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第2章 鷲巣砦の攻防
9 如流水(流れる水のごとし)
しおりを挟む鷲川
夜になると急速に冷え、川は凍結している。踊り場では例によってルシア軍が皇国軍を眠らせないよう、ジャンジャン・ドンドンやっている。多少の音はそれによって紛れてしまっている。皇国軍にとってはもっけの幸い。闇に紛れて大部隊がそりで氷上を滑って行く。本丸に開けた縦穴から部隊を降ろし、横穴を通って隠蔽した扉から凍結した川に出たのだ。目標は駅伝および小和田周辺に展開しているルシアの段列。おそらく駅伝の牧場には馬を置いているに違いなかった。ならば馬の馬糧も駅伝に置いているはず。弾薬も小和田に置いているに違いない。ルシアの砲兵隊が砲と弾を一緒に置いておくはずがなかった。
5隊5000の軍勢が投入された。そりが5000人分しかなかったのだ。
第1奇襲隊 1000 三澤連隊長
第2奇襲隊 1000 牧野少佐 第6大隊長
第3奇襲隊 1000 海野少佐 第7大隊長
第4奇襲隊 1000 田中少佐 第8大隊長
第5奇襲隊 1000 内海少佐 第9大隊長
そして10頭の騎馬。大津への伝令使だ。伝令使は土橋大佐(連隊長)だ。大津に状況を報告するとともに、国元へも連絡を入れなければならなかった。真田成繁の死はおそらく既に大津からの伝令船で急報されてしまっているだろう。妻の小夜(さよ)と父上(座光寺家当主)に国元での動きかたを伝えなければならなかった。万石以上の家の当主である平澤参謀長が適任だったが、アーネン・ニコライ相手に参謀長抜きではきつい。
第1奇襲隊は小和田駅伝攻略班だ。小和田に弾薬類が集積してあるはずであり、最重点攻略目標だ。川から上がり、小和田近くに終結する。三澤連隊長が信号弾発射銃を上に向ける。撃つ。
パーン!
するすると赤い信号弾が上っていく。
「攻撃開始。」
千の兵が小和田目掛けて突進していく。
ウワアアアー
ルシアの歩哨が気がついた。
「て、てきしゅ」
次の瞬間、彼の脳みそは飛び散っていた。血走った目をした皇国兵たちが駅舎に民家に乱入して行く。寝込みを襲われ、うろたえるルシア兵を蹂躙していく。馬も例外ではない。見つかった馬は銃で撃ち殺されて行く。馬は人間よりも高価なのだ。特に軍隊用に訓練された馬は。小和田には兵站要員しかいなかった。小和田は皇国軍によって瞬く間に制圧された。
「食糧があったぞ~。」
「弾丸があったあ~。」
装薬は火をつけられ、爆破された。食糧や丸い鉄の弾は川に投げ捨てられていく。
四賀駅伝近くの第2奇襲隊集結地
牧野少佐
「赤い信号弾が上がった。こうげきかいしい~。」
こちらも同じ手順だ。水だるには穴をあけ、飼い葉には毒を撒く。できれば残りの4駅伝もやってしまいたいところだったが、川から遠く離れるのはまずかった。
しばらくして、四賀からも黄色い信号弾が上がった。
ルシア アーネン・ニコライ
「何だ?あの、赤い筋は?小和田の方角だ。」
小和田の方から爆発音がかすかに聞こえてくる。
「いかん。皇国軍の奇襲を警戒。見張りを増やせ。第1師団を下山させろ。急げ。」
第1師団、すなわちルシア鎮定軍本陣師団。師団長ミハイル・アレクセーエフ少将。
「下山急げ。小和田が敵の攻撃を受けている。」
第1師団の兵たちが山道を降り、小和田を視界におさめ、もうすぐ到着するというとき。右手の暗闇から青い信号弾が上がる。
「なんだ?」
いきなり、暗闇から発砲音。右の横合いから3ヶ所で皇国軍の奇襲を受ける。縦隊で急行軍で進んでいるところを、横から銃で乱射され、大混乱に陥った。縦隊は横からの攻撃に弱い。まして暗闇の中。たちまち統制が崩れて右往左往する。
第3奇襲隊海野少佐
海野少佐が山道を降りてきたルシア軍を横から奇襲する際のタイミングを任されていた。自分たちの目の前をルシアの隊列が通り過ぎる。
「今だ、信号弾あげい!」
するすると青い信号弾が上がっていく。
「第3奇襲隊、突撃にい~うつれいいいいい!」
ババーン!
ワアアアアアアアー
第4奇襲隊田中少佐
「信号弾上がった。ぜんたい、とつげきい~!」
第5奇襲隊内海少佐
「よし、いけええええええ!」
第3奇襲隊海野少佐
「よし、長居は無用。引き上げるぞ。信号弾あげい!」
赤の信号弾2つがするすると上がる。
「撤退、てったあ~い!」
各襲撃隊が川まで戻る。そりに乗って山に戻るかと思いきや、そのまま川を下っていった。適当な地点でそりを捨て、大津に逃げ込むつもりだ。真田繁信からはよく言い含められている。
「いいか、川を下るのは簡単だ。登るのは疲れる。そうだな?じゃあ、そのまま川を下れ。適当な場所でそりを捨てて、大津に逃げ込め。なあに、1万8千が1万3千に減っても、影響はないと判断した。では、行ってこい。」
アーネン・ニコライ
「何だ、どうなっている?シゲノブめ、どんなマジックを使った?軍勢はどこから現れた?調べろ!」
結局、川面の凍った表面に無数のそり跡を発見するまで、川を使ってそりで下ったとはわからなかったため、5千の奇襲隊はほぼ無傷で逃げおおせた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
後世の歴史家はこれを如流水(じょりゅうすい 流れる水のごとし)戦法と呼んだ。100年ほど後の学者、到山陰(とうさんいん)はこの時の状況を詩に残している。
ああ、川も凍る、寒冬来(かんとうらい)。
そりの音秘めやかに、粛々と夜川を進む。
皇国のつわもの、意気軒昂(いきけんこう)たり。
突如上がる信号弾、裂帛(れっぱく)の気合い敵を衝(つ)く。
つわものたちの勝どきがしじまに木霊(こだま)する。
その引き際、流れる水のごとし。
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