緋色の王女と黒の領主ー夫は冷徹魔族の領主様ー

漣 出雲

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第一章 夜に昇る宴

02 人生最高の大舞台

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02


その日は、国中がお祭り騒ぎだった。

春の日差しが降り注ぐ、快晴の朝。
祝い事にはうってつけの日。

国民の皆が、喜びを分かち合う。
めでたい、めでたいと。
そう、まるで我が身に降りかかった幸福の様に。

彼らの足向く先は、この国の中央に聳え立つ城。

今日のみ特別に開け放たれた城の広大な庭は、多くの民で埋め尽くされている。

小さな都市国家であるためだろうか。
王族と国民の距離は近く、大した貧富の差も無い。
加えて皆、非常にノリが良い。

それが、このレィセリオス王国の魅力でもある。

それにしても、どこを見ても、人。人。人。
一体何がこんなに国民の心を躍らせているのか。


その原因は、すぐに分かる。


頃合いを見て、兵士が合図の喇叭を吹いた途端に、人々の視線が城のバルコニーに集中した。

皆が心躍らせ、切に一目見たいと願うその相手。

従者に背を押されながらも、ひょっこりと姿を現したのは一人の少女。

淡いベビーピンクのドレスに身を包み、民衆の前に歩み出るその姿に、人々は歓喜する。

本日、18歳の誕生日。
そして同時に“成人の日”を迎える、彼女こそ。


王女ティナ=クリスティーン。


レィセリオス国において、正統な王族の血を引く、唯一の存在。

背まで長く伸ばした淡いブロンドに、小柄な体。
まるで幾年も泣き腫らしたような、緋色の双眸。

そんな、まだ幼さと、あどけなさが残る王女様。

そう。これらの民衆が集まった目的は、たった1つ。

『王女様の誕生日を祝いたい』

そのためだけに、皆が歓喜の声をあげているのだった。


---------------------------------------


ーーえっ?
なんか、すっごい盛り上がっている?
祭り?それとも何かの記念日?
あ、違う。そっか、今日は私の誕生日だった。


思っていた以上の大衆の盛り上がりに、ティナは緊張で頭の中がパニックになっていた。

あまりの状況に、バルコニーに一歩踏み出た所で、ティナは息を呑んで立ち尽くしてしまう。

それは、そうもなるだろう。

いくら王女という立場だとしても、こんな風に盛大に誕生日が祝われるのは、彼女にとって初めての事だ。

その理由が「誕生祝い」と「成人の儀」が重なったためだという事を、頭では分かっていても。

この国では、18歳で成人の仲間入りになる。

もう、ただの小娘ではいられない。
立派な成人の、独り立ちした王女様だ。

自分を一人前の大人として祝ってくれるのは有難い。
有難いのだが――何せ、盛り上がりが凄まじすぎる。

過度の祝福と、過度の重責。

まだそれに釣り合う度胸が、ティナには備わっていない。

ティナは、不安気に隣に目をやった。
彼女を支えるよう横に立つのは、一人の男性。

摂政のカステル=ジニアだ。

「大丈夫です。落ち着いて」

その声に、安堵する。

親族のいないティナに寄り添い、誰よりもそばにいて、これまでの全てを共にしてきた。

50がらみである彼は、しかしながら城中の数多の男性よりも若々しく姿勢を正し、どの剣士よりも一際腕が立つ。

つまり、臣下でありながら、父親とも言える存在なのだ。

そんな彼に見守られながら、ティナはゆっくり呼吸をし、もう一度だけ歩みを進めた。


先ほどより拓けたバルコニー。
その瞳に映ったのは、溢れんばかりの国民の姿。

城内の庭、門周り、城外の家の屋根の上。
視界いっぱいに、大事な国民の笑顔が見える。

途端、緊張よりも、嬉しさが胸を満たす。
息が詰まる感覚を抑え、ぐっと手に力をこめた。

ティナは泣きそうになった。
気を抜けば、この場でへたりこんで泣きじゃくってしまいそうになるくらいに。

彼女は、愛され続けることに慣れていなかった。
こんなに沢山の国民に祝われるなんて、想像すら出来なかった。

それでも、とティナは自分を奮い立たせる。
今自分が出来るのは、泣きじゃくる事じゃない。
王女である自分の仕事は、国民の祝福に応える事。
そして、皆を喜ばせる事だ。

それならば、と。

すぅっ、と深く息を吸ったティナは、バルコニーの端まで駆け寄って、思い切り手を挙げた。

「みんなー!!お祝いありがとうーー!!奥の人も聞こえてるーー!?」

そう。これが正解だ。
今張り出すべきなのは、国民に届ける声。
ぶんぶんと手を振りながら満面の笑みで叫ぶティナに、物凄い勢いで民衆が盛り上がる。

聞こえてまーす!! 
ティナ様かわいいー!!
大きくなったねー!! 
おめでとうー!!

そんな声が、遠くから轟く様に聞こえてくる。

この国において、大事なのはライブ感。
流石はレィセリオスの国民、陽気な上に、とてつもなくノリが良い。

そこら辺を押さえている辺り、政治の腕はともかくとして、自国の長所を人一倍把握している王女だと評価出来よう。

ーーそんな、一方で。

(節度というものを、教えておくべきだった……)

カステルは大きくため息を吐きながら、ティナを玉座の椅子に座るよう促した。

このままでは、先が思いやられる。

それは単なる比喩ではない。
本当の本当に、思いやられてしまうのだ。

彼女のこの幸福感が、一気に奈落に落とされてしまう事を想像するだけで、彼は生きた心地すらしない。
そう痛む心で、カステルは米神を押さえた。


ティナには、間もなく『爆弾』が待ちかまえている。


彼女はおろか、ごく僅かな臣下しか知らない、巨大な爆弾が。


そして、その爆弾を口にする役目はーー

嗚呼、何と残酷な事か。

ティナがこの世で一番信頼し、赤子の頃からティナに誠心誠意尽くしてきた、このカステル=ジニアに割り当てられていたのだった。



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