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1.それでも私を愛してくれますか
それでも私を愛してくれますか-1
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物心がつく、と言うのは。
いったいどのタイミングを定義して言うのだろう。
一番最初の記憶を辿ればおぼろげな景色を思い出すことができるが、その時の私に自意識があったかと問われれば怪しいところだ。
それは、私がようやく立って歩き始めた頃だと思う。
数えて二つも年を生きていない頃だ。
明る過ぎる照明。
光を反射する橙色のフローリング。
ぼやけて見える様々な家具。
そしてにこやかに手を伸ばす両親。
それが“私”の、思い出せる限り最古の記憶。
しかしその時の私は文字通り赤ん坊程度の思考しか出来ておらず、景色以外の記憶はなかった。
そんなものだ。
それを以て物心が付いたなどと言うのは、甚だ疑問である。
では、物心が付いたのはいつか。
三歳を終えて、四歳を迎えるころ。
他人と比べたら自意識が芽生えるのが少し遅かったかもしれない。
しかし、だけどゆるやかに、私は色々な事が分かっていった。
分かりすぎる程に。
父、黒崎 勇士郎が車を運転していた。
その時の勇士郎は私に顔を向ける時は常に穏やかな笑みを浮かべる人で、その大きな手ですぐに私の頭をかき撫でては甘撫声と共に笑った。
そんな勇士郎が、険しい表情で車を運転していた。
私はその助手席に座り、街並みの灯りが暗い夜道を輝かす様に焦燥感を覚えていた。
曰く、母の麗奈が交通事故にあったらしい。
その時の勇士郎は詳細を私に伝えなかったが、幼かった私にもその出来事が並々ならぬ事であると理解していた。
初めて見る父の顔から緊張は伝播し、幼い私の口から言葉を奪う。
耳に届く車の走行音や街の喧騒が、更に緊張を駆り立てた。
結果的に言えば。
麗奈は片腕と片足を折ったものの大事には至らなかった。
命に全くの別状は無く、その痛々しい姿とは裏腹にはつらつとした態度には大きな安心感を呼んだ。
父が大きくため息をはき、涙ぐみながら遠慮がちに麗奈を抱き締める。
それを見て私も肩を撫で下ろした……と言うのが、私のハッキリとした、自意識の介在する最古の記憶だ。
問題は、それから間もなくして私の身に起きた出来事である。
安心した。
母は生きていた。
死んでいなかった。
無惨な姿になっていなかった。
“彼女は助からなかった”のに。
安心していいのか。
胸を撫で下ろして構わないのか。
母は助かっても。
“彼女達が死んだ”と言う事実に変わりはないのに。
お前だけ、呑気に安堵していてもいいのか。
私をそっちのけで抱き合う二人が私の声に気付く。
娘が両手で顔を覆い隠し、うずくまっては泣きながら大声を上げていた。
最初は母の無事に安堵しての事かと思っていた二人も、すぐにその異常性には気が付いた。
後に私は、四歳を目前にしてPTSDだと言う診断が下された。
ストレス障害。
過去のトラウマとなった記憶のフラッシュバックなどが襲い来る、心的外傷。
私が口を閉ざしたために医師は両親に原因を尋ねたが、付きっきりで育児に励んでいた両親にすら原因は思い当たらなかった。
当然である。
たった四年足らずしか生きていない幼女の人生に、トラウマを抱える要素など何も無いのだ。
原因があったのは。
両親の預かり知らぬ、私が持っていた前世の記憶である。
いったいどのタイミングを定義して言うのだろう。
一番最初の記憶を辿ればおぼろげな景色を思い出すことができるが、その時の私に自意識があったかと問われれば怪しいところだ。
それは、私がようやく立って歩き始めた頃だと思う。
数えて二つも年を生きていない頃だ。
明る過ぎる照明。
光を反射する橙色のフローリング。
ぼやけて見える様々な家具。
そしてにこやかに手を伸ばす両親。
それが“私”の、思い出せる限り最古の記憶。
しかしその時の私は文字通り赤ん坊程度の思考しか出来ておらず、景色以外の記憶はなかった。
そんなものだ。
それを以て物心が付いたなどと言うのは、甚だ疑問である。
では、物心が付いたのはいつか。
三歳を終えて、四歳を迎えるころ。
他人と比べたら自意識が芽生えるのが少し遅かったかもしれない。
しかし、だけどゆるやかに、私は色々な事が分かっていった。
分かりすぎる程に。
父、黒崎 勇士郎が車を運転していた。
その時の勇士郎は私に顔を向ける時は常に穏やかな笑みを浮かべる人で、その大きな手ですぐに私の頭をかき撫でては甘撫声と共に笑った。
そんな勇士郎が、険しい表情で車を運転していた。
私はその助手席に座り、街並みの灯りが暗い夜道を輝かす様に焦燥感を覚えていた。
曰く、母の麗奈が交通事故にあったらしい。
その時の勇士郎は詳細を私に伝えなかったが、幼かった私にもその出来事が並々ならぬ事であると理解していた。
初めて見る父の顔から緊張は伝播し、幼い私の口から言葉を奪う。
耳に届く車の走行音や街の喧騒が、更に緊張を駆り立てた。
結果的に言えば。
麗奈は片腕と片足を折ったものの大事には至らなかった。
命に全くの別状は無く、その痛々しい姿とは裏腹にはつらつとした態度には大きな安心感を呼んだ。
父が大きくため息をはき、涙ぐみながら遠慮がちに麗奈を抱き締める。
それを見て私も肩を撫で下ろした……と言うのが、私のハッキリとした、自意識の介在する最古の記憶だ。
問題は、それから間もなくして私の身に起きた出来事である。
安心した。
母は生きていた。
死んでいなかった。
無惨な姿になっていなかった。
“彼女は助からなかった”のに。
安心していいのか。
胸を撫で下ろして構わないのか。
母は助かっても。
“彼女達が死んだ”と言う事実に変わりはないのに。
お前だけ、呑気に安堵していてもいいのか。
私をそっちのけで抱き合う二人が私の声に気付く。
娘が両手で顔を覆い隠し、うずくまっては泣きながら大声を上げていた。
最初は母の無事に安堵しての事かと思っていた二人も、すぐにその異常性には気が付いた。
後に私は、四歳を目前にしてPTSDだと言う診断が下された。
ストレス障害。
過去のトラウマとなった記憶のフラッシュバックなどが襲い来る、心的外傷。
私が口を閉ざしたために医師は両親に原因を尋ねたが、付きっきりで育児に励んでいた両親にすら原因は思い当たらなかった。
当然である。
たった四年足らずしか生きていない幼女の人生に、トラウマを抱える要素など何も無いのだ。
原因があったのは。
両親の預かり知らぬ、私が持っていた前世の記憶である。
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