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第3章 富国強兵のとき

1 帰国

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    帰ってきた。大津から舞鶴を経由して大阪へ。これから信州へ向かう。大津が一番面倒だったかな。

大津松平家大津城

    謁見の間。だだっ広い畳の大広間。一段高いところに松平康本。左右に近習が控える。低いところの左右には本多重忠を頭とする群臣が居並ぶ。その左右の群臣の真ん中を真田繁信が平澤参謀長を従えて進む。軍服はヨレヨレのままだ。もちろん、いやあ激戦でしたというアピールだ。康本の御前に座布団が2つ置かれた場所で一礼してどっかと座る。胡座(あぐら)座りだ。そのまま頭を下げる。

    「真田繁信准将、松平大将にご挨拶申し上げる。」

    側用人的な老人が声をあげる。

    「お声がかかるまで、声をだしてはならぬ。」

    おいおい。何か?家臣の謁見と勘違いしてないか?

    「はあ?勘違いしておられるようだから、ご説明申し上げる。真田家当主・皇国軍准将・暫定ルシア迎撃軍司令官真田繁信、お預かりしておった軍指揮権を移譲し、戦況を報告すべく参った。」

    本多重忠が口をはさむ。

    「失礼した。繁信殿はつい最近まで座光寺であったと聞き及んでおりましてな。戦時任命される前は少佐であったとか?それで侍従長が勘違いしたのであろうよ。」

    侍従長?さすが筆頭大名家はえらいね。真田家にはいないよ。

    「急ぎ国元に帰り、皇国軍総司令官にも戦況報告しなければなりません。」

    立ち上がる。康本に見下ろされるのはやめだ。もう座らないぞ。平澤参謀長も立ち上がる。背筋を伸ばす。

    「指揮権移譲!真田成繁少将が松平康本大将より移譲された指揮権を真田繁信准将が松平大将に移譲する。我、渡す指揮権!」

    松平康本がしぶしぶといった様子で立ち上がる。

    「・・・我、受ける指揮権。」

    次にこれは全員が唱和しなければならない。軍関係者であれば。

    「皇国の御盾となれ!」

    平澤参謀長がふところから書類を取り出し、渡してくる。

    「詳しい軍状報告はこれに。お預かりしていた歩兵はお返し申し上げる。真田軍は本日、船にて帰国致す。船の潮の加減が猶予ならぬとこと、これにて失礼致す。」

    くるりときびすをかえす。松平家の砲兵は戦死したことになっている。連れて行くつもりだ。松平家の砲兵司令官も戦死者がやけに多いと思うだろうが、砲をぶんどられるほどの激戦だったのだ。ありえる。よね。

    「待たれよ。」

    聞こえないふり。歩き続ける。さすがに強引に止めてはこない。



大津へ来た手投げ弾運搬船だけでは五千人は収容出来ない。馬も五千頭いる。帰りは100隻を越す大船団となった。手投げ弾は松平家に高く売りつけた。売りたくなかったが、後で批判される可能性があった。平出屋の売上にも貢献したし、良しとしよう。そうそう、権蔵たちには騎馬隊の猛者たちから読み書きを教えさせている。なんと1人に1人だ。教えた奴の成績を張り出すようにした。先生の名前付きで。先生方の目の色が変わること。頑張れよ、権蔵。本国に戻ったら平出屋の弾道学の権威が教えてくれるからな。

    船団は舞鶴に着く。騎馬隊と馬たちは直接信州に向かう。参謀団と上級将校は大阪へ行って、豊臣家(護国省)に報告しなければならない。大砲開発の予算も確保しなければ。ルシアの大砲は皇国のみならず、世界に衝撃を与えた。明にも大砲開発の動きがある。



大阪城謁見の間

    豊臣藤吉郎秀安。藤吉郎の名が嫡男に付けられる。正妻おねの生んだ唯一の子。関白・護国大臣・皇国元帥。大津と同じように大広間・左右に居並ぶ群臣。但し、大津と比べ物にならないくらい広い。参謀連と幹部、大隊長以上を全員引き連れて謁見させてくれた。用意された座布団に座って頭を下げる。

    「うむ、面をあげい。薄利川・鷲巣砦の戦いご苦労じゃった。」

    秀安53歳、乳姉妹ではないが真田成繁は若い頃秀吉の近習だったことがある。なので秀安とは顔見知りであり、気心の知れた仲だった。

    「報告は聞いた。成繁は惜しいことをした。」

    「誠に・・・もっと生きて欲しかった方です。それで国元で葬儀を行いたいのですが、お許しいただけましょうや?」

    「うむ、丁重にな。自身は行けぬが、余からも使者を遣わそう。それとな、そちが言う前に余が先に言うてやろう。真田繁信、真田家の家督を継ぐこと、許す。であるからして真田家の家格に合わせて、少将に任ずる。」

    「ははあ、ありがたき幸せ。粉骨砕身努めまする。」


    謁見は滞りなく終わった。退出する一行に後ろから声がかかった。

    「真田公、関白殿下がお茶にお誘いです。」

    大阪城の奥の奥、関白の私室とも言える寛いだ部屋に案内される。

    「ささ、そこに座れ。」

    西洋式の部屋だった。机があり、椅子がある。関白自らお茶を入れてくれる。

    「宇治の茶でよいかな。で、内々の話とはなんじゃ。」

    「ありがたき幸せ。」

    遠慮なく熱いお茶をいただく。

    「ひとつご相談があります。ルシアの砲についてはお聞きおよびでしょうか?」

    「うむ、聞いておる。ウスリーの戦いはそれでやられたそうだな。」

    「もうフランキ砲では歯が立ちません。平出屋という武器屋をご存知でしょうか?」

    「知っておる。手投げ弾の製造元だな。」

    「そこは座光寺の息のかかった武器屋でございますが、大砲の開発もやっております。そこの冶金部門で真福寺治兵衛という鋳物出身の男がおります。もう10年も鉄の鋳物で砲が出来ないか没頭しております。ところが、つい最近ある事件が起きまして丈夫な鉄を作る方法をついに発見しました。」

    「ほう。どんな?」

    「鉄には炭を入れると丈夫になるかも知れないとは言われておりました。ですが適正な分量がわかりません。あるとき、炭をいつもの分量入れた後、来客がありました。客が帰った後、さあ仕事に戻ったとき、炭を入れたか入れないか忘れてしまったのです。結局、もう1回炭を入れたのです。すると・・・」

    「すると?」

    「鉄が丈夫になったのです。結局、治兵衛はいつもの2倍の炭を入れていたのですよ。」

    「なんと!」

    「殿下!今まで鉄が脆いが故に、青銅製の砲が作られてきました。鉄で大砲が作れたらどうなると思います?」

    「どうなるのだ?」

    「鉄の値段は銅の3分の1です。同じ値段で3倍の砲が手に入ります。」

    「おおお!」

    ずいと膝を進める。

    「殿下、護国省に大砲生産の予算を出すよう命じて下さい。ルシアは100門の砲をもってウスリーの戦いを制しました。皇国は300門の砲をもってルシアを粉砕しましょう。なにとぞご許可を願います。」

    「・・・ルシアは皇国最大の脅威じゃ。護国省も呼ぶが、大蔵省も呼ぼう。しばし待て。」


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    大阪城参内は望外の結果をもって終わった。大蔵省・護国省の会計方と面識を得、予算も最優先となった。平出屋への大量の砲の発注書を得た。先行研究費も支給されることになった。治兵衛も喜ぶだろう。小夜の顔も見たいし、早く帰ろう。子供の顔も見たい。国元には別の不安材料もあるしな。



    











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