猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました

あべ鈴峰

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リチャードの覚悟

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   リチャードは元気なく凭れているリサを優しく撫で続ける。
私がしたことは ただの自己満足なのかもしれない。リサが居無い間、その心中を察するための 時間は十分にあった。
マーカスの部屋の前に座っていたのも、私にまとわりついたのもマーカスに会いたかったからだ。
(マーカスも会いたいと言っていたんだから、会わせれば良かった……)
リサだって心配していたのに、忙しさにかまけて蔑ろにしてしまった。だけど、あの時は看病で溜まっていた仕事に追われていてリサに気を回せなかった。
そんな扱いを受けて傷つかない訳がないのに……。このまま猫として扱っていては溝を深くするだけだ。だが、問題を解決するための手段がある。後はそれを実行する私の覚悟があるかどうかだけだ。


***

   ご主人様が撫でていた手を止めるとグイッと顔を近付けて私の本心を覘こうとする。
「もう出て行くって言わないでくれ」
『………』
みんなに黙って出て行ったのは反省しよう。本当に この家を出て行くなら、ちゃんと感謝の気持ちを伝えてからだ。約束すると頷くと、ご主人様が嬉しそうに私の額に自分の額を押し付けて来た。
そして、その後 しっかりと私と目を合わせた。
まだ何かあるのかと、その目を見ると真摯な光を湛えている。
(んっ!?)
「今晩時間を取って腹を割って話し合おう」
その言葉にハッとする。
このままなし崩しにするかと思ったのに、ちゃんと私の気持ちを汲んでくれた。嬉しくてご主人様の頬に 自分のホッペをスリスリする。折角のチャンスだ。自分の気持ちを伝えたい。カードを使ってキチンと話をしよう。時間は掛かるけど意思疎通は出来そうだ。
『にゃおん』(ありがとう)
「それじゃあ、皆の所へ行こう」
私を抱き直すと歩きだした。
心配を掛けたのは確かだ。
どんな顔をしたら分からないし、みんなの反応も気になる。



   居間に行くとみんなが揃っていて、私の姿を見ると周りに集まってくる。
僅か数日なのに懐かしく感じる。
みんなが私の無事を確かめるみたいに体を撫でまして来た。
「こんなに痩せて、心配かけさせないで下さい」
「寂しかったよ」
「おかえりリサ」
皆一様に嬉しそうな顔をしている。もみくちゃになりながら、みんなの気持ちを受け止めた。
「酷いですよ。悩みがあるなら言って下さい」
「勝手に居なくなるなんって」
口々に気持ちを伝えてくるが、その中には怒りも含まれていた。
(もう家族の一員なんだ)

   皆の本心が伝わってきて胸が熱くなる。
「リサ!」
マーカスの叫び声に皆が振り返る。涙でいっぱいの瞳で こっちに
駆けて来る。その姿に 私もずっと会いたかったんだと、その気持ちに気づいた。
『にゃーかしゅ!』
(マーカス!)
ピョンとご主人様の腕を飛び出すと、マーカスに向かって飛びついた。
「リサ。リサ。リサ」
私をギュッと抱きしめて、名前を何度も呼びながら頬をすり寄せてくる。
『にゃにゃん。にゃにゃん。にゃにゃん』
(ごめんね。ごめんね。ごめんね) 
何度も謝りながら マーカスの頬に自分もこすりつける。
マーカスをこんなに悲しませるつもりはなかった……。 改めて自分の軽率な行動を反省した。


**

   疲れた……。
やっとひと息つけたと居間の椅子に大の字になって寝そべった。
マーカスが声を出して泣いた時が一番のピークだった。
こんなに大事にされていたのに、自分の事しか考えてなかった。
自分が辛いからと勝手に居なくなってしまった。残された人の事など考えもしなかった。黙って居なくなったから裏切られた気持ちになっただろう。
逃げずに向き合おう。皆の為にも、何より自分の為にも。
(もっと勉強すれば猫でも人間のように言葉を喋れるんだろうか?)
もしそうなれば私だって人として生きて行けるかもしれない。
手伝いは出来ないけれど、相談にのったりする事は出来る。
何しろ 中身は二十四才の大人の女性なんだから。
(うん! 頑張る)
そんな事を考えているとご主人様が入って来た。
「リサ、ちょっといいかい?」
話し合いの時間かな。

   私を抱きかかえているご主人様
の心臓の音が大きく聞こえる。
緊張しているのかな?
(何をドキドキしているんだろう?)
連れてこられたのは寝室。
何で寝室? マーカスの勉強部屋じゃないの?
カードを使って話し合いをすると思っていた。 
『みゃあ~?』(どう言う事?)
ご主人様に向かって首を傾げる。
しかし、優しく頭を一撫でして
私をベッドに下ろした。それにしてもこんな真っ昼間から寝室で何をするのか? 
「ここで待ってて」
それ以上言わず、出て行ってしまった。
(はぁ?)

***

   リチャードは覚悟を決めた。
リサの気持ちを無視して連れ戻したのは マーカスや他の使用人が寂しがっていると言うのもある。
だが、四季の森へ帰ったと言えばいずれは納得してくれただろう。
それなのに探し回ったのは自分の欲の為だ。
リサにずっと人間のままでいられる方法があると 本当のことを話そう。
そうとなれば……。
「まずは 風呂だ」




湯船から出たリチャードはバスローブを羽織るとタオルで髪を拭く。湯気で曇った鏡を手で拭くとギラついた男が映っている。
始まってもいないのに心は急いている。
だが、まずは見た目を整えよう。
顔を右に左に向けながら顎を擦る。髭も剃ろう。

姿見で最終チェック。
何時もよりは良い男なった。しかし、物足りない。ついでにコロンも……否、猫は臭いに敏感だ。
手にした小瓶を元に戻す。
石鹸の匂いの方がいいだろう。


***

***

  ガチャ
ドアの開く音に機械的に目を向けると、リチャードがドア枠に片手をついて立っていた。私と目が合うと笑顔で こっちにやって来る。私のスパダリ。私の前にくると、リチャードが カフスボタンに手を掛ける。
(着たのに 何でもまた脱ぐの?)
「上手にシャツを脱ぐためには 最初にカフスボタンを外すんだ」
へーそうなんだ。その情報が何時役に立つか分からないけど一つ勉強になった。
キュッ
布の擦れる音に目を向けると、リチャードがネクタイ結び目に手を掛けて左右に動かす。ネクタイを緩める仕草にドキッとする。手の甲に浮かんだ血管が男らしい。
そして、外してポイッとテーブルに投げると、続けてシャツのボタンを外し始めた。一つ、二つ、三つ、四つ五つ。
(えっ、えっ、えっ)
ボタンを外して出来たシャツの Ⅰ(アイ)ラインにドキリとする。これ以上見るのは毒だ。
両前肢で顔を覆う。
(早く着替えが終わって欲しい)
しかし、耳には布の擦れる音がしたかと思ば、続いてファサッと軽い物が落ちる音が聞こえた。
何の音?
好奇心に勝てず目を開けると、六個のわれた腹直筋。そして、乳首が下を向いた大きな大胸筋。深い溝を作るくらい盛り上がっている。それを支えるように前鋸筋が第一から第十肋骨に沿って並んでいる。

くらっ

  まるで石像のような完璧な体。触ったらどんな感じなんだろう。誘惑に駆られる。
足音にハッとして顔を動かすと
「リサ」
甘い声音に体がしびれる。ドキドキしながらリチャードを見ているとスラックスのジッパーが下げられグレーの下着が出て来た。その下着にリチャードが指を掛ける。押し下げようとしている。
(なっ、なっ、なっ、なっ)
いくら猫でもこんなのを見せつけるのは反則だ。
あわあわとベッドの上で慌てふためく。やばい。やばい。前世だって経験がないのにどうしよう……。
だけどリチャードは止める気配がない。腰から斜めに走る、足の付け根の溝が見えた。
止めて欲しいのに止めて欲しくない。その先を知りたい。食い入るように指の動きに集中していだか、あることに気付いた。
(これって……犯罪!?)
男の人の体を無断で見るなんて。
しかも眼福だと思っちゃった。
カッと全身が恥ずかしさに包まれる。今からでも遅くない。
寝たふりしようと慌てて目を閉じた。
「リサ」
名前を呼ばれてギクリとする。
(………)
寝たふりは失敗だ。
さっきまでガン見してたのに、反応しないのは怪しまれる。
今、目を覚ましました、と言うようにゆっくりと目を開けた。
顔を向けるとご主人様が跪いている。
(まさか盗み見していたのがバレた?)
しかし、その目は喜んだいる。
何をそんなに喜んでいるんだろう。見られて嬉しかったとか?
それだとちょっと……。
今日のご主人様は変だ。
「リサ……」
すると、今度は私が目の前に居るのに名前を呼んだ。
ますます分からない。
探るように見るとご主人様としっかり目が合った。
そして、ご主人様が柔らかい笑みを浮かべる。顔は いつももと同じだけど、私を見る目はいつもと違う。ご主人様の視線が顔から下へと進む。舐めまわすような視線を送ってくる。
完全にエロ親父の目だ。
無意識に身を守ろうと自分を抱き締めた。警戒しながらご主人様を見ていると、
「凄く綺麗いだよ」
「っ」
その一言に天まで昇るほど嬉しくなる。でも、素直には喜べない。
プイと横を向いて腕をくんだ。
猫の私が可愛いことは知っている。

   組んだ腕が柔らかくて弾力のあるものを押さえている事に違和感を覚える。
(んっ!?)
下を見ると人間の胸があった。
また 人間の姿になってる。
どうして? なりたいとずっと願っていた時は、なれなかったのに。
どうして このタイミング!?
「リサ」
ご主人様の声に 現実に戻った。
見られた! 裸を! 一糸まとわぬ姿を見られた!
身を隠せる物を探していると、リチャードがベッドに手をついて這って来る。
「まっ、まっ、待って、近づかないで!」
手を突き出して止めるた。
すると、リチャードが そのままの格好でフリーズしている。
落ち着こう。そうだ。これは夢だ。私が人間のはずが無い。早く猫に戻るのよ。

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