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 伯母を捕まえるために使ったネイサンの魔法が暴走してしまった。そのことで責任を取れと 父様に言われていると思ったが、何が別の理由がありそうで……。


 父様が部屋の中に入ったことで、伯母を見せることになってしまった。(私としては話を聞いてから、 もっとちゃんとした形で見せたかったのに……)
「 あなた?」
「 ……… 」 
母様が声をかけたが、ショックで固まっている父様には聞こえてない。おかしいと母様が父様の視線の先をたどる。
「姉様……」
母様も 呆然と見ている。
ベッドの上で膝立ちした状態で凍っている姉が居るのだから 当たり前だ。

 二人は伯母の姿から目が離せないでいる。でもこれが真実だ。嫌でも受け入れてもらうしかない。
「伯爵。話を聞いて下さい」
「何をやってるんだ」
ネイサンの言葉に、我に返った父様が私たちを怒鳴る。
しかも、その声には苛立ちが含まれている。いたずらにしても 度がすぎると思ってる。状況だけで判断したんだ。それは、仕方ない。 冷静に考えれば 違うことは、分かるのに。
(どこから話せばいいんだろう……)
「伯爵、落ち着いてください」
「私を落ち着いている」
宥めようとするネイサンを 遠ざけようと父様が腕を振る。
何と説明するのが一番なのか、言葉を探していると、私より先に伯母が動いた。
「フィリップ。いいところへ、助けて」
有耶無耶にして逃げようとしている。ここで逃げられては、今までの苦労が水の泡になる。
「今すぐ義姉を解放して下さい」
ネイサンを見据える父様の態度から 激しい怒りが見える。
しかし、ネイサンも一歩も引かぬ態度で首を横に振る。
「それは出来ません」
「なにか勘違いしていないかな? これはお願いでは無く、この家の主としての命令だ」
「知っています。ですが承服しかねます」
「………」
ギリリと父様が奥歯を噛み締める。領主としての威厳を踏みにじるような態度を取られたのに、何も対抗できない自分が歯痒いのだ。しかし、相手は王族。あまり強く出ては不敬罪になる。
だからと言って、父様も簡単には引き下がれない。母様はと見ると姉を見続けている。私が仲裁に入らないと、大事になってしまう。 今一番重要なのは、事件の解決だ。

「父様、落ち着いて。これには訳があるの」
「フィリップ。早く、このままでは凍死しまうわ」
伯母が父様をせっついて、何とかさせようと催促する。伯母が自由の身になったら逃げられる。下手したら母様を人質するかもしれない。しかし、2人とも対峙したまま 動こうとしない。プライドとプライドとの戦いだ。
このままだと父様が 意固地になるかもしれない。だったら、百聞は一見に如かず。言葉より見せた方が納得しやすい。 それに隠しせるものでない。いずれは知ることになる。 早いか遅いかの違いだ。
「父様。こっちに来て」
「クロエ……何を」
ネイサンと睨み合っている父様の腕を取る、と伯母が真正面から見える場所へ案内する。
「これを見て」
「クロエ……何を」
伯母が握っているナイフを指差す。

 時が止まったように、父様が驚いて伯母を見つめる。氷漬けになっている以上の衝撃だろう。
その目は混乱している。
頭と心が別々の気持ちになっている。妻の部屋にナイフを持った義理の姉が居る。しかも今にも突き刺しそうな場面で凍っている。
「フィリップ。 誤解しないで…… これは…… その……」
父様に現場を見られたことで、伯母の顔から余裕がなくなる。
悪戯だと思わせたいようだが、そもそも伯母はそう言うことに参加するようなタイプの人間でも無いし、して遣られるほど鈍くは無い。そうでない事は義理の弟として付き合って来た父様なら知っている。

父様が事の重大さにサーっと血の気が引く。ここにきて父様が 自分の考えていた事実と違う事に気付いたようだ。
「何? 何なの?」
夫の態度のただならぬものを感じて母様が怯えた声をあげる。
「なっ……何でもない」
父様は そう返事をするが 母様が納得するはずもない。

 何も覚えていないなら、知らないままの方が幸せだ。後はネイサン
に任せよう。母様を外に連れ出したいとネイサンに 目配せする。
「母様、ここは寒いから外に出ましょう」
「そうしなさい。風邪をひいてしまう」
 部屋は、元通りにしておきます」
促すように母様の手を掴もうとした。 しかし、その手を払いのけるとネイサンと父様の間をすり抜けて伯母に向かって歩き出した。

 伯母のこんな姿を見せられない。
真実に気づいてしまう。
拙い。
「夫人 待ってください」
「駄目だ。来るな!」
「母様!」
「!」
見せまいと父様が母様を抱き寄せた。けれど、もう見てしまった。
(遅かった……)
真っ青な顔でナイフに釘付けになっている
「ねっ、姉様……」
悲鳴を漏らさないように母様が両手で口を覆う。  
さっと、父様が 母様をクルリと反戦させて自分に向かせる。
「見なくていい」
「あなた……」
「大丈夫。大丈夫だ」
父様が助けを求めるように 呟やいた母様を、宝物のように大切に抱きしめると、そっと背中を撫でる。その胸に 母様は顔を埋める。
父様の背中に回した手が、きつくガウンを握りしめていた 。
(こんな形で犯人を伝えたくなかったのに……)
 傷つけたかったわけじゃない。
他に方法があったんじゃないかた後悔する。
だけど、もっと 大騒ぎするかと思っていた 。泣きもせず静かにしている母様を見つめる。
( ……… ) 
母様の態度に違和感を感じる。

「キャサリン。勘違いしないで、誤解なの。クロエとネイサン王子が私に悪戯を掛けたのよ」
一番の被害者である母様を騙そうとする伯母の 底意地の悪さに吐き気がする。利用できるものは何でも利用する気だ。もう伯母に好き勝手にはさせない。
「違うわ。犯人を捕まえるために罠に掛けたのよ」
「クッ、クロエ。何を言っている? 困った子ね」
「自分の置かれて状態を見れば誰だった解る事よ」
黒ずくめの服装。手にはナイフ。夜中にいる妹のベットに居る姉。
(そんな格好でこんな時間に来たくせに)
どう考えても悪戯じゃない。第三者か らみれば殺人未遂の現場だ。
「犯人ってどういうことだ」
「えっ」
「 ……… 」
 父様の問に答えるのが ためらわれる。いきなりこれが母様を殺そうとしたと言われても、そう簡単に信じてもらえるものでもない。
私だってそうだ。付き合いが長い父ならなおさらだ。

「犯人ってどう言う事だ」
「………」
「………」
「誰でもいいから説明してくれ」
ネイサンと、 どちらが話するかを視線で会話する。ネイサンでは こじれるかもしれない。私では子供の妄想だと 相手にしてくれない。
なにより、伯母の罪を告白すると言う事は、母様に辛い事実を伝えることになる。私でさえこんなに辛いんだもの、母の心中を思うと……。身内の犯行はそう言うものなのだろう。被害者も加害者も家族。
(秘密裏に処理できれば良かったけど……)
躊躇が沈黙を呼ぶ。
「………」
「………」
「何故何も言わないんだ!」
父様の苛立った声に最初に反応したのは伯母だった。
「助けてフィリップ。二人が私にこんな格好をさせて犯人に仕立てようとしたのよ」
この期に及んで命乞いするどころか、嘘をつくなんて。何処まで
往生際が悪いの。
「嘘よ!」
「クロエ」
素早く否定した。すると、ネイサンが感情的になるなと片手を挙げて私を止める。
「なっ………」
そうだ。伯母の挑発に乗ったらダメだ。 冷静に……冷静に……。深呼吸する。
「では、ミズ・マーガレット。私たちの誤解を解くためにも質問に答えて下さい」
「ええ。いいわ」

まわりくどい。そう思いながらも、そうすることが両親に伯母が犯人だと理解させる一番の方法だろう。私たちと違って 何の情報もないんだから行き成り結論を言っても、信じたくない二人に反発されるだけだ。
「何故こんな夜中に妹の部屋を訊ねたて来たんですか?」
(確かにおかしい)
ネイサンの 言葉に両親が伯母を見る。
「キャサリンの事が心配で、気がついたら来ていたからよ」
そうなのかと両親が頷く。
気がついたら? 同居してる訳でもないのに? ここまで歩いてきたというの?
下手な言い訳だと首を振る。
「なるほど、ですが目を覚ましたと伯爵から聞いているはずです。それなのに、夜中に来る理由としては弱いです」
その通り。危篤状態を脱出したのだから急いでくる必要は無い。 
同じように両親が首を ひねっている。そんな 両親を見て 伯母の額に汗が浮かぶ。
「そっ、そうよ。ゆっ、夢よ。夢を見たのよ。キャサリンが死んだ夢を」
(はぁ? 夢って……)
良く言い訳が次々と出てくるものだ。しかし、ここに来てクオリティが下がる。そんな事が通じるなら何でも夢で解決じゃない。
両親も訝しげな顔をしている。
「なるほど、悪夢を見たから生死を確かめに来たと」
「そうよ」
ふむふむとネイサンが頷く。
いつまで この茶番劇を続けるつもり?そろそろ追い込んでも良いのに……。良く腹を立てずに聞いていられるものだ。
「その割には誰にも気づかれずに、入って来ましたね」
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