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容疑者と不審車両

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クロエは、ネイサンに秘密にしたかったが、犯人探しをしてることを知られてしまった。そのことについて考えていた。
「 ……… 」
(運が悪いにも 程がある)
何で、同じ日に相次いでバレたの? 
その理由は謎だが、結果的には良かったのかもしれない。 正直、時間が経っているし、手がかりは曖昧。
これでは犯人を捕まえられないかもと、悩んでいたところだったし、丁度良い。 
エミリアを入れれば3人。
『3人寄れば文殊の知恵』と、言う。最強チームの結成だ。どんなことでも解決できそう。小さくガッツポーズを作る。


クロエは、ネイサンと向かい合って座ると、手帳を見てもらいながら これまで どんなことを調査したか話をした。 
「今のところ、ここまでです」
「………」
真剣に手帳を見るネイサンを見ながら、記入漏れは無いかと、もう一度
今まで調べてきたことを振り返る。
すると、黙って 手帳を見ていたネイサンが顔を上げる。
「使用人の中で、 事件当日、もしくは次の日に 姿を見せなかった人物が いたら教えてほしい」
「使用人ですか?」
平坦な声音から、何かを発見した様でもないと察する。

使用人たちは日曜以外、毎日仕事がある。 事件のあった日休んでいたのは……。
差し出されたリストを指でなぞる。
クレール領にあるネイサンの城ほどではないにしろ、それなりにいる。
通常五十人程度の使用人で切り盛りしている。年に数回しか帰れない私だけど、人の出入りが少ないから顔と名前は一致する。
「ええと……御者のドナルドとエマ。それと信用人じゃありませんけど、
マーガレット伯母さんです」
ドナルドは用があると言って当日休んでいる。エマは体調が悪いと今も寝込んでいる。伯母は……。あれ?と 首をひねる。気にも留めなかったが、そう言えば姿を見かけてない。

我が物顔でウロウロするのが 当たり前のことだから、 なんだか違和感を感じる。 
( 旅行にでも行ってるのかな?)
伯母の事を考えているとネイサンが驚いて聞き返して来た。
「おば? おばが、居るのか?」
「はい。マーガレット伯母さんは、母の姉です」
「 ……… 」
眉を顰めたままだ。
説明してもピンと来てない。
(会ったこと なかったっけ?)
「ネイサン様は、お会いになった事がありませんたでしたか?」
「ああ、無い」
昔は幼い私を気遣って頻繁にネイサンが実家に送ってくれてた。その前から伯母が 我が物顔で入り浸っていたから、 そのとき会った事があると思っていたけど……。
どうやら勘違いみたいだ。
「では、今度紹介致します」
そう言うとネイサンが軽く頷く。
伯母の事だ。私がネイサンと一緒に 帰ってきたことを聞きつけて、そろそろ訪ねてくるだろう。 権力者と親しい事を自慢するのが好きだから 。そのとき引き合わせれば良い。

「三人のうち誰か、夫人に恨みを買っていることは考えられないか?」
「母にですか? ありません」
それはないと否定する。
三人とも小さい時から知っているが、そんな人間では無い。
父なら政治的に不満がある者もいるだろう。でも、母となると皆目見当がつかない。しかし、ネイサンは 腕組みして考え込んでいる。まだ疑っているようだ。そこでクロエは、3人の人となりを説明した。
「御者のドナルドは 父様が伯爵を継ぐ前から務めています。今は息子のトーマスも、この家で働いています。恨みがあるなら息子を同じ家に 就かせないと思います」
ドナルドは、もう50歳を過ぎている。今さら危険を冒す必要があるとは考えにくい。
「エマはおしゃべりで、思ったことをすぐ口にするタイプなので ストレスを溜めこみません」
エマも 窮屈な貴族の生活より、体型を気にしない今の暮らしが良いと言っていた。 そんな2人が母様を殺す? あり得ないと首を左右に振る。

「では、伯母のマーガレットは?」
「伯母ですか?」
パッと脳裏に神経質な伯母の顔が浮かぶ。姉妹と言っても、似ているのは髪の色と瞳の色だけ。同じ両親から生まれたとは思えないぐらい体型も性格も正反対。
口煩くて、私や母にも会うたび小言を言うちょっと厄介な人だ。嫌味な伯母だが、口先だけで実害は無い。
「想像もできません」
しかし、 引っかかるところがあるのか、ネイサンが腕を組んだまま思考を巡らせている。
「妹が病気なのに、一度も顔を見せないのは怪しい」
言われて見れば確かにそうだ。
来るのが遅すぎる。帰ってから一度も顔を合わせてない。母の病気の知らせは伯母の所へも届いている。私より近くに住んでいるんだから、簡単に此処に来れる。それなのに、来てないのはおかしい。口元に手をやると、ネイサンを真似て思考を巡らせる。
( ……… )
何より、伯母が母の不幸を知って黙って居るとは思えない。
人の不幸が一番のご馳走の人なのだから。
「取りあえず。使用人たちは関係ないだろう。伯母さんの状況を確認の方法は 考えてみる」
「えっ? 聞きに行きますよ」
何もそんなことしなくても、確認くらい私でも出来る。伯母の家は馬車に乗れば直ぐだ。しかし、駄目だと首を振る。
「行かなくていい」
「えっ?でも……」
「そのことは私に任せて 母親のそばにいなさい」
「 ……… 」
私と伯母を会わせたくないようだ……。ネイサンは伯母を 第一容疑者と考えているんだろうか?
  



不満げなクロエを目で制する。
これ以上クロエが、動き回ったら犯人に警戒される。クロエには申し訳ないが、犯人が伯母だった場合、無駄に情報を与えて、証拠隠滅されては困る。
(しかし、伯母か……)
私の個人的な経験だと 中年女性はやたらと面倒を見たがる傾向がある。 
通りを歩くだけで声をかけられ、物を渡されて、帰ってくる頃には抱えきれないほどだ。いらないと言っても押し付けてくる。それなのに何の反応も見せないのは、何かありそうだ。

伯母の存在も、エミリアの存在も知らなかった。 全てを知っていると思っていたが、こうして考えてみると、私はクロエの事を あまり知らないのかもしれない。そして、クロエも私の全てを知っている訳じゃない。自分の事は知られなくないが、クロエの事はしりたい。そんな、矛盾した考えたに自分のエゴを見る。
( ……… )


クロエはネイサンにそう言われたけど、内緒で伯母の家にそれと無く探りを入れた。
すると、母の病気の知らせにショックを受けて、寝込んだという話が返って来た。そう言われると次の言葉が出て来ない。だけど、伯母は母様が故意に 睡眠薬を飲まされたことは知らない。
ただ、母様が何日も眠り続けているだけだ。そんな事でショックを受けるだろうか? しかし、嘘だとも、本当だとも、言いきれない。

結局、何の収穫も無いまま戻って来た。 もっと他の使用人に話を聞きたかったが、忙しいと追い払われてしまった。

*****

翌日の午後にはエミリアが訪ねてきた。 クロエは自室で、お茶を飲みながら報告をするエミリアの話を聞きながら、せっせと手帳にメモする。
「変わった出来事としては一件。パン屋のサムが夜中に真っ黒い馬車が走ってるのを見たらしいわ」
「真っ黒い馬車?」
 マークがないということ?
馬車は高いから盗難防止も兼ねて扉に家紋を描く。それが無いということは、外部の者か、もしくは……塗りつぶして犯行に使ったか。

「そう、早朝の4時に街の方から外へ向かってるのを見たみたい」
「 ……… 」
確かに怪しい。頭の中に街の地図を広げる。街の中央に教会などの公共施設。その周りを私たち貴族。そして、その周りを市井の者が住む。
パン屋の位置を考えると確かに我が家の方から来たと考えてもおかしくない。

「なんでも毎朝牛乳が届くのを待ってるんですって」
そういうことなら時間は合っている。家紋のない馬車は珍しいから人目を引くが、時間帯が悪い。う~ん。聞き込みしても目撃者を見つけるのは苦労
しそうだ。 
「睡眠薬の成分分析表は、これよ」
そう言ってエミリアが、カバンから封筒を取り出す。

次回予告
*ペンダント
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