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Chapter1
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「……うそ……だ……」
そう呟いたグレイヴの頬に触れる白い手。
「…………」
始めは右にだけ。次に左手が反対側に添えられ、無理矢理向かい合う相手の方へと視線が合うように動かされる。
「………る……か……」
久しぶりに真正面から見る彼の顔に浮かんでいたのは深い悲しみで。涙で瞳を濡らしながら、何かを訴えるようにじっとグレイヴを見ていたルカが、突然行動を起こした。
「………っっ!?」
瞳を伏せたルカの顔が近付き重なったのは互いの唇だ。
「えっ……と……」
居合わせてしまったウィルとしては非常に間が悪いと感じてしまう。
「………わ、私は、少し席を外すことにしようか」
咄嗟に口に出したのはそんな言葉。気を遣ったのか、それとも見て居られないと判断したのか、ウィルは二人に背を向けると早々に病室から姿を消してしまった。
「…………っ……」
それを止めてくれる相手を失った室内で、ただ重なるだけのキスは、思ったよりも長い時間続いた。啄むような柔らかなものでは無く、貪るように激しいものでも無いその口付けは、何も感じられないほど無機質で。何かを期待してされたであろうそんな行為は、ただ虚しく時だけを奪っていく。そうして、何も得られずにただ悲しみが積み重なった事に気付くと、漸くルカの唇が離れた。
頬に添えられていた熱が静かに離れていくと当然、グレイヴに縋り付くように寄り添って居たルカの温もりも離れてしまう。
「…………」
少しだけ開いてしまった互いの距離。俯いたルカの表情は、残念ながらグレイヴには読み取れない。暫く黙ってベッドの傍に立って居たが、幾ら待っても言葉を貰えない事を悟ると、諦めたようにルカは一歩後ずさる。
「……………………」
どれだけ求めても叶わない願いがある。諦められず何度も手を伸ばしたが、それを受け入れて貰えなかった悲しみはこれ以上味わいたくない。そんな思いから、グレイヴに背を向けルカが歩き出す。もう二度と、この人の前に現れることは無いという意志を持って。
「待ってくれ!!」
それは、本当に無意識の行動だった。
「ルカ!!」
咄嗟に伸ばす利き手が、ルカの腕を掴む。今、捕まえないともう二度と会うことが出来ないと言う予感が、そうさせたのだろう。未だに感情が行動に上手く追いつくことは無かったが、それでも強く握りしめる温もりは、ずっと触れたいと願っていたもので間違いは無い。だからこそ、グレイヴは必死に言葉を紡ぎ、押し込めていた本音を取り出していく。
「ごめんっ……ごめん……わるかった……あやまるから……」
いつだって、選んだ選択肢は間違っているものだ。
独りよがりの決断は、互いに深い傷を残しただけで言える事は無い。
それで良いと言い訳し、見ようとしなかった結果は思っていたようなものでは無くて。やっぱり選択肢が間違って居たのだと言うことに、グレイヴは漸く気が付く。
別れを決めたときはこれで良いと、自分を必死に誤魔化したのだが、幾ら誤魔化しても誤魔化しきれる訳がなかったのだ。何故なら心がずっと、この存在と共にありたいと悲鳴を上げ続けてていたのだから。
曇った眼では何も見ることが出来なかった。
それは、第三者に言われて、始めて気が付くこと。
そんな当たり前の事を、今、改めて、実感をすることが出来る。
「ルカ……ルカ……」
伝えてはいけないと。沢山の想いをかき集め、箱に押し込み閉ざして堅く鍵を掛ける。そうやって深く、深く沈めたてしまった意識の底で、忘れようとしていた本音が悲鳴を上げる。
いつかその鍵が壊れ、解き放たれることを願いながら、静かに時を過ごしていた感情は、今、呆気なくその封印を解かれてしまった。
一気に溢れ出した気持ちが暴走する。もう二度と呼ばないと誓ったはずの名前を、繰り返し呟く。情けないと思われたって良い。ただ、ひたすらに嗚咽を漏らしながら、グレイヴはその存在が離れていかないようにと、必死に自分へと繋ぎ止める。
「あいたかった………ほんとは…………ずっと……」
謝って済むような単純な話じゃないことは分かっていたが、許して貰えるのならば何度でもその言葉を繰り返そう。傷つけてしまった事の謝罪を込めて。
「いかないで……くれ……」
溢れ出る涙も鼻水も拭うことをせずに、何度も何度も同じ言葉だけを繰り返す。壊れた機械のように、何度も、何度も。もう嘘は吐かない。だから、消えないで欲しい。そんな狡い願いを込めて。
「……………」
引き留められたルカが動く気配は残念ながら無い。許しを請うのが遅すぎた。もしかしたら、そう言うことなのなのかも知れない。
それで離れてしまうのならば、それは身勝手な自分への罰だ。
「……やっぱ……許せねぇ……よな……」
先に突き放したのはグレイヴ自身なのだ。これ以上は虫が良すぎると諦め、身を引こうと手を離す。
「ごめんな。何も、応えてやれなくて」
最後くらいは笑顔で。そう思い無理に笑おうとした時だった。
「……………………」
いつだって優しいのは、欲しいと願う目の前の存在。あれだけ酷い事をしたのに、それを責めることもせずに許してしまう。もう良いよ。そんな風に笑うと、ルカはグレイヴの事をそっと抱き締め、宥めるようにその背をゆっくりと撫でた。
「うぅ………ぅ……ぁ……」
手放してからずっと触れたいと願っていた。その相手が、今、目の前に確かに居る。
自由に動く利き手で、必死にルカの腰を抱きしめたグレイヴは、彼の胸に顔を埋めて涙を流し続ける。
立ち向かうよりも、逃げる方がずっと楽だと。そう思って逃げていた。
だからこそ、自分を犠牲にすることで、本当の気持ちから目を逸らし続けていたのだと始めて理解する。
真実から目を逸らしたのは紛れもない自分自身だ。もう少しで、それを完全に失い、何もかもが消えて無くなってしまうところだった。
その事に気付かせてくれたのは、出会って間もない、友人とも呼びがたい赤の他人だ。偶然の出会いが、最も大切な存在を自分へと引き戻してくれた事に、改めて奇跡を感じ胸が奮える。
「ごめんな、るか……ごめんなさい……」
もし、彼の言う通り、ルカの幸せが自分と共にある時間だというのならば、今度はしっかりと向き合ってその時間を作っていきたい。
あれだけ後ろ向きだった気持ちは、漸く少しだけ前向きに。そんな小さな変化にグレイヴ自身は未だ気付くことが出来なかったが、それでも確かに変化は起きたのだ。
ルカの身体から身を離し、くしゃくしゃになった顔で笑うと、ルカは一度驚いた表情を見せた後、同じ様に泣きそうな表情を浮かべながら笑って見せた。
「……落ち着いたかね?」
随分時間が経ってから、静かに開かれる病室の扉。入っても良いかとウィルが伺いを立てる。
「……ああ、すまなかったな」
先程の雰囲気とは打って変わって、病室の中には穏やかな空気が漂って居るようだ。
「成る程。君の前だと、ルカは随分と大人しくなるんだな」
グレイヴの傍では、ルカが嬉しそうに身を擦り寄せ甘えていた。それを見たウィルは、呆れた様に溜息を吐くと、表情を崩し笑う。
「迷惑を掛けたな」
「構わないさ」
病室に備え付けられている椅子を捕まえると、ウィルは適当な場所にそれを移動させ腰掛ける。
「そう言えば、君を待っている間、君の退院の時期についてシノダと話をしてきたぞ」
「ああ」
初めは当たり障りの無い話題から。なるべく先程見た事を意識しないように話題を選ぶのは、ウィルなりの優しさなのかも知れない。
「正直、もう暫く様子を見たいそうだ」
「そうか」
未だ自由に身動きが取れない状態なのだ。自宅に帰宅出来るまではもう暫く時間が掛かるのも仕方が無い。
「まだまだ迷惑を掛けることになるな」
そう言って、ブレイヴはルカの頭を撫でる。
「精神的に安定しているようだな」
「お陰様で」
今までは何処かしら無理をしている様に感じていたグレイヴの雰囲気。その不安定さが消え、今は落ち着きを取り戻している。これで漸く元の鞘に収まったのだろう。だからこそ、少しだけ悪戯心が湧いてしまう。
「それにしても、大分取り乱していたようだが?」
態とらしくそう言ってやると、その言葉に対して恥ずかしそうにグレイヴが笑う。どうやら落ち着きが無く自制が効かなかったことは、自覚していたらしい。
「忘れてくれ」
「ははははっ」
冗談を言えるくらいには回復したのなら結構だ。と。目の前をからかうのはこれくらいにし、そろそろ本題に入りたい。そんな風にウィルがグレイヴを見る。
「して、だ」
先程とは異なる声のトーン。ベッドの脇に腰掛けるウィルが、組んでいた腕を解き両手を広げながらこう呟く。
「そろそろ話してもらえないかな」
何を、だなんて。そんなことは愚問だろう。
「君は一体何者なんだ? そして、彼は一体、どういう存在なのかな?」
その問いは、いつかは彼が口にすると思っていた。改めて問われた事で、グレイヴの肩が僅かに跳ねる。
「答えたくないと言われても、それは許容出来ない」
逃げることは許さない。早々に退路を断たれ、言い訳を封じられてしまう。
「何故、黙っているんだね?」
中々口を開かない友人に、ウィルは呆れたように溜息を吐いた。
「私の事が信用出来ない、と。そう言うことか?」
その言葉は正直、イエスだった。全く信用していない訳では無いが、真実を伝えてそれを受け入れて貰えるかは定かでは無い。だからこそ、伝えるべきかどうかの判断は慎重になってしまう。
「残念だな」
そんなグレイヴの態度に失望したのだろうか。戻ってこない返答に、ウィルが見せた表情は、とても残念そうなもので。
「少し……待ってくれ」
今突き放されると、誰も頼る相手が居なくなってしまう。自分本位で身勝手な都合だが、グレイヴが信じられる人間の中でルカを託せるのはウィルしか思いつかなかった。だからこそ、待って欲しいと彼に伝える。
「良いだろう。落ち着いたら話してくれたまえ」
答えをくれるのならば幾らでも待つ。そんなウィルの優しさにグレイヴは胸を撫で下ろす。焦ることは無い。彼はそんな心の狭い人間では無かった。
それを理解すると、途端に心が軽くなる。抱えていた秘密は、一人で背負うには重すぎるもので、ずっと誰かに聞いて欲しいと無意識に願っていたのかも知れない。暫く部屋を漂う沈黙。漸く覚悟が決まったのだろう。グレイヴは細く息を吐き出すと、真っ直ぐにウィルと向き合い言葉を紡ぐ。
「俺自身は、只の人間だ。戸籍もきちんと在るし、住民票も役場に問い合わせれば良い。直ぐにデータを照合出来るはずだ」
「成る程」
ウィルにも分かっては居たのだろう。グレイヴがそう答える事くらいは。ウィルが知りたいのはグレイヴの正体では無く、彼が自分に託したルカという存在のこと。
「それで、彼の方はどうなんだ? 彼は一体……」
「……コイツは……狼なんだ」
そう呟いたグレイヴの頬に触れる白い手。
「…………」
始めは右にだけ。次に左手が反対側に添えられ、無理矢理向かい合う相手の方へと視線が合うように動かされる。
「………る……か……」
久しぶりに真正面から見る彼の顔に浮かんでいたのは深い悲しみで。涙で瞳を濡らしながら、何かを訴えるようにじっとグレイヴを見ていたルカが、突然行動を起こした。
「………っっ!?」
瞳を伏せたルカの顔が近付き重なったのは互いの唇だ。
「えっ……と……」
居合わせてしまったウィルとしては非常に間が悪いと感じてしまう。
「………わ、私は、少し席を外すことにしようか」
咄嗟に口に出したのはそんな言葉。気を遣ったのか、それとも見て居られないと判断したのか、ウィルは二人に背を向けると早々に病室から姿を消してしまった。
「…………っ……」
それを止めてくれる相手を失った室内で、ただ重なるだけのキスは、思ったよりも長い時間続いた。啄むような柔らかなものでは無く、貪るように激しいものでも無いその口付けは、何も感じられないほど無機質で。何かを期待してされたであろうそんな行為は、ただ虚しく時だけを奪っていく。そうして、何も得られずにただ悲しみが積み重なった事に気付くと、漸くルカの唇が離れた。
頬に添えられていた熱が静かに離れていくと当然、グレイヴに縋り付くように寄り添って居たルカの温もりも離れてしまう。
「…………」
少しだけ開いてしまった互いの距離。俯いたルカの表情は、残念ながらグレイヴには読み取れない。暫く黙ってベッドの傍に立って居たが、幾ら待っても言葉を貰えない事を悟ると、諦めたようにルカは一歩後ずさる。
「……………………」
どれだけ求めても叶わない願いがある。諦められず何度も手を伸ばしたが、それを受け入れて貰えなかった悲しみはこれ以上味わいたくない。そんな思いから、グレイヴに背を向けルカが歩き出す。もう二度と、この人の前に現れることは無いという意志を持って。
「待ってくれ!!」
それは、本当に無意識の行動だった。
「ルカ!!」
咄嗟に伸ばす利き手が、ルカの腕を掴む。今、捕まえないともう二度と会うことが出来ないと言う予感が、そうさせたのだろう。未だに感情が行動に上手く追いつくことは無かったが、それでも強く握りしめる温もりは、ずっと触れたいと願っていたもので間違いは無い。だからこそ、グレイヴは必死に言葉を紡ぎ、押し込めていた本音を取り出していく。
「ごめんっ……ごめん……わるかった……あやまるから……」
いつだって、選んだ選択肢は間違っているものだ。
独りよがりの決断は、互いに深い傷を残しただけで言える事は無い。
それで良いと言い訳し、見ようとしなかった結果は思っていたようなものでは無くて。やっぱり選択肢が間違って居たのだと言うことに、グレイヴは漸く気が付く。
別れを決めたときはこれで良いと、自分を必死に誤魔化したのだが、幾ら誤魔化しても誤魔化しきれる訳がなかったのだ。何故なら心がずっと、この存在と共にありたいと悲鳴を上げ続けてていたのだから。
曇った眼では何も見ることが出来なかった。
それは、第三者に言われて、始めて気が付くこと。
そんな当たり前の事を、今、改めて、実感をすることが出来る。
「ルカ……ルカ……」
伝えてはいけないと。沢山の想いをかき集め、箱に押し込み閉ざして堅く鍵を掛ける。そうやって深く、深く沈めたてしまった意識の底で、忘れようとしていた本音が悲鳴を上げる。
いつかその鍵が壊れ、解き放たれることを願いながら、静かに時を過ごしていた感情は、今、呆気なくその封印を解かれてしまった。
一気に溢れ出した気持ちが暴走する。もう二度と呼ばないと誓ったはずの名前を、繰り返し呟く。情けないと思われたって良い。ただ、ひたすらに嗚咽を漏らしながら、グレイヴはその存在が離れていかないようにと、必死に自分へと繋ぎ止める。
「あいたかった………ほんとは…………ずっと……」
謝って済むような単純な話じゃないことは分かっていたが、許して貰えるのならば何度でもその言葉を繰り返そう。傷つけてしまった事の謝罪を込めて。
「いかないで……くれ……」
溢れ出る涙も鼻水も拭うことをせずに、何度も何度も同じ言葉だけを繰り返す。壊れた機械のように、何度も、何度も。もう嘘は吐かない。だから、消えないで欲しい。そんな狡い願いを込めて。
「……………」
引き留められたルカが動く気配は残念ながら無い。許しを請うのが遅すぎた。もしかしたら、そう言うことなのなのかも知れない。
それで離れてしまうのならば、それは身勝手な自分への罰だ。
「……やっぱ……許せねぇ……よな……」
先に突き放したのはグレイヴ自身なのだ。これ以上は虫が良すぎると諦め、身を引こうと手を離す。
「ごめんな。何も、応えてやれなくて」
最後くらいは笑顔で。そう思い無理に笑おうとした時だった。
「……………………」
いつだって優しいのは、欲しいと願う目の前の存在。あれだけ酷い事をしたのに、それを責めることもせずに許してしまう。もう良いよ。そんな風に笑うと、ルカはグレイヴの事をそっと抱き締め、宥めるようにその背をゆっくりと撫でた。
「うぅ………ぅ……ぁ……」
手放してからずっと触れたいと願っていた。その相手が、今、目の前に確かに居る。
自由に動く利き手で、必死にルカの腰を抱きしめたグレイヴは、彼の胸に顔を埋めて涙を流し続ける。
立ち向かうよりも、逃げる方がずっと楽だと。そう思って逃げていた。
だからこそ、自分を犠牲にすることで、本当の気持ちから目を逸らし続けていたのだと始めて理解する。
真実から目を逸らしたのは紛れもない自分自身だ。もう少しで、それを完全に失い、何もかもが消えて無くなってしまうところだった。
その事に気付かせてくれたのは、出会って間もない、友人とも呼びがたい赤の他人だ。偶然の出会いが、最も大切な存在を自分へと引き戻してくれた事に、改めて奇跡を感じ胸が奮える。
「ごめんな、るか……ごめんなさい……」
もし、彼の言う通り、ルカの幸せが自分と共にある時間だというのならば、今度はしっかりと向き合ってその時間を作っていきたい。
あれだけ後ろ向きだった気持ちは、漸く少しだけ前向きに。そんな小さな変化にグレイヴ自身は未だ気付くことが出来なかったが、それでも確かに変化は起きたのだ。
ルカの身体から身を離し、くしゃくしゃになった顔で笑うと、ルカは一度驚いた表情を見せた後、同じ様に泣きそうな表情を浮かべながら笑って見せた。
「……落ち着いたかね?」
随分時間が経ってから、静かに開かれる病室の扉。入っても良いかとウィルが伺いを立てる。
「……ああ、すまなかったな」
先程の雰囲気とは打って変わって、病室の中には穏やかな空気が漂って居るようだ。
「成る程。君の前だと、ルカは随分と大人しくなるんだな」
グレイヴの傍では、ルカが嬉しそうに身を擦り寄せ甘えていた。それを見たウィルは、呆れた様に溜息を吐くと、表情を崩し笑う。
「迷惑を掛けたな」
「構わないさ」
病室に備え付けられている椅子を捕まえると、ウィルは適当な場所にそれを移動させ腰掛ける。
「そう言えば、君を待っている間、君の退院の時期についてシノダと話をしてきたぞ」
「ああ」
初めは当たり障りの無い話題から。なるべく先程見た事を意識しないように話題を選ぶのは、ウィルなりの優しさなのかも知れない。
「正直、もう暫く様子を見たいそうだ」
「そうか」
未だ自由に身動きが取れない状態なのだ。自宅に帰宅出来るまではもう暫く時間が掛かるのも仕方が無い。
「まだまだ迷惑を掛けることになるな」
そう言って、ブレイヴはルカの頭を撫でる。
「精神的に安定しているようだな」
「お陰様で」
今までは何処かしら無理をしている様に感じていたグレイヴの雰囲気。その不安定さが消え、今は落ち着きを取り戻している。これで漸く元の鞘に収まったのだろう。だからこそ、少しだけ悪戯心が湧いてしまう。
「それにしても、大分取り乱していたようだが?」
態とらしくそう言ってやると、その言葉に対して恥ずかしそうにグレイヴが笑う。どうやら落ち着きが無く自制が効かなかったことは、自覚していたらしい。
「忘れてくれ」
「ははははっ」
冗談を言えるくらいには回復したのなら結構だ。と。目の前をからかうのはこれくらいにし、そろそろ本題に入りたい。そんな風にウィルがグレイヴを見る。
「して、だ」
先程とは異なる声のトーン。ベッドの脇に腰掛けるウィルが、組んでいた腕を解き両手を広げながらこう呟く。
「そろそろ話してもらえないかな」
何を、だなんて。そんなことは愚問だろう。
「君は一体何者なんだ? そして、彼は一体、どういう存在なのかな?」
その問いは、いつかは彼が口にすると思っていた。改めて問われた事で、グレイヴの肩が僅かに跳ねる。
「答えたくないと言われても、それは許容出来ない」
逃げることは許さない。早々に退路を断たれ、言い訳を封じられてしまう。
「何故、黙っているんだね?」
中々口を開かない友人に、ウィルは呆れたように溜息を吐いた。
「私の事が信用出来ない、と。そう言うことか?」
その言葉は正直、イエスだった。全く信用していない訳では無いが、真実を伝えてそれを受け入れて貰えるかは定かでは無い。だからこそ、伝えるべきかどうかの判断は慎重になってしまう。
「残念だな」
そんなグレイヴの態度に失望したのだろうか。戻ってこない返答に、ウィルが見せた表情は、とても残念そうなもので。
「少し……待ってくれ」
今突き放されると、誰も頼る相手が居なくなってしまう。自分本位で身勝手な都合だが、グレイヴが信じられる人間の中でルカを託せるのはウィルしか思いつかなかった。だからこそ、待って欲しいと彼に伝える。
「良いだろう。落ち着いたら話してくれたまえ」
答えをくれるのならば幾らでも待つ。そんなウィルの優しさにグレイヴは胸を撫で下ろす。焦ることは無い。彼はそんな心の狭い人間では無かった。
それを理解すると、途端に心が軽くなる。抱えていた秘密は、一人で背負うには重すぎるもので、ずっと誰かに聞いて欲しいと無意識に願っていたのかも知れない。暫く部屋を漂う沈黙。漸く覚悟が決まったのだろう。グレイヴは細く息を吐き出すと、真っ直ぐにウィルと向き合い言葉を紡ぐ。
「俺自身は、只の人間だ。戸籍もきちんと在るし、住民票も役場に問い合わせれば良い。直ぐにデータを照合出来るはずだ」
「成る程」
ウィルにも分かっては居たのだろう。グレイヴがそう答える事くらいは。ウィルが知りたいのはグレイヴの正体では無く、彼が自分に託したルカという存在のこと。
「それで、彼の方はどうなんだ? 彼は一体……」
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