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 クロエは 手がかりになりそうだと、双子石を買えるだけの財力のありそうな人を探そうと、エミリアの元を訪ねていた。

 久々にエミリアの部屋に入ったけど、前よりも豪華になっている。子供部屋だからと手を抜かないところが凄い。

 家の親は、壊れにくい物ばかり飾っている。未だに私のことを三歳児扱い。 
それに引き換えエミリアの部屋は、もう大人仕様だ。
調度品も、壁にも、金が使われている。私が お茶を飲んでいるカップにも金で縁取りがされている。
テーブルに並んでいるお菓子も 美術品の域に達している。味もいいはずだ。カップを置くと、フォークを手に取る。
「その後、おばさまの調子はどう? 目をさましそう?」
「少し時間がかかるみたい。ドクターの話だと睡眠薬の成分が抜けるのが遅いんですって」
エミリアを訪ねるに当たって 考えた言い訳だ。嘘をついてるわけじゃないから後ろめたさもない。
言ってないことがあるだけだ。

「そうなんだ。だったら、もうすぐ目を覚ますはね」
「うん。私もそう思う」
それが私の一番の願いだ。ケーキの端をフォークでカットして口に運ぶ。 
期待を裏切らない味だ。目を閉じて味を堪能してると、エミリアが早く本題に入れと急かす。
 「何か話があって来たんでしょ。言い
なさいよ」
エミリア 相手では、誤魔化しは効かないし、はっきり尋ねた方がいいだろう。

 クロエは ネイサンの結婚相手を探しているという名目で、話を振ってみた。
「殿下の事、諦めるの?」
エミリアが不満げに言う。
諦めるも何も、互いに対象外だ。どうして、自分に恋人ができると、友達にも恋人を作らせようとするんだろう。大きなお世話だ。
「いいから教えて」
そう言ってケーキを真っ二つに切る。

 該当するのは貴族の家3軒と、市井の金持ち2軒。手帳に並んだ名前を見ながらペンを揺らす。
5軒ならすぐに割り出せそうだ。
その中に伯母の名前を見つけて、横線
を引こうとした。 頭に母様をばかりする伯母の顔が浮かぶ。
実の姉が犯人のはずがない。
「そういえば、お母様がマーガレットおば様に お茶会の招待状送っても、欠席の返事ばかりて張り合いがないと言っていたわ。何か聞いてる?」 
「えっ?」
エミリアの話しに横線を引こうとした手が止る。

 エミリアのお母さんと叔母は犬猿の仲だ。同い年ということもあり、何かにつけて張り合っていた。それなのに欠席? 負けを認めたようなものだ。
負けず嫌いの伯母が? どうして?
( ……… )
手帳を見ていたが、パタンと閉じた。


***

 クロエは家に戻ってネイサンに調査報告をしていたが、伯母の事が引っかかる。

 エミリアから教えてもらった情報に、伯母の名前があったせいもあるけど、
見舞いに来ない理由が気になる。
母様が眠ったままになったことが、ショックで体調を崩したと言う話しだ。
まったく有り得ないという内容では無いだけに、嘘だとも決めつけられない。腕を組むとトントンと指で叩きながら、考えをまとめる。犯人は薬学に精通している。だけど、伯母にその知識があるとは思えない。
叔母の興味は 他人の悪口と、流行りの商品ばかり。
(う~ん)

 だけど一番の問題は、怪しい点はあっても 動機が見つからないことだ。伯母
がお母様になり代わりたい?
無い。無い首を振って否定する。
今回ばかりはネイサンの見立て違いだ。

 報告を聞いて 暫く考えていたネイサンが徐に私を見る。
「クロエ。伯母さんの事を詳しく話してくれないか?」
「伯母ですか?」
「ああ、知っている事だけで良い」 「そうですねぇ……」
(こんな事を聞くと言う事は、やはり、犯人だと思っているのだろうか?)

 私が知っている情報は大したことはない。母が結婚する一年前に伯母が結婚したこと。しかし、その結婚も僅か3年で破局を迎えた。子供も無く。今日まで再婚していない。祖父が死に爵位を引き継いだこと。母が二人目を産むか、伯母が再婚して子供を産むか、もしくは養子を迎えない限りランチェスター家は無くなること。
(そういえば跡継ぎ問題はどうする気なんだろう?)
後は嫌味な性格。 
「これくらいです」
こうして口に出してみると私は伯母の表面的なことしか知らない。
(まあ、知りたいとも思わなかったけど)
ネイサンが頷いたりしながら、真剣に話を聞いてくれた。私が口を閉じるとネイサンが口を開く。
「一度、会わせたてくれないか?」
「それは構いませんけど……」
ネイサンの態度には伯母が犯人だと言う確信が見え隠れする。
会ったことも無いのに、何故ネイサンが伯母に興味を持つのか、その理由が知りたかった。
「なぜ会いたいのです?」

「……犯人はクロエの伯母のマーガレットだと思うからだ」
「 ……… 」
誤魔化すと思ったが、ズバリと言い切った。やっぱり、そうだったのかと目を伏せる。予想通りの答えだ。

 だけど、私はそう思えない。
確かに、夫も子供も居なくて、一人暮らしだ。でも、悠々自適の生活を送って、 会う時にはいつも新品のドレスを着て身ぎれいにしている。
生活に困っている様子はない。
しかし、ネイサンが何の根拠も無しに疑うはずがない。
王子と言う立場上 その口から出るものは責任が伴う。そして、公平で無くてはいけない。伯母の事もネイサンの事も両方知っている。
だから、余計に混乱する。
きっと私に言ってない 何か証拠のような物を握っているに違いない。

「どうして、そう思われるのですか?」
「簡単な消去法だ。この家に自由に出入りできて、誰も怪しまない人物。双子石を買うだけの財力がある」
「………」
「それに唯一当てはまるのはクロエの伯母だ」
「………」
姪である私を前に、迷いたなく伯母
が犯人呼ばわりするその顔にも、口調にも 感情はない。 事実だけを言っている。そんなネイサンに対してクロエは、きゅっと唇を引き結ぶ。
実の姉が、実の妹を乗っ取ろうとした。そんな事は到底受け入れられるものでは無かった。ネイサンにとっては赤の他人の話でも、私にとっては 身内の話だ。

 しかし、ここで感情論を持ち出しても却下されるだけだ。伯母じゃないとネイサンを説得できるような情報も、物的証拠も無い。だったらどちらが正しいのか この目で判断しよう。
「分かりました。伯母に連絡してみます」
私の返事に満足したのかネイサンの口角が上がる。まったくこの人は自分の思い通りに動かすのが上手い。
恨めしい気持ちでネイサンを見つめる。

*****

 ネイサンは、これでクロエの伯母が犯人かどうか、あたりがつけられると安堵した。不満そうなクロエだったが、
了承した。これで一安心。
クロエのことだ。一人で無茶して危険な目にあうかもしれない。
犯人を探すということは、とても危険な行為だ。いくら被害者の娘でもそれを11歳の娘がするなど、もってのほかだ。
エミリアに話を聞いてなかったら、見過ごすところだった。

 本音を言えばクロエに 内緒で調べを進めたい。だが、バレたらもっと面倒くさくなる。 だったら一緒に犯人を探した方がいい。そうすれば こちらでコントロールできる。

*****

 クロエは伯母との約束の時間より少し早めに馬車に乗り込むネイサンの後ろ姿を見ていた。
このまま早く到着してはマナーとしたら良くない。王子なんだから知ってるはずなのに……。それでも仕方なく自分も馬車に乗る。


 外の景色に目をやっているネイサンを見ながら、何を考えているのだろうと 想像する。
犯人かどうか 確かめるために伯母に会いに行くのだろう。
やはり、リストに名前が載ってたから? それとも、心証を得るためだろうか? 伯母に何を聞くつもりだろう……。

 ネイサンには悪いけど 私は いまだに伯母が犯人だとは思って無い。
確かに伯母は お金を持っている。だけど、双子石を買うくらい切実な理由があるとは思えない。伯母には、一般的な動機が当てはまらない。それでもネイサンは会いたがってる。
一歩も 二歩も 先を読んで行動するネイサンの考えは凡人の私には分からない。

 その横顔を見つめながら、ネイサンに伯母からの手紙を見せてもらった時の事を思い出していた。

伯母にネイサンが挨拶したいと申し入れると翌日には約束が取り付けられた。しかし、二日後に来てくれと返事だった。クロエは手紙を見ながら眉を顰める。第二王子 自らの訪問に喜ぶと思ったのに……。反応が良くない。
自慢できるし、それはステータスだ。
永遠のライバルのエミリアの母親を悔しがらせることが出来るのに……。

 文章の至る所から、どうしてもと言うならと言う言い回しばかり。遠回しに断っているとも思える。伯母らしくない。何より二日後を指定した事だ。
事件から五日後。逆流した魔力も時間が経てば元に戻るとネイサンが言っていた。それぐらい経っていればバレないと言う自信があるのか? それとも犯人では無いのか?
事件のことを考えると 他に有力な容疑者がいないことが、ネイサンの意見に反論できない理由の一つだ。
(………)


 そんな事を考えていると急にネイサンが馬車を停める。
「ここで停めてくれ」
「えっ? ここですか?」
歩いて行くには伯母の家まで距離がある。

次回予告
* 隠されていたこと
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