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第2章 鷲巣砦の攻防
10休戦
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ルシア軍作戦会議室
沈痛な空気が充満している。昨夜の衝撃的な敗戦のせいだ。
「正軍師から報告します。昨夜の蛮族の襲撃ですが、小和田と四賀が同時に襲われ、救援に向かった援軍が小和田に着く寸前に横合い3ヶ所からこれまた同時に襲われたということです。今朝になって周辺を捜索したところ、凍った川の表面に無数のそり跡が見つかりました。推測ですが、鷲巣砦から毎日聞こえていた爆発音は川までトンネルを掘っていたのではないかと思われます。小和田から下流にもそり跡があり、蛮族はわが軍を襲撃後そのまま下流に逃れたものと思われます。」
アーネン・ニコライ。表情はポーカーフェイスを保っているが、内心は煮えくりかえっている。ちょっと威圧して、大津に転進するつもりだったのだ。その夜に手痛いしっぺ返しをくらってしまった。
「・・・・襲ってきた人数はわかるか?」
「3千から8千の間かと。」
「ずいぶん幅があるな。」
「なにぶん夜のことで推測が入っております。」
「当方の人的損害は?」
「死者121、負傷者133、計254です。」
死傷者が多く出るのは負けたほうが背中を見せて逃げるのを追撃するときだ。昨夜は奇襲を受けてパニックを起こし、陣形が崩れ、戦闘集団としての機能を一時的に失っただけなので死傷者が少ないのだ。問題はそこではなかった。
「それで武器弾薬・食糧への影響は?」
「段列指揮官、ボジダル・ヤンコビッチ准将であります。昨夜の損害を報告します。」
細面の神経質そうな顔立ち。手がブルブル震えている。言いにくいことを言わねばならない。
「小和田に集積しておりました物資を根こそぎやられました。輸送用の馬車はほぼ全て破壊されており、蛮族は馬まで殺してしまいました。重砲・軽砲とも弾がありません。銃も兵が手持ちの分しか弾がありません。なにより痛いのは食糧です。このままでは2週間と持ちません。」
そこここからうめき声が漏れる。
「ハバロフスクから運べばいいのではないか?」
ミハイル・アレクセーエフ少将が言う。
「・・・結論はそうなります。しかし段列がハバロフスクに戻り、馬車と馬を調達し、食糧・弾薬を積んで戻って来なければなりません。2週間では無理です。軍がハバロフスクに戻るべきです。ここにとどまって補給が再び妨害されたら、軍は餓死します。」
「アレクセーエフ少将、意見具申。大津を叩くべきです。1日で落とせます。」
昨夜、不名誉をこうむったのは彼なので頭に血がのぼっている。
「ダミアン少将です。反対です。何か手違いがあったら、たちまちわが軍は干上がります。」
「そんなやる前から心配する負け犬根性でどうするかあ!根性でやり抜くのだ。」
同じ少将だがアレクセーエフのが先任順位は3年長い。ダミアンが手柄を立てたので嫉妬している。しかもダミアンが面と向かって反対したのでムカッとしている。
アーネン・ニコライが額に手を当ててうめく。
「諸君、大砲の弾がないのだ。大津は攻められない。大砲の弾がないことは絶対、知られてはならない。いいか、諸君も帰って部下の前で不用意に漏らすことのないように注意してくれ。」
アレクセーエフもアーネンに言われては黙るしかない。コンコン。ノックされ、返事を待たずにドアが開けられる。
「報告します。皇国軍の使者が白旗を掲げ、こちらに向かってきます。いかが致しましょうや?」
鷲巣砦会議室
上級幹部が集まっている。
「ルシアはどう出るかな?」
座光寺改め真田繁信が平澤参謀長に聞く。
「昨日与えた損害次第でしょう。」
「奇襲隊が帰ってこれたら、詳しく報告が聞けたんだがなあ。休戦してほしいよ。国元が心配だからね。早く帰りたい。平出屋の船が手投げ弾を満載してもうすぐ着く頃だから、手投げ弾を康本様への手土産にして国元に帰らしてほしい。休戦が成立したら康本様も我らを止める理由がなくなる。」
「康本様に無断で休戦提案などしてまずくないですか?」
「何も問題ないよ。まず指揮権はまだ我が手にある。軍の指揮権者としては休戦も選択肢の内というだけだ。それにだ、成繁様の葬式もしなければいけない。国元で。それにこのまま康本様の領国にいるとなにかと嫉妬される。変に名前を売ってしまったからな。」
お茶を口に含む。タバコが吸いたいがやめておこう。タバコをやめて何年になるだろう。小夜が嫌がったんだよなあ。
「奇襲隊が兵站物資を重点的にやってくれていれば、敵も困っているはずだ。ああ、そうそう川への出入口は埋め戻してくれ。あそこから今度は逆に奇襲されかねない。見張りは厳にな。」
休戦成立
休戦は成立した。
1 半年間は双方軍事行動を停止する。
2 自国の死者は、その国が埋葬する。
3 捕虜の交換(人数に関係なく、双方全ての捕虜を交換する)
4 以上
皇国信州辰野荒神山城(こうじんやまじょう)
元座光寺毛嫡男座光寺辰一郎繁信の室、小夜。
「殿が帰って来られる。あらあら、まあまあ、うれしいこと。」
沈痛な空気が充満している。昨夜の衝撃的な敗戦のせいだ。
「正軍師から報告します。昨夜の蛮族の襲撃ですが、小和田と四賀が同時に襲われ、救援に向かった援軍が小和田に着く寸前に横合い3ヶ所からこれまた同時に襲われたということです。今朝になって周辺を捜索したところ、凍った川の表面に無数のそり跡が見つかりました。推測ですが、鷲巣砦から毎日聞こえていた爆発音は川までトンネルを掘っていたのではないかと思われます。小和田から下流にもそり跡があり、蛮族はわが軍を襲撃後そのまま下流に逃れたものと思われます。」
アーネン・ニコライ。表情はポーカーフェイスを保っているが、内心は煮えくりかえっている。ちょっと威圧して、大津に転進するつもりだったのだ。その夜に手痛いしっぺ返しをくらってしまった。
「・・・・襲ってきた人数はわかるか?」
「3千から8千の間かと。」
「ずいぶん幅があるな。」
「なにぶん夜のことで推測が入っております。」
「当方の人的損害は?」
「死者121、負傷者133、計254です。」
死傷者が多く出るのは負けたほうが背中を見せて逃げるのを追撃するときだ。昨夜は奇襲を受けてパニックを起こし、陣形が崩れ、戦闘集団としての機能を一時的に失っただけなので死傷者が少ないのだ。問題はそこではなかった。
「それで武器弾薬・食糧への影響は?」
「段列指揮官、ボジダル・ヤンコビッチ准将であります。昨夜の損害を報告します。」
細面の神経質そうな顔立ち。手がブルブル震えている。言いにくいことを言わねばならない。
「小和田に集積しておりました物資を根こそぎやられました。輸送用の馬車はほぼ全て破壊されており、蛮族は馬まで殺してしまいました。重砲・軽砲とも弾がありません。銃も兵が手持ちの分しか弾がありません。なにより痛いのは食糧です。このままでは2週間と持ちません。」
そこここからうめき声が漏れる。
「ハバロフスクから運べばいいのではないか?」
ミハイル・アレクセーエフ少将が言う。
「・・・結論はそうなります。しかし段列がハバロフスクに戻り、馬車と馬を調達し、食糧・弾薬を積んで戻って来なければなりません。2週間では無理です。軍がハバロフスクに戻るべきです。ここにとどまって補給が再び妨害されたら、軍は餓死します。」
「アレクセーエフ少将、意見具申。大津を叩くべきです。1日で落とせます。」
昨夜、不名誉をこうむったのは彼なので頭に血がのぼっている。
「ダミアン少将です。反対です。何か手違いがあったら、たちまちわが軍は干上がります。」
「そんなやる前から心配する負け犬根性でどうするかあ!根性でやり抜くのだ。」
同じ少将だがアレクセーエフのが先任順位は3年長い。ダミアンが手柄を立てたので嫉妬している。しかもダミアンが面と向かって反対したのでムカッとしている。
アーネン・ニコライが額に手を当ててうめく。
「諸君、大砲の弾がないのだ。大津は攻められない。大砲の弾がないことは絶対、知られてはならない。いいか、諸君も帰って部下の前で不用意に漏らすことのないように注意してくれ。」
アレクセーエフもアーネンに言われては黙るしかない。コンコン。ノックされ、返事を待たずにドアが開けられる。
「報告します。皇国軍の使者が白旗を掲げ、こちらに向かってきます。いかが致しましょうや?」
鷲巣砦会議室
上級幹部が集まっている。
「ルシアはどう出るかな?」
座光寺改め真田繁信が平澤参謀長に聞く。
「昨日与えた損害次第でしょう。」
「奇襲隊が帰ってこれたら、詳しく報告が聞けたんだがなあ。休戦してほしいよ。国元が心配だからね。早く帰りたい。平出屋の船が手投げ弾を満載してもうすぐ着く頃だから、手投げ弾を康本様への手土産にして国元に帰らしてほしい。休戦が成立したら康本様も我らを止める理由がなくなる。」
「康本様に無断で休戦提案などしてまずくないですか?」
「何も問題ないよ。まず指揮権はまだ我が手にある。軍の指揮権者としては休戦も選択肢の内というだけだ。それにだ、成繁様の葬式もしなければいけない。国元で。それにこのまま康本様の領国にいるとなにかと嫉妬される。変に名前を売ってしまったからな。」
お茶を口に含む。タバコが吸いたいがやめておこう。タバコをやめて何年になるだろう。小夜が嫌がったんだよなあ。
「奇襲隊が兵站物資を重点的にやってくれていれば、敵も困っているはずだ。ああ、そうそう川への出入口は埋め戻してくれ。あそこから今度は逆に奇襲されかねない。見張りは厳にな。」
休戦成立
休戦は成立した。
1 半年間は双方軍事行動を停止する。
2 自国の死者は、その国が埋葬する。
3 捕虜の交換(人数に関係なく、双方全ての捕虜を交換する)
4 以上
皇国信州辰野荒神山城(こうじんやまじょう)
元座光寺毛嫡男座光寺辰一郎繁信の室、小夜。
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