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怒りのほこさき

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 クロエの予想していた通り、伯母
が母様を殺しに来た。
そこをネイサンの助けを借りて、捕まえることに成功した。 

 これで 母様の命は守られた。そして、動かぬ証拠も手に入った。
ふてぶてしい態度を取っているが、内心は焦っているはずだ。
動揺した今が チャンスだ。伯母を前にクロエは事件の真相へ切り込もうとしていた。
しかし、自分を探す両親やしようにたちの声が 聞こえて来た。
 そこで、どうせ伯母の話を聞くなら一緒が良いと ドアを開けようとした。が、"発生源" という言葉に 手が止まる。
えっ? 発生源? 多分この氷のことだろう。でも、ずいぶん 騒いでいる。この部屋だけじゃないの? 
こんな夜中に 総出で探してるなんて……。う~ん。

ハッとしてネイサンにに目を向ける。
(もしかして…… 屋敷中凍っているの?)
すると、目を逸らされた。
よく見ると 天井近くまで 氷の膜が張っている。 これでは、力加減を誤ったじゃ済まない。
呆れてものが言えない。しかし、
いたずらじゃなくて、事件解決のためだ。小さく ため息をつく。
「はぁ~」
 どうせバレるんだから隠れても仕方ないと覚悟を決めた。

 ドア開けようとしたが、霜がついたドアノブを見て目を伏せる。
袖を引っ張って それごと回すと、氷がパラパラと落ちる。
(まったくらこの人と来たら……)
やりすぎだと、胡乱な目を向けるとネイサンが笑顔を見せる。開き直っている?
「クロエ様、 いたら返事してください」
「クロエ様ー!」
「クロエ、何処だー」
ネイサン様に注意するのは後回しだ。廊下を探し回っている みんなに声をかけなくちゃ。
きっと皆 びっくりしている。早く安心させないと。
フンと力を込めてドアを開ける。
予想通り廊下も、天井も、壁も、溶けかけているが凍った痕があった。


 クロエは 部屋の外に出ると、廊下を探し回っている皆に声を掛ける。
「父様。母様。ここよー!」
すると 私の声に反応して両親を先頭に、使用人たちが姿を現した。
無事を知らせようと手を振る。
私の顔を見ると安堵した様に駆け寄ってくる。
「クロエ!」
「ああ、心配したのよ。急に部屋が凍り付いてしまったから……」
「ここに いらっしゃったんですか? 部屋にいなかったので 心配ししました」
「みんな、ごめんなさい」
母が無事でよかったと私を抱き締めていたが、何かに気づいたように 身をこわばらせた。青ざめた顔で私の後ろを見ている。
つられて私も後ろを向くと、ドアが開いていて部屋の中の惨状が目に入る。廊下とは比べ物にならないほど 凍りついている。冷気も流れ出している。これでは驚くのは当たり前だ。

 私が母様の部屋をダメにしてしまった。父様も驚いて部屋に入ろうとすると、それを隠すようにネイサンがドアの入り口に立つ。
「今晩は伯爵」
しかし、隠しきれるものではない。 険しい顔で父様が ネイサンに詰め寄る。
「ネイサン王子。どうして此処に いらっしゃるのですか!?」
これは怒られる。
不味い。今はこの惨状より、伯母の問題の方に注目して欲しい。
クロエはネイサンを庇うように詰め寄る父様を引き留めてようと、
2人の間に立つ。
「あのね。父様。これには」
事情を説明しようとしたが、父様が私の横を通り過ぎると、無言のままネイサンを突き飛ばして部屋に押しこむ。
「父様!」
突然の事にネイサンが、たたらを踏んで後ずさった。
父様の暴力に驚く。
「殿下。いったいこれは何ですか? 説明して下さい」
初めて聞く厳しい声に驚いく。
それに、今にもネイサンを殺しそうなほど 睨みつけている。
怒るにしても、あまりにも 険悪な雰囲気だ。 母様も何も言わない。 2人ともどうしたの? 
困惑して 2人を見ていると、父様の視線が私に向けられる。
怒りだけでなく悲しみも混ざった複雑な色をしている。

そんな視線から逃れるように母の腕を組む。こんな父様初めてだ。
「母様、父様を止めて」
「他の者は部屋に戻れ!」
父様が命令した。
渋々帰ろうとする者も居たが好奇心の強い者は残っていた。
しかし、父様がドアを閉めて使用人たちを 締め出した。


 何を怒っているのか教えて欲しくて母様に視線を送る。しかし、母様は首を振り教えてくれない。
かわりに、向けられた痛ましいものを見るような母様の視線に戸惑う。
 (家中を凍らせたのが原因? )
確かに やりすぎだけど、責めないで欲しい。 みんなを守るためにしたことだ。父様の腕を掴んで自分を向かせる。このままでは 言い争いに なってしまう。
「父様」
「クロエは……クロエは、まだ十一歳です!」
父様が私の手を払いのけるとネイサンを見上げながら迫る。
(あっ! そう言う事か)
私が伯母を捕まえるのに手を貸した事を怒っているんだ。
確かに十一歳だもの。そう考えるのは仕方ない。

説明しよう。
部屋の中には、伯母を入れて五人。関係者が 揃っている。
丁度良かった。 
だけど、話を切り出させそうな雰囲気では無い。でも、話さなくてはならない。
「父様。待って! 私の話を聞いて」
止めようと声を掛けると、悲しそうな顔で私を 私を見つく返してきた。
 (まただ……)
父様の姿が痛々しくて、クロエは言葉を失った。ここまで悲しませたの? 戸惑う私を母が、ぎゅっと抱きしめる。
「大丈夫。大丈夫。母様は あなた
を信じているわ」
「えっ?」
今にも泣き出しそうな声音にクロエは何かが違うと感じ始めた。

 家中を凍り付かせたことくらいで泣いたりする?
ネイサンを 見ると私と同じように戸惑っている。 呆れられたり、
怒られたりするなら解るけど……。何かがズレてる。
「母様どうしたの? 何がそんなに悲しいの」
「 ……… 」
( ……… )
母様の腕を解いて顔を見る。
すると、さらに悲しそうな顔になる。

「申し訳ありません。全部、私が悪いんです」
ネイサンが そう言って 深々と頭を下げた。確かに勝手に計画した事だけど 仕方なかったことだ。
あの状況では父様に本当の事は言えなかった。どうか、理解して欲しいと母様の腕を振りほどくと、ネイサンの 横に並ぶと 同じように頭を下げた。
「違うの。 わがまま言ったのは私なの 怒るなら私を叱って」
「クロエ。いいから」
「駄目です。ネイサン様 一人で責任を取る必要はありません」
子供だからと 全てをネイサンに押し付ける気はない。
すると、父様が歯を食いしばって 私たちを ギロリと睨みつける。 
その迫力に、ゾクリとする。本気で怒ってる。ネイサンを見ると心なしか 青ざめていた。 この怒りはどこから来るの?
「そうお思いでした責任を取って下さい」
「勿論、最後まで責任を持ちます」
「お願い。お父様 私の話を聞いて」 
このままでは ネイサンが全責任を取ることになってしまう。 すがるように前に出ようとしたがネイサンが、手で制する。やめると首を振る。
( ……… )
ここは我慢をするしかない。 きゅっと口を引き結ぶ。父様の怒りが収まってから、ちゃんと説明しよう。そうすれば分かってくれる。
「だったら、今すぐ婚約……して……」

 それでも詰め寄っていた父様だったが、急にピタリと口を閉じた。
父様の瞳が極限まで広がる。視界に何が映り込んだのか予想はつく。父様の異変に気付いた母様が父に声をかけた。
「あなた。どうしたの?」
「………」
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