LYCAN

ナカハラ

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Chapter1

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 あれから暫くは、ベランダで月明かりを楽しんで居たように思う。気が付けばベッドの上。カーテンの向こうから聞こえてくるのは、賑やかな鳥の囀りだ。
「うぅ……ん…」
 時計を探して腕を動かした所で、突然重たいモノにのし掛かられ、グレイヴは息が詰まった。
「うっ……」
「!」
 上に乗りかかった物を退かそうと手を動かせば、指先に触れる柔らかな髪の毛の感触。
「……?」
「!」
 まだ瞼は思いと感じているが、それを無理矢理開き確認すると、目の前には嬉しそうに笑うルカの顔があった。
「……る……か?」
 未だ微睡みに囚われながら、ゆっくりと辿る昨夜の記憶。
「お前……」
 グレイヴが言葉を呟くよりも早く、目を伏せたルカが近付く。軽く触れるだけの口付け。
「…………」
「?」
 軽く湿り気を帯びたそれを指でなぞりながら、空いた方の手で目の前に在る形を確かめるように相手に触れる。確かに昨日の夜、ルカは狼の姿になっていたはずだった。本来の姿が狼であるならば、元の姿に戻ってしまったことで、ルカが消えてしまうのでは無いか。そんな不安に捕らわれベッドに誘い、抱きしめて寝たところまでは覚えている。しかし、目覚めてみれば状況は一変。今目の前にいるルカは、グレイヴも知っている見慣れた人の姿をしたルカである。
「夢……だったのか……?」
 戻ってきた現実に、昨日見た非現実が夢だったのかと疑いたくなった。果たしてどこからが現実で、どこまでが夢なのだろうか、と。自分の上に乗りかかるルカを脇に退かせると、グレイヴはゆっくりと上半身を起こしベッドの上に腰掛ける。
「?」
 ふと、視界に映った見慣れないもの。
「……これ…………は」
 手を伸ばして拾い上げると、グレイヴはまじまじとそれを見つめた。シーツの上に残されていたものは灰色の塊。
「夢では……ない……と、いうことか……なの……か……?」
 手触りから髪の毛では無い事が分かるそれは、どう見ても動物の毛様にしか見えない。指でその塊を弄びながら、改めてルカの方へと向けた視線。
「……どう見ても……人の姿なんだよなぁ……」
 ベッドの上で大人しく座っているルカの姿は、昨夜見た狼のものでは無く人間である。一度納得しかけた可能性が再び、曖昧なものへと変わっていく。果たして、どちらの姿が本物なのだろうか。ここ数時間で起こった事は分からない事だらけ。グレイヴは目を伏せ、小さく溜息を吐いた。
「…………」
 そんなグレイヴの様子を見たルカがつまらなさそうに表情を曇らせる。頬を膨らませた後、もぞもぞと動きグレイヴに近付くと、彼の腕を掴んで無理矢理、自分の身体を抱き込ませる。
「ルカ!?」
「…………」
 グレイヴの膝の上。そこに収まったルカが、不機嫌そうな顔でグレイヴの事を睨み付けた。
「なん……で……?」
「うー……」
 小さく唸り声を上げた後腕を絡めて抱きつき、グレイヴがいつもやるように軽く唇を重ねる。余りにも突然の事に固まっていたグレイヴだが、正気を取り戻すと、慌ててルカの行動を止めさせようと動く。
「ルカ!」
「むー……」
 ストップと言われたことが気に食わなかったのだろう。ルカは眉間に深い皺を寄せてグレイヴを睨んだ後、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
「ルカ?」
「ガルルルル」
 臍を曲げてしまったことを感じ取ったグレイヴが、ルカを宥めるために手を動かす。だが、触られるのが嫌だとでも言う様に、ルカはそれを避けながら唸り声を上げ身を離す。
「怒っているのか?」
 不安になったグレイヴの声は随分と情けない。その声にルカはちらりとグレイヴを盗み見た後、そっぽを向いたまま口を尖らせてみせた。
「ごめん……悪かったから……」
 これは、何に対して怒っているのだろう。怒らせた原因が分からずグレイヴは更に声を弱くして俯いた。
「……………」
 こういう時に痛感するのは言葉の重要性。簡単に意思の疎通ができるツールが足りないだけで、こんなにも気持ちは伝わらず複雑なモノへと変わってしまう。それを理解したいと願っても、相手の反応から推理し理解していくしかない状況に、常に感じる一喜一憂。もっと相手のことを知りたいと願えば願うほど、分からないと言う不安がより気持ちを憂鬱にさせた。
 そんなグレイヴの心を知ってか知らずか、そっぽを向いていたルカがグレイヴ方へと顔を向ける。伏せてしまって見えない表情に首を傾げ大人しくしていたが、やがてそれ自体もつまらないと感じ始めたのだろう。そっと両手がグレイヴの頬に触れると、そのまま自分の方へと顔を向けさせ、再び軽く唇を重ねた。
「……っ」
 今度はそれだけでは終わらず、そのまま舌を滑り込ませる。グレイヴの舌と絡めるようにして深くしていく口付け。それに驚いたグレイヴの目が大きく見開かれる。だがその反応ですら楽しいというように、ルカは調子に乗ってそのまま悪戯を続けた。
 いつもはリードされ翻弄される行為も、今はルカの方が手綱を握っているようだ。こんな風に反応するグレイヴを始めて見るルカの表情は、何だか得意げで満足そうで。不意に見せた余裕に無意識に煽らるグレイヴの意識。このまま相手に翻弄されてたまるかと、何とか自分のペースを取り戻すべく身体が動く。ルカの後頭部を掴むと自分から舌を絡めながら口付け、そのまま彼をベッドへと押し倒し追い詰めていけば、先程までの余裕はどこへやら。ルカが苦しそうにグレイヴの胸を叩いた。
「……お前、いつの間にこんな風になっちまったんだ?」
「…………」
 長い口付けから開放してやれば、荒い呼吸を繰り返す度上下に胸が動く。それでもまだ余裕があるらしい。グレイヴの下でルカが挑発的に笑ってみせた。
「………この野郎っ」
 好きな相手を前にこんな事をされれば、直ぐにでも理性なんて吹っ飛んでしまう。
「期待してんのかよ」
 丁度良いことにルカは全裸だった。そこで始めて衣服を着ていない違和感に気が付いたが、火を点けられた欲望を抑えることは難しいようで。このまま雪崩れ込もうとすれば、簡単に行為をすることが出来る状況に思わず喉が鳴ってしまう。
「期待してるんなら、答えてやんなきゃ、な」
 ルカの上に被さるようにして再びキス……を交わそうとしたところで、邪魔をしたのは携帯の着信音だった。
「…………ちっ」
 初めはその音を無視しようと考えた。
「…………煩せぇなぁ」
 しかし、しつこく鳴り響くコール音に、煽られてしまう苛立ち。一度身を引いて携帯を掴み取ると、グレイヴは通話ボタンを押し乱暴に答える。
「誰だよ!? った……く……」
『何をしている!? グレイヴ!!』
 受話口から聞こえてきたのは同僚の焦るような声。
「………え?」
 咄嗟に耳から携帯を離しディスプレイに表示された情報を見ると、表示された文字を見て嫌な汗が垂れる。
『もうとっくに仕事は始まってんだぞ!? 早く出てこい!!』
 小さな機械から聞こえる相手の声。その言葉に、グレイヴの顔から一気に血の気が引いた。慌ててサイドボードに置いて有る時計を確認すると、時刻は既に十時を過ぎてしまっている。
「うわあぁ!? すっ、スイマセン!! 今すぐ行きます!!」
 慌てて電話を切り急いでベッドから降りると、グレイヴはクローゼットを漁って服を着替える。同僚からの出勤催促により引き戻された現実は、どこまでも残酷で厳しいもので。目覚ましを止めた覚えはないから油断していたが、今日が何曜日なのかを思い出し胃が痛みを訴える。
 服を着た後、念のためにと確認する時計アラーム。オンに設定していたはずのスイッチはいつの間にかオフに切り替わっている状態で。自分で止めた訳では無いとするならば、こんな事をする犯人は一人しか居ない。
「ルカぁぁっっ!!」
「っ!?」
 グレイヴの怒気の含まれる声にルカの肩がぴくりと動く。直ぐにベッドの上でシーツを頭から被り、身を隠してしまったルカの態度に、意図的に行った事だという事は理解したが、ここで説教を始めると、この後のスケジュールに支障が出てしまう。
「お前! 帰ってきたら覚えておけよ!!」
 薄く開かれたままの窓ガラス。ベランダへと続くそれの鍵を閉め、必要最小限の備品をポケットに突っ込むと、グレイヴは慌てて家を飛び出した。
「くっそ! 何てこった!!」
 ガレージから聞こえるエンジン音。それを耳を澄ませて聞いていたルカが、シーツの中から顔を出して寝室のドアを見る。
「…………」
 ゆっくりと起き上がりベッドの上に座ると、少しだけ寂しそうに揺れる瞳。
「…………」
 ルカの口がある音を紡ぐ。それは声として外に出る事は無かったが、確かにその形はルカが一番大切に思う者の名前を紡いでいた。
「…………ぅ……」
 ぽたりとシーツに落ちる雫。グレイヴの温もりを求める様にルカはシーツを手繰り寄せると身を小さくして泣いた。
 職場に大遅刻したグレイヴは、当然主任に怒られることとなった。
 が、説教の時間はそれほど長く続くことはなく、話を途中で止めた中年の男は次に、悪戯好きな子供が浮かべるような表情を見せると、そっとグレイヴに向かって耳打ちをしてきた。
「で、遅れた理由は何だ? これか?」
 以前にもやられたことのあるジェスチャ。立てられた小指の意味はある事を示している。女性だとこの手の話題は大好きだろうが、野郎でもこの手の話題は気になるらしい。
「ちが……」
 咄嗟に口に出た否定の言葉。だが、グレイヴは一度言葉を止め、暫し考える。
「………まぁ……うん。そんなもん……かな?」
「お?」
 いつもとは違うグレイヴの反応に、男は目を大きくし、驚いた表情を見せる。
「ふぅん…………。お前さんにも遂に良い人が出来たのかい。そりゃあ、めでたいな!」
 そう言って豪快に笑いながら、勢いよく叩かれる背中。
「どうも」
 厳密に言うと『彼女』とは違う。『恋人』と言うにはまだ、曖昧な関係。でも、『特別』なのことは間違いない。その人の存在がグレイヴの中では何よりも大切で顔がにやけてしまう。
「ずっと一人だったからなぁ、お前さんは……」
 それが分かっているからだろう。これ以上からかうことはせず、道具を下ろすのを手伝いながら同僚はしみじみと呟いた。
「今度こそ幸せになれよ」
「………ああ」
 それでも完全に好奇心が消えたわけでは無いようで。色々と聞きたいとがあると目は物語ってはいたが、そこは大人な対応だ。野暮なことは詮索しない。そこで話はお終い。そんな優しさが地味に有り難いと感じてしまう。
「幸せになれると良いな」
 無意識に呟いたのはそんな言葉で。
「何を言って居るんだ? なるんだよ、これから」
 グレイヴの後ろ向きに発言に呆れるように眉を下げると、同僚は道具を担ぎ現場へと向かってしまう。
「……うん、そうだよな」
 グレイヴも急いで道具をまとめると、同僚の後を追って現場へと急いだ。
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