ダイヴのある風景

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第二章

第二章 ③

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   第二章 ③

「待たせたな」背後から声が聞こえた。振り向くと、急いできたせいか、喉をひゅうひゅう鳴らしている信良が立っていた。「アイテムを調達するのに、ちょいと時間を食っちまってよ。遅れて悪い」
 午後三時に中学校の前で待ち合わせをしていたのだけれど、信良は二十分ほど遅れてきた。
「別にいいよ。ところで、昨日、焼き肉食べ放題の店がオープンしたんだって。三日間は半額だってさ」僕は歩きながら言う。「美味そうだね」
「お前は、どんなことがあっても生きていけるタイプだな。親友の俺を少しはいたわる気持ちはないのか」信良がため息をつく。「アルバイト料が入るまで、金欠なんだよ。勘弁してくれ」
「それにしても、その格好はなんだい?」僕は信良の頭から足先に至るまでを、サーチライトのように見下ろした。「戦争にでも行くつもりかい?」
「バカ言え。そういう祥一こそ、俺たちの置かれている状況がわかっているのか? 最強・最悪の敵である猫ばあさんがその牙を研ぎ、手ぐすね引いて待ち構えている廃屋へ出向くんだぜ。そんな化け物と戦うのに、このくらいの格好は当たり前だよ。お前こそ、なんだその涼しげな、いかにも『僕と避暑地の別荘へ行かないかい、ベイビー』的なファッションは」
 信良は立ち止まって腰に手を当てた。「生きて帰ることを放棄したのか?」
「言葉を返すようだけど」と僕。「いつの間に猫ばあさんが敵になったんだい? 本気で戦うつもりなのかい? それよりも、調達していたアイテムって、今身に着けているものなのか?」
「そうだ。見てくれこの完璧な廃墟探検用装備を」信良は両手を広げて得意そうに仁王立ちになる。「信良流・対猫ばあさんファッションについて解説しよう。まずは、足下に注目」
 信良が靴を指さす。「ごっついブーツだろ。当然、軍用モノだ。軍の放出品を買いに行くのに時間がかかったけどな。だが、このブーツなら、ガラスや釘などを踏みつけても、痛くも痒くもないぜ。そして、同じく軍用パンツだ。これも生地が分厚いので、脚をケガから守ってくれるんだ。大きなポケットが付いているのも、うれしいところだ。小物をしっかりと収納できる、お涙ちょうだいものだぜ。裾は引っかからないようにすぼまっているし、もちろん迷彩柄。これで、敵の砲撃からも逃れられる」
「敵の砲撃って?」僕は首を傾げる。
「気にするな。言葉のあやだ。それより、このベストを見て、お前はなにも感じないのか。素人かお前は。ああ、なんてことだ」
「別になにも感じないけど。っていうか、僕はこういうものに関しては素人だと思うんだけど」
「いちいち反応するんじゃない。いいか、このベストも軍用品なんだが、このポケットの数を見ろ。前後合わせて二十四個もある優れモノなんだぞ。これで必需品はすべて収納できてしまうんだ。これを感動と呼ばないやつは、生きている資格がない」
「そのポケットの収納力は、とってもすごいと思うけど、なにを入れているんだい? 見る限り、すべてのポケットが膨らんでいるようだけど」
「祥一、お前はなかなか見どころがあるじゃないか。そこに気づくとは、もはや自分を素人などと謙遜する必要はないぜ」信良は、ベストの左胸のポケットを探り、折りたたんだ紙を取り出した。「ええと、ポケット収納物の一覧表を作成したんだ。こうやって表にまとめておけば、いざというときに、どこになにが入っているかが即座にわかるという寸法だ」
「……今日、僕たちと別れてから、そんなものまで作ったのかい?」
「ああ。ただし、時間がなかったので、一覧表の作成、それにポケットへの物品詰め込み作業は、隣りの助六じいさんに頼んだんだ。ダイヴのとき、回収係をしてやるよ、って言ったら、喜んで手伝ってくれたぜ。そんなことより、ええと、ポケットに入っているものの説明だ。まず、身体の前面の取り出しやすいポケットに入っているものは、懐中電灯、携帯電話、双眼鏡、コンパス、使い捨てカメラ、薬セット、手袋、それに虫除けスプレーなどがあるようだ。それに、非常食の乾パン、ミネラルウォーター、聖書──ん? 聖書?」
 信良が脇腹にあるポケットを探ると、コンパクトサイズの聖書が出てきた。「なんでこんなものを入れてやがるんだ、助六じいさんは。ボケてんじゃねえのか」
「まだあるのかい?」
「ああ。まだ書いてあるようだ。なになに、ゲートボールの玉、お手玉、パチンコの玉」信良の顔が歪んできた。「あやとりセット、ペットボトルのフタ、アイドル写真集、入れ歯洗浄液」
 信良が一覧表を投げ捨てた。「ふざけるなあ!」
「ここへきたときからずっと呼吸が荒いと思ったら、お前、そんな重いものを身に着けていたんだな。」僕は微笑んだ。「ご苦労さん」
「くそう。あのじいさん、俺を生きて返さないつもりか!」
「いっそ、全部捨てれば? 身軽になって、いざというときに逃げやすくなるよ」
「いや、捨てない。捨てたいけど捨てないぞ。俺は義理堅いんだ。仮にも助六じいさんが震える手で、アンドよく見えない目で一生懸命に詰めてくれたものだ。そんな温もりのある品々を捨てられるわけがない」
「信良ならそういうと思ったよ」僕は苦笑しながら、デイパックを背中から下ろした。その口を開ける。「ほら。ここに半分入れなよ」
「……いいのか? お前にも負担がかかるぞ」
「信良だけ逃げ遅れたら、花江に会わせる顔がないからね」
「それは、言わない約束だぞ」そう言いながらも、信良は申し訳なさそうに、でもうれしそうに、僕のデイパックの中にいくつかの品物を移していった。
「入れ歯洗浄液は勘弁してくれよ」僕がそう言うと、信良は手を止めた。
「もう入れちゃったんだけど。わかったよ、戻すよ」きまりが悪そうに信良が言った。
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