大砲と馬と 戦術と戦略の天才が帝国を翻弄する

高見信州翁

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第2章 鷲巣砦の攻防

8 鷲巣砦の攻防 3

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鷲巣砦

嚮導工兵隊第1大隊第3中隊第1小隊

    佐藤中尉がこの作業の責任者に抜擢された。ルシアが時間を必要としていた頃、皇国側も又、時間を必要としていた。工事内容は鷲川の高さまで本丸から縦穴を掘って、そこから横穴で鷲川までつなぐこと。だが固い岩山で苦労している。司令官の勇断で大量の火薬を使って工事をしている。爆破の音がしても、かまいはしないと言われている。

    「怪しむだろうが、急がないといけない。もう川がいつ凍ってもおかしくない。横穴の出口は念入りにカモフラージュすること。夜間限定だ。」

    縦穴については滑車とロープで簡易エレベーターを作る予定だ。要は井戸のつるべと同じだ。鷲川の高さまであと少し。

    「よおおおし、爆薬に点火する全員退避~。」

    ドーンという腹に響く音。



ルシア陣地

    ドーンという腹に響く音。

    アーネン・ニコライがつぶやく。

    「やつら、何をしている?毎日、毎日、貴重な火薬を使って何をしているんだ?」

    クツーゾフ正軍師が答える。

    「そう言えば、毎日銃声も聞こえますな。」

    「転がし用の岩でも砕いているのか?嫌な感じだ。見張り要員を増やしてくれクツーゾフ。」

    「承知しました。」

     「大型砲はいつ着く?」

    「既に小和田まで来ております。明日には鷲巣の踊り場まで引き上げる予定です。」

    「弾は何発ある?」

    「馬車16台1000発です。」

    「もっと調達できないのか?」

    「ハバロフスクの兵器廠の在庫はこれだけです。」

    「まあいい、少なくとも西の丸の城門は破壊できるだろう。・・・門を壊しても落石は無尽蔵みたいだから、突撃などさせないがな。兵力を損耗したら確かにまずいからな。ちょっと冷静になったよ。800発撃ったら、ここを引き払って大津に向かう。」

    「了解いたしました。大津への段列の手配を致します。」




ルシア軍陣地    鷲巣の踊り場

    ついに2台の32ポンド砲の設置が完了した。弾薬は面倒でも撃つたびに小和田から運び上げる予定だ。ライナのような大砲のそばに弾薬を積み上げるようなことはしない。

    「ようやくだな。始めてくれ。」

    発砲手順は軽砲と同じだ。砲口の覆いを外す。砲口内をチェック

    「砲口内異物ありません。砲長。」

    装薬を入れてこめ矢で突き固める。導火線係が火門から導火線を差し込み、装薬に突き刺す。

    「装薬よし。砲長。」

    「よし、弾装填。」

    装填係が丸い弾丸を抱えて、砲口から転がし入れる。15キロだ。軽砲の10倍の重さ。これも長く続くと重労働となる。実は簡単に砲口から転がし入れられるということは、弾と砲の内径との間には4・5ミリの隙間があるのだ。砲の威力を増すためには、これを出来る限り小さくしていかなければならない。そうすれば火薬の爆発力を弾がたくさん受け止められる。威力が増し、遠くへ飛ばすことができる。アーネンが皇国本土に攻め寄せたとき、この精巧な冶金技術をルシアは実用化していた。皇国も又冶金技術でもって、これに対抗することになる。

    「装填よし。砲長。」

    「よし、観測係。」

    「距離1100メートル。仰角30度。」

    「砲手。」

    「距離1100メートル。仰角30度。照準よし砲長。」

    「よし、発射。」

    砲手が点火棒に点火する。

    「アゴーン!」

    ズドーン!

    軽砲とは又違う腹に響く、重い発射音。ガーンという音と共に西の丸城門のすぐ下の斜面に着弾する。

    「砲手、仰角1度上げ。」

    「仰角、1度上げます。」

    らせん棒、スポンジ棒、装薬、弾丸。

    「発射。」

    「アゴーン!」

    ズドーン!

    今度は西の丸城門に見事命中。

    ガガーン!

    城門はあっけなく吹き飛んだ。

    ルシア将兵から歓声が上がる。

    「ウラー!    ウラー!」

    アーネン・ニコライが砲兵司令官シワルチェンコに声をかける。

    「よくやった。目につくものは片端から砲撃しろ。」

    「はは、砲手長、次はあの物見櫓だ!」



鷲巣砦    真田繁信

    「まあ、なんというか・・・迫力が違うな、軽砲とは。」
    
    平澤参謀長が答える。

    「これだけ火力優勢を見せつけられると、【火力の薦め】の作者としては忸怩(じくじ)たるものがあるのでは?」

    「いいや、前向きに考えようよ。本国に帰って豊臣秀安(ひでやす)様に砲の開発・配備を進言しやすくなるじゃないか。これだけ火力優勢を見せ付けられれば、イヤとは言うまいよ。恭仁親王様が証人さあ。ご自分の目で見ていらっしゃるから説得力あると思うよお。」

    「司令官殿、兵が動揺しておりますが。」

    「将校と鬼軍曹どもを交代で呼べ。鬼軍曹からだ。それと砲兵どもも呼んでくれ。」

     「あつまったな鬼軍曹ども。おお最先任曹長もいるではないか。」

    ズドーン!

    物見櫓に砲弾が命中。物見櫓が崩れ落ちる。

    「このようにわが軍は今敵の砲撃にさらされている。最先任曹長!軍曹どもの先頭となって兵どもの動揺を鎮めてくれんか?」

    「は、了解しました。」

    「ああ、最先任曹長、貴公名は何という?」

    「は、武藤兵衛(ひょうえ)であります。」

    「うむうむ、今後とも頼りにするからな。軍曹どもや兵どもを統率してくれ。よろしく頼む。」

    武藤兵衛最先任曹長、腰を90度に折る最敬礼で答える。くるりと軍曹どもに向き直る。

    「野郎どもお、下士官の名誉にかけて兵どもを締めるぞお。いくぞお」

    「おお。」

     下士官の集団が勢い込んで去って行く。

    次は砲兵隊だ。

    「おお、権蔵ではないか。貴様無事にたどり着いたのだな。」

    ズドーン!

    「どうだ、この音、重砲は迫力あるなあ。砲兵は城壁にかじりついてでもよく見ておけ。」

    「はひい。おい、みんな、いくぞお。」

    「みんな専門知識をもっておろう。重砲を見て意見を戦わせろ。本国に持って帰る、貴重な糧となろう。」



    「おお、今度は栄光ある皇国の将校団ではないか。今下士官たちに兵の掌握を頼んだところだ。諸君も下士官の手助けをしてやってくれ。」

    平澤参謀長、ポーカーフェイスを保っているが内心感心している。砲声がとどろき、地面が振動する中で悠揚迫らぬ態度を示すことによって兵の動揺を鎮めてしまった。

    「さて、参謀長、工兵隊の佐藤中尉を呼んでくれ。工事の進捗状況を確認したい。」

    佐藤中尉が走ってくる。止まるとビシッと実にキビキビした敬礼をする。

    「完了しました。縦穴を通し、横穴も開通しました。いつでも川に出られます。」

    「よ~し、いいぞ。佐藤中尉。」

    佐藤中尉の肩をバンバン叩く。佐藤中尉も嬉しそうだ。

    「お~い伊藤中尉、来てくれ。真田閣下に確認されたとき冬季装備は鷲巣に保管してると言ってたな?」

    兵站参謀伊藤中尉が答える。

    「は、その通りであります。」

    「ソリな、全部出してくれ。あ、泉はどうだ?問題ないか?」

    「泉ですが、このところの気温低下で凍っております。仕方なく氷を割りながら水を汲んでいます。」

    「そうかそうか、凍ったか?」

    余計な手間が増えたことを報告したのに、妙に上機嫌である・・・・・・。

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