大砲と馬と 戦術と戦略の天才が帝国を翻弄する

高見信州翁

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第1章 ウスリーの戦い

6 開戦

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 ライナ(総勢18,000)                                       
         ウエキン         真田                
          騎騎騎         騎 騎
          騎 騎         騎 
                       騎 騎
                      
       ライナ選帝侯
          歩歩          松平(伊井)   恭仁(うやひと)親王
          歩歩          歩歩      歩
          歩歩          歩歩      歩
          歩歩砲         歩歩      歩
                      歩歩      
                      歩歩
   ルーデンドルフ            
          騎騎騎           ★松平康元「あ、久豊勝手に突撃するな」
          騎 騎         松平(本多) 
                       歩歩
                      歩歩
   ルシア(総勢27,000)          歩歩
                      歩歩
    ダミアン ルビンスキ        歩歩
    騎騎騎   騎騎騎         
    
★アーネン・ニコライ皇太弟         松平(酒井)
 「砲兵隊は敵騎馬隊を掃射せよ」      歩歩
   アーネン  アーネン         歩歩
   騎 騎   歩歩歩砲↘︎        歩歩
   騎 騎   歩歩歩砲↘︎↘︎       歩歩
         歩歩歩砲↘︎ ↘︎↘︎     ←砲歩歩
         歩 歩 ↘︎ ↘︎↘︎         
              ↘︎ ↘︎↘︎
               ↘︎  島津久豊による騎馬突撃
   フリアネン  ダレン    ←騎 騎
   騎騎騎    騎騎騎    ←騎
                  ←騎 騎                      
                  



ルシアのアーネン・ニコライは後世「戦を変えた者」と呼ばれる。大砲が戦争の主役に躍り出た瞬間であった。
 この時代ルシアの砲も青銅(真鍮)製である。鉄製の砲が主流となるのは産業革命を待たねばならない。イヤ、訂正する。産業革命は既に始まっている。ウスリーの戦いでアーネンが大砲火力の優越性を見せつけてから、その研究速度は加速することになる。それは置いておいて、なぜ青銅製なのか?確かに鉄のほうが融点が高い。つまり青銅のほうが早くぐにゃぐにゃになる。だが同じ厚さの砲ではどちらが脆いか?それは鉄だ。安いが脆い。これが、この時代の限界である。つまり、青銅のほうがこの時代では取り扱いやすいのだ。
 さておき、アーネンがこの戦場に投入した砲は軽砲100門。架台と砲は一体化しており、架台には2輪車がついている。2輪車の架台にはしっぽがついており、これが地面につき、3番目の支点となる。このしっぽを馬につなげば移動が容易となる。軽砲といえども重量は460キロある。内径は7.7センチ、砲弾重量は1.5キロ、射程距離は200~300メートル。これがカノン砲の諸元である。カノン砲とは別に短砲身・軽量の榴弾/散弾砲もある。榴弾とは玉の中心に火薬を詰め、その外側に殺傷用の鋭利な金属片を散りばめた炸裂弾である。中心の火薬に届く導火線に火をつけて発射する。導火線の火が火薬に届いたら爆発する。空中で爆発してもよし。地面に着弾してから爆発してもよし。周囲に破壊と死をもたらす。カノン砲では榴弾は打てない。中に火薬を詰めたりする関係上、カノン砲で撃つ鉄の玉より脆い。脆い分、やさしく飛ばしてやらないといけない。つまり榴弾砲はカノン砲より射程が短くなる。強い力で飛ばす必要がないので、砲身は短くても間に合う。概してカノン砲に比べてずいぶんずんぐりむっくりの印象を与える。榴弾砲は仰角に撃ち、山なりの放物線をえがく打ち方が多い。むろん、歩兵が肉薄してきたら水平に向けて散弾射撃を行う。アーネン・ニコライはこの戦場にカノン砲70門、榴弾砲30門を持ち込んだ。この比率でよいのか悩んだが、戦場で試すしかない。それに榴弾砲の弾は作るのに手間がかかる。
 アーネンは更に様々な工夫をこらしている。砲弾と装薬を同じ袋に詰めて砲身に押し込むことによって手間を省いた。そして徹底的に訓練した砲兵。これらにより蓋を開けてみると後装砲である皇国のフランキ砲の発射速度に迫った。カノン砲の丸い玉は攻城だけでなく、野戦にも有効だ(この戦で判明)。すごい勢いで水平に飛んでくる玉は手足にかすっただけで無事ではすまない。後ろにいる兵士も同じだ。心理的な威圧効果は計り知れない。

 砲撃戦が始まって2時間。砲兵陣地の正面は酒井則清。これがまともに砲兵の圧力にさらされていた。

酒井陣地皇国砲兵隊

 権蔵は既に汗だくだった。国崩をずっと撃ち続けている。権蔵は装填筒の交換係だ。装填筒には弾と装薬がセットされている。重さにして10数キロ。撃つ。楔係が楔を外す。撃ち終わった装填筒を持ち上げて外す。使用済装填筒を地面に置いて、装填筒置場から新しい装填筒を取り、砲にはめ込む。楔係が楔を打ち込み、砲身に装填筒を固定する。点火。発射。その繰り返し。おまけに密閉がお粗末だから、危なくて仕方がない。3門ほど砲身が破裂して、使えなくなっている。敵より弾に勢いがなく、射程で負けている原因でもある。発射速度は勝っているが、それも数が違うので完全に迫力負けだ。

 くそ、重い。疲れた。休みたい。おまけに敵の砲に負けてるし~。

 砲兵司令官が激励に来たが、装填筒が砲の近くに山積みになっているのを見て血相を変える。

 「ばかもの~、弾を砲の近くに置くなあ~、誘爆したらどうするかあ!」
 
 うげえ、そりゃそうだろうけどよお、もっと人を増やしてくれえ~。ひ~、しんどい。

酒井陣地

 「ちくしょう、こっちは敵の本陣に弾が届かないのに向こうは軽々届きやがる。しかも炸裂する弾まで混ぜてやがる。殿、少し陣を下げてはいかがでしょう?」
 「馬鹿野郎!勝手に陣を下げたらぶっ飛ばされるぞ。それにあっちの砲は車輪付きだが、こっちはそうはいかん。下がったら砲を分捕られるぞ。康本様がそれを許して下されると思うてか。それにしても車輪付きの架台か。何故思いつかんかった。」

 悔しがる酒井則清。

島津陣地

 砲撃の一部は酒井陣の左翼の島津勢にも及ぶ。というか最左翼の騎兵のほうをより牽制して、たたきに来る。丸い砲弾が雨あられと降り注ぐ。時折、炸裂弾が混じっており人と馬を圧倒的な運動エネルギーでなぎ倒した後、予め点火されていた火縄(導火線)が中心の火薬に達すると爆発を起こし、中に詰められていた鋭い鉄片をまき散らす。

 島津久豊と松平康本。松平はルシア勢を迎え撃つために各大名に援軍を要請。島津にも2万を出せと要求。島津も“怨曹司”と評判の良くない松平には援軍を出したくない。幾度かの交渉があり、しぶしぶ出したのが5,000。康本はそれを根に持ち、事あるごとに久豊に絡むようになる。悪感情は反射する。久豊も康本に良い感情は持たなくなる。表面上指揮命令下にはいるが、意見の衝突が目立つようになる。そこへ昨夜の事件である。もはや両者の連携は望むべくもなかった。


 その久豊の近くにルシア砲兵隊の放った炸裂弾が着弾する。そこには孫の久正がいた。久正の連れてきた側近ともども周辺の人間が吹き飛ぶ。久正は即死。

 「ひさまさあ~!」

 目の前で孫が鉄片にズタズタにされ、血だるまで転がるのを見せられた久豊の理性は吹き飛んだ。

 「島津隊、目標は敵右翼騎馬隊。ぜんぐん とつげきにぃ~うつれぇい~」

 島津騎馬隊五千がダレン騎馬隊に向かって突撃していく。

 アーネン・ニコライの反応は素早かった。

 「砲兵陣地全砲門目標変更。敵左翼騎馬の突撃を阻止しろ。ダレン騎馬隊は全員下馬、馬防柵の背後で迎撃陣を組め。守りに徹せよ。馬防柵から出るな。フリアネン騎馬隊は迂回して敵騎馬隊を横から叩け。」

 砲口がいっせいに右に振られる。車輪付きの架台は方向転換においても威力を発揮する。ルシア砲兵が“しっぽ”と呼ぶ2輪架台の3支点目には、ななめににぎり棒が突き出ており兵はこれを握って“しっぽ”を少し浮かせて方向転換を行う。

 「準備出来次第、各個に発砲。」

 砲兵司令シワルチェンコ大佐の号令がかかる。

 発砲音が連続で轟く。銃の“パン”という音ではなく、腹に響く“ドン”という音が連続で“ドドドン”と鳴り響く。黒い丸いものが空中にポツポツと浮かび上がり、突撃中の島津騎馬隊に襲い掛かる。人馬をえぐり、それでも止まらず射線上にあるものをことごとく引き裂いていく。元々攻城用に考えられたカノン砲の丸い砲弾がこれほど野戦にも有効であるとは使用してみるまでわからなかった。

 発射と同時に砲は反動で後退する。“しっぽ”を握って数人がかりで砲を元の位置に戻す。

 「次発装填急げ。」各砲長の号令がかかる。

 らせん棒が差し込まれ、砲口内の異物をこそぎ落とす。もう一度。スポンジ棒が差し込まれ、手早くくるくると回しながら引き抜かれる。

 「砲内異物ないか?」
 「ありません、砲長。」
 「よし、装薬・弾装填」

 装薬と弾をセットで袋詰めした装填袋が砲口に差し入れられる。装薬側は赤く塗られており、必ずこちら側から砲口に入れる。こめ矢と呼ばれる棒で押し込み、砲内に密着させる。導火線係が火門から先の尖った導火線を差し込み、装薬袋に刺す。

 「装填完了。発射用意よし。砲長。」

 「よし、観測係。」

 「方位よし。距離250。」

 「よし、砲手。」

 「距離250。仰角ちょい上げ・・・発射準備よし、砲長。」

 「アゴーン(撃て)」

 砲手が導火線に点火棒で点火、轟音とともに弾が発射される。世界初の野戦での大砲使用。アーネン・ニコライはその誉(ほまれ)を手に入れようとしていた。

 「砲兵司令より全砲兵へ。ただいまより発射競争をする。トップテンチームはワイン飲み放題である。ただ~し、下から10組のダメ組は掲示板に張り出されるからそう思え。」

 全砲兵の顔色が変わった。それまでも真剣にやっていたが、ボルテージが一段上がった。勝者のワイン飲み放題も魅力だが、掲示板に張り出されるのだけは絶対にごめんだった。

 「聞いたか? 野郎ども。掲示板に張り出されてえか。」
 「ニエート、ニエート」
 「イヤなら、性根すえてきばれえええ」

 後日の集計では発射速度は8分から6分に短縮されたという。今やアーネンの作り出した新基軸は火力の楽園を現出していた。時間計測係は以後ルシア砲兵隊にはなくてはならぬものになる。

皇国本陣

 松平康本がうめく。

 「島津めえ。勝手なことばかりしおってえ。」
 「敵の火力は異常です。あれではなぎ倒されに行ってるようなものです。」
 参謀長を務める重忠が答える。
 「島津は後退させないとまずいです。ですが、このままではやられっぱなしで士気がそがれます。敵左翼のライナを攻めましょう。見た感じまとまりがよくありません。練度も大したことありません。真田の報告では選帝侯・ウエキン・ルーデンドルフは初陣です。」

 「むうう。そのようにせい。」
 「はっ、伝令。真田隊に命令。ライナ騎馬隊に攻撃をかけよ。島津隊に命令。後退せよ。」
 「島津隊命令に追加。」

 康本が吠える。

 「馬鹿め下がれ。」
 「いや、それは・・・」
 「命令は、馬鹿め下がれだ。いいな。」

 公式の記録に残る命令書に取り返しのつかぬ言葉が記載されてしまった。以後、松平と島津の確執は修復不可能なほど悪化する。

 2度の朝鮮戦役で明(みん)相手に勇名をはせた島津騎馬隊の突進力は大幅にそがれていた。損害を出しながらも、かろうじてルシア軍最右翼のダレン騎馬隊に殺到する。必死に馬防柵にロープを引っ掛け、馬の力で引き崩そうとするが下馬してねらいを定めたマスケット銃の斉射により阻止される。

 突進力を失った騎馬隊ほど悲しいものはない。ここで幸か不幸か、マスケット銃の銃弾が島津久豊の肩を打ち抜く。久豊は意識不明の重体となる。後は長寿院敦盛が指揮権を引き継いだ。長寿院はこれ以上の攻勢は無理と見て、後退を指示する。

 「伝令~。」そこへ本陣からの伝令が到着する。

 伝令の内容を聞いた長寿院は絶句する。手が震えるほどの怒りを覚えた。主君を馬鹿と言われては絶対に後退などしなかったであろう。だがもう後退命令を出してしまった後だった。

そこへフリアネン騎馬隊が横合いから突きかかる。島津騎馬隊は壊走寸前だった。

 「上村、頼めるか。」

 長寿院は上村五郎衛門清兄(きよえ)に声をかける。

 「承知。」

 上村は莞爾(かんじ)と笑って答えた。

 「殿だけは助け参らせねばならぬ。」
 「島津の捨てかまり、とくとご覧にいれよう。」

 上村隊は300。全員下馬すると愛馬の首に剣を突き刺す。

 「ゆるせよ。」

 殺した愛馬を盾として騎兵銃を撃ちまくる。馬を殺した以上、もはや逃げることはかなわなかった。上村隊300でもって足止めに徹する決死の戦法。島津の捨てかまり。戦国の世において島津だけがなしえたという。

 上村隊は最後のひとりまで奮戦し、フリアネン隊を足止めする。

 「こいつら、正気か?」

 フリアネン騎馬隊は追撃するも都合4度の捨てかまりをされて、島津騎馬隊の本隊を逃がしてしまう。が、皇国軍左翼に大きな穴が空いたのは確かであった。
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