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Chapter1
23*
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「はふ…」
「ん」
長い口付けから解放してやるとルカは浅く呼吸を繰り返す。その行動が愛おしく感じ、そっと額にキスを落とせば、擽ったそうに身を捩り逃げられてしまった。
「お早う」
今までも繰り返し呟いた朝の挨拶は、この関係になってから随分と甘い音に変わった。自分でやりすぎだとは思ってはいるのだが、もう歯止めは効かないようだ。
元々、グレイヴは人懐こい人間で、家族や仲間を大切にする気質を持っていた。妹を優先されてしまう不満はあれど、両親からはたっぷりの愛情を注がれていた訳だし、兄という立場上、妹のことは大切にしていた。面倒見の良さから頼られる事も多く、相手を甘やかす癖が有るということを自ら自覚はしている。殊更距離の近い相手に対してはその気質も顕著に表れるらしく、妹に限らず、昔付き合っていた彼女や、自分の傍に居る友人、後輩に至るまで、無意識に世話を焼き始めてしまうのだ。偶にそのお節介が重たいと拒絶をされることもあったが、今回の相手はそれを嫌がる事が無い。だからこそ余計に構いたくなってしまうのだろう。
「ルカ」
再び唇を合わせると、抱きしめていた腕を解きそっと肌を辿るように指を這わせる。身体のラインを辿る指は徐々に位置を変え、辿り着いたのは昨夜自分の昂ぶった熱を呑み込ませた場所だ。軽く其処を突いた後人差し指を一気に突き入れば、ルカが小さく喘ぎを零そうと口を開く。だがそれは、重なったグレイヴの口の中でくぐもった音を立てただけで、外に出ることは無かった。
ゆっくりと指を動かし解していく後孔。正直その必要は余りなかったが、これは只単にグレイヴが好んでしたがる行為の一つだった。乱暴にしたくないと思う気持ちと、自分の行動で相手が感じてくれるという事が純粋に嬉しい。そう感じるのが好きで、ついそんな行動に走ってしまう。何度か重ねたルカの身体は、グレイヴから与えられる刺激に素直に反応を返す。中を蹂躙する指の形を確かめるように吸い付き、下から這い上がる快楽に流されないよう必死にグレイヴへとしがみつき震えている。
「………挿れていいか?」
そう耳元で囁くと、それに応えるように、ルカはゆっくりと首を縦に下ろした。
シーツの上に押し倒し足を開かせ、その間に割り込ませる身体。腰を抱え直すと既に昂ぶった自身にゴムを被せ、孔の入り口へと宛がいゆっくりと中へ押し進めた。
男相手に欲情する日が来るなんて考えた事もなかったのに、今じゃすっかりこの存在に溺れている。色んな事が背徳に制止を掛けようとするが、それ以上に好きという気持ちが大きくてもっと欲しいと訴えてくるのだから止めようがない。
「平気……そう、だな…」
自分の下で口を開き懸命に呼吸を繰り返しているルカには、最初の頃に見せたような苦痛の色は一切ない。繋げた箇所も引きつけを起こすこともなく、煽るように奥へ、奥へと誘うような煽動を繰り返している。
「全く……何でこうなっちまったんだか…」
そんなことを呟いても、全く嫌がる素振りを見せない狡い自分。寧ろ自から望んでその溺れているのだと言うことに、グレイヴは苦笑を浮かべた後、再びルカの唇へと柔らかなキスを落としてその吐息を吸い込んだ。
ルカがこの家に来てから恋人のような関係になるまでにかかった時間は、カレンダーを二回捲り破り捨てる程。相変わらず言葉での意思疎通が出来る見込みは無かったが、それなりに穏やかな日々が続いてる。
幸せという言葉を知っているか?
不意に誰かがそう自分に問いかけた気がして立ち止まる。
「誰だ?」
『誰でもいいさ』
振り返ると、ゆらりと一つの影が目の前で動いた。
『なぁ、アンタ。幸せという言葉を知っているか?』
「何……を……」
その影は、境界が酷く曖昧で、一体誰のものなのかが分からない。
『悪いが俺には分からないんだ』
それは抑揚の無い声でそんなことを呟いている。
『教えてくれよ。幸せって一体何なんだ?』
少しずつ近付く黒い影。動く度にゆらゆらと揺れながら、ゆっくりとグレイヴとの距離を縮めていく。
『なぁ、良いだろう? 教えてくれよ……頼む』
慌てて周りに視線を巡らせるが、行き交う雑踏が此方に注意を向けてくれることは無かった。擦れ違う人々の顔はいずれも他人で、全く自分という存在に興味を抱いてくれない。
『なぁ……頼む』
黒い影が手を伸ばす。自分の方へと真っ直ぐに。
「ぁ……」
何故かそれに掴まってはいけない。グレイヴはそう肌で感じ取り後ずさった。
『何で逃げるんだよ?』
影は揺れながらグレイヴの後を追うように、一歩前へと足を踏み出す。
「わから……ない……」
それから離れるようにまた、グレイヴ自身も一歩後ろへと後ずさった。
『お前は知っているんだろう? 幸せという言葉の意味を』
「知らな……」
一歩足が踏み出される度、一歩足が後ろへと動く。決して縮まることのない二人の距離そうやってどんどん場所を移動して行く。流れゆく景色と先を急ぐ人々は、誰も助けてはくれそうにない。
『俺にも分けてくれよ、アンタの幸せってやつを』
影の手がより前へと伸ばされる。
「知らない!! 俺はアンタの言っている幸せが何なのか分からねぇよ!!」
咄嗟に叫んだその言葉。次の瞬間、影の進む速度が一気に速くなり、グレイヴの上へと覆い被さるようにして凭れ掛かってきた。
「ひっ……」
『狡いじゃねぇか、アンタ。一人だけ逃げようってんだからさ』
影に突き飛ばされるようにして倒れ込んだアスファルトの上。素早く近寄ってくる影がグレイヴの身体を固い地面の上へと押しつける。
『アンタも此方側の人間だったんだろう? 何勝手に幸せごっこをしてんだよ! アンタだけ逃げようだなんて狡い! 俺にも教えろ!! 幸せって何なんだ!?』
「しらなっ……」
黒い影の輪郭が段々と鮮明な形を取り始める。目の前で結ばれていく像にグレイヴは言葉を失い目を見開いた。
『置いていくなよ!! グレイヴ! 俺を置いて行くな!!』
「離せっ!!」
腕に力を込めて影を押しのけ身を起こす。突き飛ばした影は自分とそっくりな形をした何かで自然と歯が音を立てて鳴りだした。
『駄目だ。逃がさない』
影の口が弧を描く。次の瞬間聞こえて来たのは煩く鳴り響くクラクション。反射的に音のする方へと顔を向けると、直ぐ傍まで迫る鉄の塊。
「う……」
もう逃げている暇は無い。そう感じ取った瞬間、グレイヴは大きく口を開け息を吸い込み悲鳴をあげた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!」
被っていたシーツをはね除け、勢いよく飛び起きたベッドの上。
「……ゆ………………ゆ……め……?」
見慣れたインテリアが並んでいるのは、寝室という空間のようだ。グレイヴは脅えるように視線を巡らせた後、頭を抱えて溜息を吐く。
「……夢…………か……」
瞼を閉じれば、先程まで見えていた光景が鮮明に蘇る。目を覚ます直前に見たものは、迫り来る鉄の塊。バスという巨大な塊に引かれそうになる夢を見たせいか、恐怖で身体の震えが止まらない。
「よか……ゆめ……」
泣きそうなくらいの不安。これが夢で良かったと自分の身体を抱えて目を伏せれば、右腕に小さな温かさを感じゆっくりと瞼を開いた。
「……?」
「……る……か……?」
目の前には心配そうに自分を覗き込む顔。
「……ああ…………ごめんな」
グレイヴの怯えを敏感に感じ取ったのだろう。心配そうに向けた瞳が不安定に揺れている。
「起こしちまったか?」
時刻はまだ夜中で部屋の中は暗い。
「おいで……ルカ……」
そのせいで寄り強い不安に駆られたのかも知れない。ルカの肩に手を回しその身体を抱きしめると、グレイヴは自分の事を抱き込む胸に耳を当て瞼を閉じる。
嗚呼、温かい。
ゆっくりと刻む心音に、少しずつ和らいでいく不安。その温もりに触れたことで、無意識に強張っていた身体の緊張も解れていく。時間をかけて深呼吸を繰り返せば、漸く気持ちが安定したらしい。そっと身を離し向かい合うと、グレイヴはルカに向かって柔らかく微笑んで見せた。
「恐い夢を見たんだ。悪かったな、吃驚させて」
情けない姿を見せてしまった。そんな気恥ずかしさもあったのだろう。気持ちを切り替えるためにふと外の空気を吸いたくなり、ベッドから抜け出し立ち上がる。椅子の背もたれに掛けてあった上着を羽織ると、ルカの目が「どこに行くんだ」と問いかけている様に感じ、彼の軽く頭を撫でた。それが心地良いのか目を細めて甘えてくるルカをベッドに残すと、グレイヴはゆっくりとした歩調で窓へと近付よる。カーテンを開き広がる外の景色。空には金色の大な月が星たちに囲まれ柔らかな光を放っていた。
「今日は満月、なんだな」
施錠していた鍵を外し、音を立てて開けた窓からは、ひんやりとした夜気が流れ込んでくる。起きっぱなしのサンダルに足を滑らせベランダに出ると、大きく背伸びをし欠伸を零しす。
「…………?」
不意に右の袖を引っ張られたような気がして振り返れば、薄手のシャツだけを纏ったルカが隣に立って此方を見ていることに気が付いた。
「お前なぁ……」
幾ら冬は未だ先だとは言え、外気温は少しずつその数字を下げ始めている季節だ。ベッドの中で程よく温められた身体から容赦無く熱を奪う風に、ルカは小さく身を震わせていた。
「そんな格好じゃ風邪を引くだろう?」
見て居るこっちが寒そうに感じてしまうだろう。そうぼやきながら、彼を自らの腕の中に閉じ込めようとした時だった。
「……ルカ?」
「……ぁ……」
グレイヴの後ろに映る大きな月。それを見たルカの目が大きく見開く。
「どうしたんだ? ルカ」
「……ぅ……ぁ……」
ゆるく閉ざした腕の中から逃れたルカが、一歩、また一歩と離れ距離を取る。完全にグレイヴの手が届かない距離まで移動摩ると、今度は自分の身を抱えて小刻みに震え出した。一体何が起こっているのか分からないグレイヴは、心配そうにルカの方へと手を伸ばす。
「ルカ!」
「ガァァァッッ!!」
もう少しで触れられる。そう思った瞬間、音を立てて跳ね上がる右腕。グレイヴの手を振り払ったルカは苦しそうに呻き声を上げながら地面へと膝を突き蹲る。激しく痙攣する身体。呼吸が次第に速くなり、唸り声も大きくなっていく。
「ルカ!? おい、どうしたんだよ!! ルカ!!」
「ガァ……がっ……うぅ……かっ…はっ……」
「ん」
長い口付けから解放してやるとルカは浅く呼吸を繰り返す。その行動が愛おしく感じ、そっと額にキスを落とせば、擽ったそうに身を捩り逃げられてしまった。
「お早う」
今までも繰り返し呟いた朝の挨拶は、この関係になってから随分と甘い音に変わった。自分でやりすぎだとは思ってはいるのだが、もう歯止めは効かないようだ。
元々、グレイヴは人懐こい人間で、家族や仲間を大切にする気質を持っていた。妹を優先されてしまう不満はあれど、両親からはたっぷりの愛情を注がれていた訳だし、兄という立場上、妹のことは大切にしていた。面倒見の良さから頼られる事も多く、相手を甘やかす癖が有るということを自ら自覚はしている。殊更距離の近い相手に対してはその気質も顕著に表れるらしく、妹に限らず、昔付き合っていた彼女や、自分の傍に居る友人、後輩に至るまで、無意識に世話を焼き始めてしまうのだ。偶にそのお節介が重たいと拒絶をされることもあったが、今回の相手はそれを嫌がる事が無い。だからこそ余計に構いたくなってしまうのだろう。
「ルカ」
再び唇を合わせると、抱きしめていた腕を解きそっと肌を辿るように指を這わせる。身体のラインを辿る指は徐々に位置を変え、辿り着いたのは昨夜自分の昂ぶった熱を呑み込ませた場所だ。軽く其処を突いた後人差し指を一気に突き入れば、ルカが小さく喘ぎを零そうと口を開く。だがそれは、重なったグレイヴの口の中でくぐもった音を立てただけで、外に出ることは無かった。
ゆっくりと指を動かし解していく後孔。正直その必要は余りなかったが、これは只単にグレイヴが好んでしたがる行為の一つだった。乱暴にしたくないと思う気持ちと、自分の行動で相手が感じてくれるという事が純粋に嬉しい。そう感じるのが好きで、ついそんな行動に走ってしまう。何度か重ねたルカの身体は、グレイヴから与えられる刺激に素直に反応を返す。中を蹂躙する指の形を確かめるように吸い付き、下から這い上がる快楽に流されないよう必死にグレイヴへとしがみつき震えている。
「………挿れていいか?」
そう耳元で囁くと、それに応えるように、ルカはゆっくりと首を縦に下ろした。
シーツの上に押し倒し足を開かせ、その間に割り込ませる身体。腰を抱え直すと既に昂ぶった自身にゴムを被せ、孔の入り口へと宛がいゆっくりと中へ押し進めた。
男相手に欲情する日が来るなんて考えた事もなかったのに、今じゃすっかりこの存在に溺れている。色んな事が背徳に制止を掛けようとするが、それ以上に好きという気持ちが大きくてもっと欲しいと訴えてくるのだから止めようがない。
「平気……そう、だな…」
自分の下で口を開き懸命に呼吸を繰り返しているルカには、最初の頃に見せたような苦痛の色は一切ない。繋げた箇所も引きつけを起こすこともなく、煽るように奥へ、奥へと誘うような煽動を繰り返している。
「全く……何でこうなっちまったんだか…」
そんなことを呟いても、全く嫌がる素振りを見せない狡い自分。寧ろ自から望んでその溺れているのだと言うことに、グレイヴは苦笑を浮かべた後、再びルカの唇へと柔らかなキスを落としてその吐息を吸い込んだ。
ルカがこの家に来てから恋人のような関係になるまでにかかった時間は、カレンダーを二回捲り破り捨てる程。相変わらず言葉での意思疎通が出来る見込みは無かったが、それなりに穏やかな日々が続いてる。
幸せという言葉を知っているか?
不意に誰かがそう自分に問いかけた気がして立ち止まる。
「誰だ?」
『誰でもいいさ』
振り返ると、ゆらりと一つの影が目の前で動いた。
『なぁ、アンタ。幸せという言葉を知っているか?』
「何……を……」
その影は、境界が酷く曖昧で、一体誰のものなのかが分からない。
『悪いが俺には分からないんだ』
それは抑揚の無い声でそんなことを呟いている。
『教えてくれよ。幸せって一体何なんだ?』
少しずつ近付く黒い影。動く度にゆらゆらと揺れながら、ゆっくりとグレイヴとの距離を縮めていく。
『なぁ、良いだろう? 教えてくれよ……頼む』
慌てて周りに視線を巡らせるが、行き交う雑踏が此方に注意を向けてくれることは無かった。擦れ違う人々の顔はいずれも他人で、全く自分という存在に興味を抱いてくれない。
『なぁ……頼む』
黒い影が手を伸ばす。自分の方へと真っ直ぐに。
「ぁ……」
何故かそれに掴まってはいけない。グレイヴはそう肌で感じ取り後ずさった。
『何で逃げるんだよ?』
影は揺れながらグレイヴの後を追うように、一歩前へと足を踏み出す。
「わから……ない……」
それから離れるようにまた、グレイヴ自身も一歩後ろへと後ずさった。
『お前は知っているんだろう? 幸せという言葉の意味を』
「知らな……」
一歩足が踏み出される度、一歩足が後ろへと動く。決して縮まることのない二人の距離そうやってどんどん場所を移動して行く。流れゆく景色と先を急ぐ人々は、誰も助けてはくれそうにない。
『俺にも分けてくれよ、アンタの幸せってやつを』
影の手がより前へと伸ばされる。
「知らない!! 俺はアンタの言っている幸せが何なのか分からねぇよ!!」
咄嗟に叫んだその言葉。次の瞬間、影の進む速度が一気に速くなり、グレイヴの上へと覆い被さるようにして凭れ掛かってきた。
「ひっ……」
『狡いじゃねぇか、アンタ。一人だけ逃げようってんだからさ』
影に突き飛ばされるようにして倒れ込んだアスファルトの上。素早く近寄ってくる影がグレイヴの身体を固い地面の上へと押しつける。
『アンタも此方側の人間だったんだろう? 何勝手に幸せごっこをしてんだよ! アンタだけ逃げようだなんて狡い! 俺にも教えろ!! 幸せって何なんだ!?』
「しらなっ……」
黒い影の輪郭が段々と鮮明な形を取り始める。目の前で結ばれていく像にグレイヴは言葉を失い目を見開いた。
『置いていくなよ!! グレイヴ! 俺を置いて行くな!!』
「離せっ!!」
腕に力を込めて影を押しのけ身を起こす。突き飛ばした影は自分とそっくりな形をした何かで自然と歯が音を立てて鳴りだした。
『駄目だ。逃がさない』
影の口が弧を描く。次の瞬間聞こえて来たのは煩く鳴り響くクラクション。反射的に音のする方へと顔を向けると、直ぐ傍まで迫る鉄の塊。
「う……」
もう逃げている暇は無い。そう感じ取った瞬間、グレイヴは大きく口を開け息を吸い込み悲鳴をあげた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!」
被っていたシーツをはね除け、勢いよく飛び起きたベッドの上。
「……ゆ………………ゆ……め……?」
見慣れたインテリアが並んでいるのは、寝室という空間のようだ。グレイヴは脅えるように視線を巡らせた後、頭を抱えて溜息を吐く。
「……夢…………か……」
瞼を閉じれば、先程まで見えていた光景が鮮明に蘇る。目を覚ます直前に見たものは、迫り来る鉄の塊。バスという巨大な塊に引かれそうになる夢を見たせいか、恐怖で身体の震えが止まらない。
「よか……ゆめ……」
泣きそうなくらいの不安。これが夢で良かったと自分の身体を抱えて目を伏せれば、右腕に小さな温かさを感じゆっくりと瞼を開いた。
「……?」
「……る……か……?」
目の前には心配そうに自分を覗き込む顔。
「……ああ…………ごめんな」
グレイヴの怯えを敏感に感じ取ったのだろう。心配そうに向けた瞳が不安定に揺れている。
「起こしちまったか?」
時刻はまだ夜中で部屋の中は暗い。
「おいで……ルカ……」
そのせいで寄り強い不安に駆られたのかも知れない。ルカの肩に手を回しその身体を抱きしめると、グレイヴは自分の事を抱き込む胸に耳を当て瞼を閉じる。
嗚呼、温かい。
ゆっくりと刻む心音に、少しずつ和らいでいく不安。その温もりに触れたことで、無意識に強張っていた身体の緊張も解れていく。時間をかけて深呼吸を繰り返せば、漸く気持ちが安定したらしい。そっと身を離し向かい合うと、グレイヴはルカに向かって柔らかく微笑んで見せた。
「恐い夢を見たんだ。悪かったな、吃驚させて」
情けない姿を見せてしまった。そんな気恥ずかしさもあったのだろう。気持ちを切り替えるためにふと外の空気を吸いたくなり、ベッドから抜け出し立ち上がる。椅子の背もたれに掛けてあった上着を羽織ると、ルカの目が「どこに行くんだ」と問いかけている様に感じ、彼の軽く頭を撫でた。それが心地良いのか目を細めて甘えてくるルカをベッドに残すと、グレイヴはゆっくりとした歩調で窓へと近付よる。カーテンを開き広がる外の景色。空には金色の大な月が星たちに囲まれ柔らかな光を放っていた。
「今日は満月、なんだな」
施錠していた鍵を外し、音を立てて開けた窓からは、ひんやりとした夜気が流れ込んでくる。起きっぱなしのサンダルに足を滑らせベランダに出ると、大きく背伸びをし欠伸を零しす。
「…………?」
不意に右の袖を引っ張られたような気がして振り返れば、薄手のシャツだけを纏ったルカが隣に立って此方を見ていることに気が付いた。
「お前なぁ……」
幾ら冬は未だ先だとは言え、外気温は少しずつその数字を下げ始めている季節だ。ベッドの中で程よく温められた身体から容赦無く熱を奪う風に、ルカは小さく身を震わせていた。
「そんな格好じゃ風邪を引くだろう?」
見て居るこっちが寒そうに感じてしまうだろう。そうぼやきながら、彼を自らの腕の中に閉じ込めようとした時だった。
「……ルカ?」
「……ぁ……」
グレイヴの後ろに映る大きな月。それを見たルカの目が大きく見開く。
「どうしたんだ? ルカ」
「……ぅ……ぁ……」
ゆるく閉ざした腕の中から逃れたルカが、一歩、また一歩と離れ距離を取る。完全にグレイヴの手が届かない距離まで移動摩ると、今度は自分の身を抱えて小刻みに震え出した。一体何が起こっているのか分からないグレイヴは、心配そうにルカの方へと手を伸ばす。
「ルカ!」
「ガァァァッッ!!」
もう少しで触れられる。そう思った瞬間、音を立てて跳ね上がる右腕。グレイヴの手を振り払ったルカは苦しそうに呻き声を上げながら地面へと膝を突き蹲る。激しく痙攣する身体。呼吸が次第に速くなり、唸り声も大きくなっていく。
「ルカ!? おい、どうしたんだよ!! ルカ!!」
「ガァ……がっ……うぅ……かっ…はっ……」
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