猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました

あべ鈴峰

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ゲート

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  突然の警報、ドアの下からの煙。
リサにとって 初めての経験に狼狽えたが、今は違う。本物なのか、偽物なのか調べなくては。判断を誤ればつけ込まれる。

  パッと押し付けたクッションを離すと、ドアに面していた部分を火傷覚悟で指でチョンと触る。
「キャー! 何するんですか?」
「リサ、危険だよ!」
熱く……無い。手のひら全体で触ってみる。
やっぱり、熱く無い。
本当の火事だとしても火元は遠い。
「大丈夫なの?」
「火事じゃないんですか?」
心配している二人に向かって返事をする。
「焦げ臭い臭いじゃないから、火事じゃないわ」
間違いないとは断言出来ないが、多分間違いない。答えを知りたくて私を見つめる二人に何と説明しようと頭を掻く。嘘をつくのは止めた方が良いだろう。
「私たちを部屋から出す為の 偽物の煙だと思うわ」
「偽物?」
「そんなの作れるんですか?」
コクリと頷くとアイリスさんが驚く。
どんな煙か分からないから、念の為これ以上入って来ないように、本でドアの隙間を埋めるように積んでいると 二人が手伝って来た。私と違って冷静だ。
それが頼もしかった。

  これくらい積めば大丈夫だろう。パンパンと手を打って埃を掃う。
だけど、積んである本が燃えたらその先は火の海で出られない。いざとなれば割って外に出るしかない。チラリと窓ガラスを見ていると、早く戻れと二人に手を引っ張られてた。
「もう無茶しないで下さい」
「そうだよ。僕の傍に居て」
(心配性だなあ~)
マーカスを挟んで座るとその手を握る。
「分かった。傍に居るよ」

三人で部屋の角に固まって息を殺して、全てが終わるのを待っていた。
誰も何も言わない。ううん。言えない。
警報は何時まで経っても止まない。煙で部屋の中がかすんで行く。微かだが人の声や物の壊れる音が聞こえる。不安だけがチクタクと言う時計の音のように過ぎて行く。
なんだか息をするのも苦しい。
二人は大丈夫なのかと、隣を見ると暗い顔をしている。パニックになってないところを見ると 初めてと言う訳じゃなさそうだ。その事が悲しい。そんな時間を過ごしいると。やっと鐘の音がピタリと止んだ。それと当時に煙が消えて行く。
終わったの? と、マーカスたちと顔を見合わせた。
「………」
「………」
「………」
競うように窓に行くと 三人で並んで辺の外を見た。見たこともない馬車に、人。
(制服の感じから警官だろう)
ニックさんとリチャードが その知らない人と喋っている。その横を縛られた人が、ぞろぞろと連行されて行く。
「終わったんだ。終わったんだよ。リサ!」
マーカスが私の手を取り合って喜び合った。
乗り越えられたんだ。
「そうね。終わったね」
「ホッとしました」
良かった。本当に良かった。

***

 エリザベートは昨夜からずっと緊張していた。今日が本当の本番だと聞かされた。
そろそろ馬車がマーカスの家に着いた頃だ。
(誕生日以外の日を狙うなんて……)
でも、バカ正直に 約束は守る必要などなかったんだ。

 カチカチと言う時計の音を聞きながらエリザベートは 落ち着きなく行ったり来たりを繰り返していた。時間が進むのが遅い。
一流のプロを雇ったとあの老人が言っていた。だからきっと大丈夫。
タッタッタ、こちらに向かって走って来る音にハッとして立ち止まる。
来たの!
急いでいる様子に成功を確信した。
失敗したなら急ぐ必要はない。
マーカスに早く会いたい。
待ちきれなくてエリザベートは迎えに行こうと自ら扉を開けた。
(あっ! でもその前に エリオットを呼びに行くように指示しないと)


**

   リサは執務室でリチャードが戻ってくるのを欠伸を噛み殺して待っていた。
「ふわぁ~」
緊張が解けたせいか眠い。
自分と同じようにニックさんたちも疲れた顔をしている。そこへマリーナさんが お茶を持って入って来た。濃い目の紅茶を口に、ふと外を見ると何時の間にか太陽が高くなっていた。長い夜が明けたんだ……。
そこへマーカスを寝かしつけたリチャードが戻って来た。途端、場の空気が変わる。


 リチャードが、これまで分かった事を話してくれた。やはり狙いはマーカスだったようだ。誕生日プレゼントを包んでいた包装紙の裏に召喚の陣が描いてあったそうだ。
(最初から計画していたんだ)
しかし、リチャードの話を聞いて不思議に思ったのは 捕まった人数が多い事だった。喧嘩を売りに行くんじゃないんだから 十人と言う人数は多い。警報音がするのに逃げずに続行した事も気になる。人を攫うなら、少数精鋭で隠密行動が基本だ。どうやら 私たちから確実に逃れる方法があったみたいだ。でも それなら何故使わなかったのか……。う~ん。合点がいかない事が多すぎる。
まさか、第三の計画が⁉

  そして何より気になったのは、鐘の鳴る前にマーカスを捕まえようと部屋に人が侵入して来た事だ。ニックさんがマーカスの部屋に行こうとした時には、すでにこちらに向かってる姿が見えていたという。
皆はマーカスが上手く逃げられたと思っているようだけど、どうも納得出来ない。相手はプロだ。詰めが甘いのがどうもおかしい。
カップを置くと机から紙とペンを取って、その違和感を割り出そうとタイムテーブルを書いてみる事にした。

 マーカスと一緒に避難した書斎は建物の一階中央。私たちの部屋は二階、マーカスの部屋は三階。警報音に気付いて起きたなら、私たちより遅く到着しなくてはならない。
でも、マーカスの方が先だった。着替えにとまどったとしても早い。
しかも誘拐されそうになったが 鐘の音に犯人が驚いた隙をついて逃げ出したと言う。
「何を書いてるんだい?」
後ろからメモを覘き込んだリチャードが それを見て険しい顔になった。
リチャードも その違和感に気付いたようだ。まるで誰かがマーカスの誘拐を失敗させようと警報を鳴らしたみたいだ。しかし、実行犯はエリザベートが首謀者と証言している。
(………)

**

 「役立たずどもが!」
ドミニクは計画失敗の報告に来たゲイルを殴りつけた。すると、積んであった本に倒れ込んで雪崩のように崩れた。
(私が手を貸した事は 証拠が無いからバレないが失敗は 失敗だ)
ザブマギウムに会えるなら私は一生あの森で暮らしても構わないのに……。
アイツらにとって私は森をうろつく厄介者だ。何故だ。喉から手が出るほど望んでいるのに何もかも上手く行かない。

  ゲイルたちでは当てにならないとプロを雇った。それなのに、失敗! しかも 姿さえ確認出来なかっただと!
「クソッ! クソッ!」
八つ当たりして机の物を全て薙ぎ払う。
金ばかり欲しがって 小僧一人にして遣られるとは無能にも程がある。小僧が一筋縄ではいかぬ事は知っているから 今回は二重に策を練ったのに!
「いったい、いくら掛かっていると思ってるんだ!」
「ドミニク様お許し下さい」
地べたを這うように謝るゲイルに堪忍袋の緒が切れた。失敗したくせによく おめおめと帰って来られたものだ。今回ばかりは殴るだけでは気が済まない。今日の教訓を忘れさせないように その身に刻ませないと気が済まない。甘い顔をするとつけあがる。
体を溶かす事の出来る液体が入った瓶を掴んだ。

  ゲイルたちの前でいろんな物を溶かしてみせた。だから効果は絶大だ。
 ゲイルが手を擦り合わせながら命乞いする。
「お願いです。許して下さい。次は失敗しません。約束します」
「毎度。毎度。お前など死んでしまえ!」
「しっ、仕方なかったんです。あの家に猫が居なかったんです。本当に、本当です」
つまらぬ 嘘をつく お前に生きる価値は無い。
「猫の姿が消えたように見つからないだと」
その事で更に怒りにが増す。ギリギリと
奥歯を噛み締める。
「もっとましな言い訳を言え!」
「うわぁ~」
ゲイルが大声あげて崩れた本の中に頭突っ込んだ。 ガタガタ震えている その背中に 瓶を投げ捨てようとしてハッとした。
(もしかして……)
すでに人間に変身できるのか⁉  文献 にはそう書いてあった。
「ゲイル」
「許してください……。許してください……。お願いです」
「ゲイル!」
「はっ、はい」
頭を守っていたゲイルが本の中から顔を出した。機嫌を窺うように恐る恐る私を見る。
「あの家に新しい使用人が増えたか?」
(昔から嘘を着くと小鼻がヒクヒクする)
「あの……使用人では無く……婚約者が増えました」
「婚約者だと?そんな報告 受けてないぞ」
「えーと、その………普通のことですから……」
ゲイルが ボソボソ何か言っているが ドミニクは聞いていなかった。

 エリザベートの件があったから二度と結婚しないと思っていたが……。
あの小僧が婚約? 何か引っかかる。
領地に引き籠って出会いなど無いだろうに……。う~ん。この振って湧いたような話は裏がありそうだ。
瓶を手に打ち付けながら その場を行ったり来たりして考えを詰めて行く。
……猫が消えて人間が増えた。そしてその人間は 小僧の婚約者…………。
成程そう言う事か! 
婚約者が ザブマギウムなんだ。
そう言う事なら捕まえるのは簡単だ。猫と違って体も大きいから、機敏性も失われる。
例えザブマギウムじゃ無かったとしても、愛する女が私に奪われたと知った小僧の絶望した顔を見るのは痛快だ。なんなら引き換えに森への通行許可を発行させるのも良い。どちらに転んでも私に損は無い。もしこれで本当にザブマギウムだったら一挙両得だ。


「は、はっ、はっ」
瓶を持ったまま急に笑い出したドミニクを見て とうとう気が触れてしまったのか?と、ゲイルは恐怖で目が離せないでいた。

**

  ドミニクの部屋から出て来たゲイルは口を拭った。手の甲にべったりと血が付く。
上手く行かないと八つ当たりが当たり前。
何時もの事だけど今回は違う。ザブマギウムを捕まえられなくて、その責任を全部俺に押し付けられた。
(実行したのはお前が雇った人間だろうが!)
心の中で毒づいたが、作戦に参加していたら捕まっていた。
だからと言って挽回する為にバンドール家に侵入するのは難しい。
「はぁ~」
ほとぼりが冷めるまで大人しくしていよう。まずは手当だ。自室に向かって歩いているとベンジャミンとバッタリ会った。
ひょろひょろした魔法オタクだ。俺たちのように外での汚れ仕事はしない。
「ゲイル……ドミニクに殴られたのか?」
自分が殴られたみたいな顔するベンジャミンの手を払いのける。
「大丈夫だ。それよりドミニクに会いに行くのか? 今は機嫌が悪いぞ」
この先の突き当たりはドミニクの部屋だ。
「うん。ゲートが完成しそうなんだ」
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