『双子石』とペンダント 年下だけど年上です2

あべ鈴峰

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砕かれた日常

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*プロローグ

  ポンぺ国の王都から山二つ越えたクレール領は、万年雪を称えるグレンドール山から湧き出る温泉が有名な観光地。そのクレール領を統治しているのが、第二王子であるネイサン。



  ネイサンは三階の自室で朝の身支度を整えながら、訓練場から聞こえるクロエの声に蒼い目を細める。
(今日も頑張っているな)
「たぁー!」
「次」
窓から下を覘き込むと、クロエが金色の髪をポニーテールにして、 68歳になる爺やのジェームズに稽古を付けて貰っている。
まるで孫娘と祖父だな。二人の仲の良さに自然と口角が上がる。

一年前、クロエと一緒に『双子石』の売人を捕らえた。事件は解決したが、クロエは自分が役に立たなかったと猛省した。その原因は 自分の実戦経験のなさが原因だと考えて、ジェームズに頼み込んで弟子になった。
何を考えているのか、事あるごとに、『頼られる人間になりたい』と、無茶ばかりする。
子供だし、女の子だし、 本業はメイドなんだから、そんなこと考えなくていいのに……。

今でもあの日の事を思い出すとゾッとする。百人の敵を相手に、剣を構えるクロエの死をも覚悟した顔。私にしてみれば造作も無い人数だ。
(しかし、クロエにとっては……)
手に取るように伝わって来た恐怖を思い出すと、過ぎた事なのに まだそのときの感情が纏わりつく。そんな事を幼いクロエに体験させた自責の念にかられる。二度とクロエを危険にさらさない。そう固く決意している。
だから、たとえ陛下からの依頼でも クロエを連れて行かない。一人で解決して見せる。
だが、もう大きな事件は起きないだろう。内政も安定してるし、戦争を仕掛けてきそうな隣国もいない。 一番の懸念材料だった『双子石』の件は、兄上が研究者を捕らえて、残っていた『双子石』も全部破棄したと聞いた。主犯こそ分からなかったものの終結したと考えて良いだろう。

「たぁー!」
「次」
物思いを破るクロエの声に、もう一度 目を向ける。
それでも、稽古させているのはクロエの健康のため。だが、一番の理由はクロエを説得できそうにないからだ。
王子だし、年上だ。 それなのに 口では歯が立たない。何時も言い負かされる。 幼い頃から知ってるせいか、どうしても強く出れない。
(いや、 泣かれると、どうしていいか分からなくなるからだ)
そんな自分にやれやれと首を振る。
「たぁー!」
「次」
私が贈った剣を使ってクロエがジェームズに何度も切り込んで行く。けれど、軽く弾かれる。それでもクロエは向かって行く。それをジェームズが、何度も受け止めている。
(私の大切な二人)

ネイサンは差し込む光の眩しさに空を見上げる。
(良い天気だ……)
スッキリと雲一つない青空が広がっている。

*****

早朝稽古も終わり、メイド服に着替えたクロエは ネイサンの書斎のドアの前で深呼吸して気持ちを切り替える。
(さあ、メイドのお仕事開始よ)

コンコン。
ノックをして、挨拶と共にドアを開ける。
「おはようございます」
「おはよう」
ネイサンが昨日届いた手紙を振り分けていた手を止めて私に顔を向ける。 
完璧な笑顔。そして、完璧な装い。
綺麗に撫でつけられた金髪は 一本も飛び出ていない。これではメイドとして
出番は無い。

実は、とある事情で7歳の時から此処で生活をしている。
メイドの仕事がしたいと言い出したとき、ネイサンは良い顔をしなかった。
(まあ、分からないでもない)
「病人だし、伯爵令嬢だし、何より子供なんだから、何もしなくていい」と言われたが、『働かざるもの食うべからず』だと言って押し切った。
今にして思えば、親元を離れて一人ぼっちで寂しそうだと、同情してのことだろう。
だからか、任された仕事も大したことない身だしなみチェック。
それが今でも続いている。

ネイサンが脇に退けておいた私専用の椅子を掴んで書斎机の前に置く。
クロエは その椅子の横で靴を脱ぐと、両腕を上げる。ひょいとネイサンが、抱き上げると用意した椅子の上に私を乗せる。
椅子の上に乗るのは、身長2メートル近いネイサンと私では身長差があり過ぎる。それを補うためだ。
クロエは、 ついてもない誇りを両手でササッとはらう。
これで終わり。なんとも、やりがいのない仕事だ。

もう、十一歳。
もっと重要な仕事を任されたい。その為には 自分がいかに成長しているかアピールが欠かせない。 そうしないといつまでも子供扱いのままだ。
「ジェームズさんに、打ち込む時の当たりが強くなったと褒められました」
「それは凄いな」
「もう、素振りも5百回なんて楽勝ですよ」
「 ……… 」
ふふんと得意気に鼻を鳴らす。一年前は3百回だった。それに、体力も付いたし、私も随分強くなったと思う。
だから、この前みたいに、怖気づいたりしない。

ドヤ顔でネイサンを見たが、何かに気を取られているのか、心ここのあらずだ。
「聞いています?」
身を乗り出して、ネイサンの顔の前で手を振る。すると、ネイサンが首を捻りながら 私の事を頭のてっぺんからつま先まで目を動かす。
「もしかして、クロエ 背が伸びたか?」
その言葉にパッと顔を輝かせた。
(気づいてくれた!)
その通り、育ち盛りだからなのか急に伸びた。ネイサン向かって両手をパーに広げて突き出す。
「ふっ、ふっ、ふっ。5センチも背が伸びて144・5センチになりました。四捨五入すれば150センチです」
これでネイサンとの身長差は50センチ。着実に 大きくなってる。夢はネイサンの護衛だ。 

メイドの仕事は どんなにキャリアがあっても 雇い主の気分でクビになる。 だったら、剣術の腕を磨いて、ネイサンの護衛として働いた方が 安定して収入が得られる。そのためにも背は高い方がいい。いくら女性だとしても、小さすぎては護衛としての甘く見られる。
「だから、そのうち椅子もいらなくなります 」
上機嫌で話していたが、ネイサンが顔を背けてぶつぶつ言っている。何か言いたい事でもあるんだろうか?
「何かおっしゃりたいことでもあるのですか?」
「いや、何でもない」
そう訊ねたがニッコリと笑い返して来た。
(変なネイサン。でもいいや、今日の私は気分が良い。追求しないでおこう)
椅子から降りてお茶の用意をしようとワゴンの所へ行く。

*****

ネイサンは背を向けて歩いていくクロエを見ながら小さく首を振る。

0・5を四捨五入すれば145センチだし、4を四捨五入すれば140センチだ。それがどうして、150センチになる?
クロエの相変わらずのマイルールには困ったものだ。小さく嘆息する。
矛盾を指摘しても言い負かされるのがオチだ。弁が立つとは クロエのような人間を言うのだろう。だから黙って聞き流した。

しかし、身長にそれほどコンプレックスがあったとは思わなかった。
(ここに来た頃はM 20CMぐらいだったから、4年で 20CMも伸びたのか……。今もオチビちゃんに変わりはないが、何とも感慨深い)
大人になれば自然と大きくなる。焦る必要は無いのに、そんなことを気にするのは やはり子供だからだ。
(11歳はそんな年頃だ)
大人ぶってる姿が可愛らしい。よしよしと頭を撫でたくなる。 ドラゴンを退治したいとか、そんな無理難題を言ってくるわけじゃないんだから、これぐらい可愛いものだ。 飽きるまで付き合ってあげればいい。

それが処世術だ。コクコクと頷く。


*****

ネイサンが椅子を元に戻している間にクロエは、お茶の用意をする。
その手際の良さは流れるようで無駄が無い。毎日繰り返していれば、自然と上達するものだ。

クロエは手に持った魔法石をシゲシゲと見る。大人の親指ほどの ただの宝石なのに ヒビを入れた途端、別のモノに変わる。それは、お湯だったり、洋服だったり、食べ物だったり。閉じ込めることが出来れば、生き物以外なら外に出すことができる。だからポケットと一つで旅行も、引越しも簡単にできる。便利な道具だ。

空のポットに熱湯が閉じ込められている魔法石にヒビを入れて、二つポンと投げ入れる。するとたちまち熱湯に変わる。こうやってポットを温まる。そのお湯を使ってカップに注ぐと両方とも温められる。ちょっとした手間で美味しいお茶が飲める。
茶葉を入れると 別の熱湯の魔法石にヒビを入れて投げ入れる。

茶葉が開くまでの間に、カップのお湯を捨てて、ソーサー、スプーンにシュガーポットを並べる。暫くすると紅茶のいい匂いがする。茶葉が開いたようだ。トクトクと紅茶をカップに注ぐと、ソーサーに乗せてネイサンに差し出す。
「どうぞ」
「ありがとう」
ネイサンが礼を言って受け取ると自分も手に取る。お茶を一杯飲むだけの、わずかな時間だけど。終わってしまえば、二人とも忙しく働かなくてはいけない。
この時間は私にとって、かけがえのないものだ。今日も平和だと目を閉じて息をつく。
「ふぅー」

お茶を飲み終わり、後片付けをしていると、どこからか鳥の鳴き声がする。自然と鳴き声のする方に顔を向けると、鳥が窓を突き抜けて飛び込んできた。
「えっ?」
窓ガラスが割れた音もなかった。
でも、部屋の中を飛んでいる。
窓が開いてないのに何故?
その不思議な鳥をネイサンと同じく目で追いかける。
全身真っ赤。この鳥は伝書鳥だ。
本物の鳥では無い。

その名の通り、伝言を運んでくる魔法石で出来た鳥だ。
色によって緊急性や用途が違う。緑色は定時連絡。黄色は報告連絡。赤は緊急連絡。赤いと言う事は緊急。いったい何の用だろう。
(また陛下からかもしれない……)
そっとネイサンの様子を伺う。
王命だと、理不尽な要求をつきつけてくる。
10日もかかる場所へ 獣退治に出向いたり、 台風で起きた土砂崩れの後始末を任されたりと。毎回事態を収拾するために駆り出される。そんな事ばかりで 貧乏くじばかり引いている。
ネイサンが可哀想だ。
( 子供だからって、こき使って!)
嫌なら断れは良いのに。何でも引き受ける。お人好しにも程がある。

そう思っていると、部屋をグルグルと飛んでいた鳥が私の周りを旋回しだした。
(えっ? 私? ネイサンじゃ無くて? 私に緊急連絡?)
困惑してネイサンを見ると、伝言を聞けと頷く。いったい誰からだろう。
全く皆目検討もつかない。
病弱な11歳の子供だ。そんな子供に何の用があると言うんだろう。

恐る恐る人差し指を曲げて上に向けると伝書鳥が すうーっと停まる。初めての体験だ。予想より軽い。良く見るとちゃんと鳥の姿をしている。
(誰が発明したか知らないけれど、こう言うとこは真面目なのね)
チョンと伝書鳥の頭を撫でると嘴を動かして伝言を話し出す。
『クロエ。母様が危篤だ。直ぐ帰って来てくれ』
「えっ?」
父様の声がする。
しかし、その内容に信じないと伝書鳥を振り落とす。
(嘘だ! 嘘だ! 嘘だ!)

しかし、床に落ちた伝書鳥が、それでも伝え続ける。
『クロエ。母様が危篤だ。直ぐ帰って来てくれ』
血の気が引いて、足から力が抜けて行く。
(どうして? どうして危篤? 母様が?)
だって、この前の誕生日に帰ったときは元気だった。あれから三か月しか経ってないのに、そんな事ある? 
でも、父様がこんな悪質ないたずらをするはずが無い。じゃあ本当なの? 
母様が死にそうなの? 

前の世界でも身近な人が死んだ事など無かった。初めて人の死の影を感じて怖くなる。このまま、手の中の砂が溢れるように失ってしまうの……。 忘れていた。 ある日、日常が簡単に壊れることを、自分が嫌と言うほど知っているのに……。 前に経験したあの喪失感と絶望を、もう一度経験するの? そんなの残酷すぎる。 信じたくない。
ショックでその場に崩れ落ちる。
「クロエ!」

倒れ込みそうになった私をネイサンが抱き止める。
「クロエ、気をしっかり持て」
そんな最悪なことを考えていたが、ネイサンに両腕を揺さぶられて、ハッとする。 そうだ。こんなことしてちゃ駄目だ。今は1秒でも早く母様のもとへ行かなければ。グズグズしてる間に母様の命が尽きてしまう。
ネイサンの手を掴むと頭を下げる。
「ネイサン様、 お願いです。転移魔法で私を実家まで送ってください」
 利用するようで悪いが、本当の緊急事態だ。頼むしかない 。すると分かったとネイサンが頷く。
「今すぐ出発しよう」
そう言うとネイサンが 私を立たせた。


次回予告
* 望まぬ帰郷
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