙われてしまうかもしれない」
彼の言葉を不思議に思って首を傾げると、ライオネル団長がこちらに歩いてきた。
「レオン、あの話か?」
「はい。ラーシェリアさんには、お話ししておくべきかと思いまして」
「私もそう思っていた。ラーシェリア殿、少しお話ししてもいいだろうか」
私は了承して、少しその場を離れる。騎士達が少ない場所で、ライオネル団長は声を潜めて話し始めた。
「ここ一か月、フロンティアの市街や路地裏で、奇妙な襲撃事件が多発している。被害者は皆、魔法使いや魔力的な素養を持つ者に限定されているのだ」
なるほど、レオンさんが私が狙われてしまうと言ったのはそれが理由だったのか。私は魔法使いであり、魔力量を明かしてはいないがそこそこ多いことは気づかれているだろう。
「その襲撃に、違和感がある。金品は盗られておらず、被害者の外傷は少ないにも関わらずにまるで魂を吸い取られたかのように衰弱し、魔力が枯渇しているのだ。一部の証言では、現場から影のような存在が立ち去るのを見たという報告もある」
「影のような存在、ですか」
私は小さく呟いて考える。襲撃されて衰弱し、魔力が枯渇する。昔、何度か聞いたことのある症状だ。
「ラーシェリアさんは、真っ先に狙われる危険が考えられる。どうか、気を付けてほしい」
レオンさんの真剣な眼差しを受けて、私は頷いて彼らに感謝の言葉を告げた。
翌日。私は今日の依頼を確認するためにギルドを訪れた。依頼板を見ていると、副ギルド長のライナスさんが話しかけてきた。彼とは以前依頼を受けた後も時々話をしているのだ。
「ラーシェリアさん。本日もフェロスに行かれるのですか?」
「はい。割りの良い依頼があれば、それも受けていこうと思っていたところです」
「そうでしたか。ただ、夜遅くにお帰りになる際は気を付けてくださいね。最近、妙な事件が起きていますから」
彼の言葉に目を瞬く。つい先日、騎士団でも聞いた話と同じ事件だろう。
「襲撃事件のことですか? 魔力が多い者が狙われているそうですね」
「ご存じでしたか。ついこの間、若い冒険者がすぐ近くの通りで襲われて、魔力の回路が断たれたかのように一切の魔法が使えなくなったのです」
「……魔力の回路が断たれた、ですか」
なるほど。話を聞いただけでも、この噂の真相が大まかに掴めた気がする。ただ確証はないので、自分で確かめてみようか。
「お気遣いありがとうございます。気を付けますね」
私は微笑んで彼に頭を下げ、二つほど依頼を受けてからギルドを出た。
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