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第一章 夜に昇る宴
01 プロローグ
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01
真夜中の、とある城の一室。
部屋には紙上を走るペンの音だけが、微かに響く。
言葉も無く。無表情のまま、黙々と。
義務的に手を動かし、男は黒い筆跡を残していく。
それを見守るのは、この国の政を執る者たち。
彼等は、決してこの男に対して非難の言葉を口にしない。口にしたが最後、直後に待っているのは、彼の手による確実な死だからだ。
不意に、カリ、とペンの動きが止まった。
ペン先のインクを布でふき取り、男は最後に己の親指を噛んで、血の滲むその指先を紙面に押し付ける。
「契約は済んだ」
無機質な声で男は言う。
「これで、婚約は成立された」
その決定に対して、誰一人として拒否権など無いと。
念を押されなくとも、そんなことは皆が知っている事なのに。無情にも、あえてその事実を男は突きつけた。
差し出された水にも酒にも、何一つ手を付けず。
彼は席を立つと、早々に帰り支度を始める。
後ろに撫でつけた黒髪。
闇を吸い込んだかの様な双眸。
黒を基調としたモノトーンの正装に、同じく黒の外套。
死人の様に物言わぬ者達を一瞥すると、最早この場に用は無いとばかりに身を翻し、男は早々に部屋を出て行った。
――途端、部屋に、皆の深いため息が漏れる。
皆が恐れるのは、至極当然の事だった。
あの男に、人の心を理解せよ等と望むことは不可能な事だから。
冷徹で慈悲も無く、人間を厭わしいと口にする、ヒトに非ざる生き物だから。
すなわち――“魔族”と称される存在であったからだ。
そして何より、彼等が苦悶して止まないのは。
あの男が、あの冷徹非情な男がーー
皆にとって何よりも愛おしく、誰よりも大事に育ててきた我らが幼い王女ーーティナ=クリスティーンの夫となったという事実に対し。
誰一人として抗う事が出来ないという、無力感に打ちひしがれていたからなのであった。
真夜中の、とある城の一室。
部屋には紙上を走るペンの音だけが、微かに響く。
言葉も無く。無表情のまま、黙々と。
義務的に手を動かし、男は黒い筆跡を残していく。
それを見守るのは、この国の政を執る者たち。
彼等は、決してこの男に対して非難の言葉を口にしない。口にしたが最後、直後に待っているのは、彼の手による確実な死だからだ。
不意に、カリ、とペンの動きが止まった。
ペン先のインクを布でふき取り、男は最後に己の親指を噛んで、血の滲むその指先を紙面に押し付ける。
「契約は済んだ」
無機質な声で男は言う。
「これで、婚約は成立された」
その決定に対して、誰一人として拒否権など無いと。
念を押されなくとも、そんなことは皆が知っている事なのに。無情にも、あえてその事実を男は突きつけた。
差し出された水にも酒にも、何一つ手を付けず。
彼は席を立つと、早々に帰り支度を始める。
後ろに撫でつけた黒髪。
闇を吸い込んだかの様な双眸。
黒を基調としたモノトーンの正装に、同じく黒の外套。
死人の様に物言わぬ者達を一瞥すると、最早この場に用は無いとばかりに身を翻し、男は早々に部屋を出て行った。
――途端、部屋に、皆の深いため息が漏れる。
皆が恐れるのは、至極当然の事だった。
あの男に、人の心を理解せよ等と望むことは不可能な事だから。
冷徹で慈悲も無く、人間を厭わしいと口にする、ヒトに非ざる生き物だから。
すなわち――“魔族”と称される存在であったからだ。
そして何より、彼等が苦悶して止まないのは。
あの男が、あの冷徹非情な男がーー
皆にとって何よりも愛おしく、誰よりも大事に育ててきた我らが幼い王女ーーティナ=クリスティーンの夫となったという事実に対し。
誰一人として抗う事が出来ないという、無力感に打ちひしがれていたからなのであった。
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