春花の開けてはいけない箱の飼育日誌

あべ鈴峰

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九十五日目

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 「神は俺を見捨てなかった」
宮貫は弾む軽い足取りで自宅へと向かっていた。
(いい情報が手に入った)
やはり良い酒は人の口を軽くさせる。多少 懐は寂しくなったが、すぐに取り戻せる。
そう考えるだけで惜しくないと思える。
(気分がいい)
夜道を歩く その足は、あっちへ ふらふらこっちへほら千鳥足。時々物にぶつかったりしているが気にする様子はなかった。 

✳✳

 石岳は 物陰から酒屋から帰ってくる宮貫
を追跡していた。
万城様の行動については 箝口令が引かれていない。だが、普通の使用人なら 軽々しく主の予定など言わないものだ。本当なら叱りつけたいところだが、これも万城様の作戦だ。
やれやれと 額を指で掻いた。

どこかに寄るかと思ったが、まっすぐ自宅に戻った。まだ宵の口だ。
それでも、他に仲間はいないのか調べるためこのまま帰るわけにはいかない。

石岳は物陰から扉が見える位置を探すと楽な姿勢を取った。
(長い夜になりそうだ……)

✳✳

「俺死ぬのかな……」
体にタンス が のしかかったみたいに重くて指一本動かせない。誰か一人でも出かけたことを伝えておけばよかたった。そしたら、探しに来てくれるかもしれないのに……。後悔ばかりだ。まさか俺が 箱から出たとは考えてないだろう。調子に乗っていた 。
「はぁ~」
こんなことになるなら 、あのまま箱の中で大人しくしていれば良かった。外の世界に興味を持ってほんの少し足を伸ばしただけなのに。

✳✳

 春花は物が散乱している庭を信たちと見ていた。猫がやったにして物が壊れていない。
泥棒にしては何も盗まれていない。近所の子のいたずらにしては大人しい。別に恨まれるようなこともしてないし、そもそも子供たちと接点がない。
「 これはどういうこと?」
「 誰かが何かしたんです」
「 誰かって誰? 何かって何?」
眉間 しわ寄せて深刻そうな顔の信を妹の結が突っ込んでいく。
「誰かは、誰かだよ……」
「知らないの?」
「知らないよ!でも、これをやった人がいるだろう」
妹の呆れた声に信がムキになってそう言うと 庭を見まし。
( 誰が一体こんなことを……)
犯人探しをし始めたがハッと我に帰った。
いたずらより 小黒だ。そうだ。探していたんだ。
「 はい。はい」
パンパンと手を打って喧嘩しそうな雰囲気の二人を止めた。
「 小黒を探すのが先よ」
その言葉に二人のコクリと頷いた。
「ここまで探していないなら 外に出たと思うの?」
反対意見がないか 顔を見ると二人が頷く。
「前みたいに入ってた箱が壊れて身動きが取れないでいるかもしれないわ。とりあえず家の周りから調べましょう」
「はい」
「うん」

✳✳

  家の周りを探したが やはりいない。
「居た?」
「いたいません」
「 いない」
「…… もう少し遠くまで探そう」
こんなに心配させて……。どこへ行ったのよ」
それとも箱ごと盗まれた? だけど……盗むほどの 箱じゃない。もし盗まれたなら小黒のことだ。逃げ帰ることも 声を出して脅かすこともできる。一体 小黒の身に何が起きたの?


✳✳✳

 「小黒 」
「小黒ー!」
「小黒~~」
どこからか俺を呼ぶ声がする。春花たちだ。
その声で目が覚めた。いつのまにか 気を失っていたんだ。助けが来た。 助かるかもしれない。早く気づいてもらわないと。
「こっ……こっ……」
声がかすれて出ない。
何でこんな時に……!
必死に痰を切ろうとする。唾を飲み込もうとする。けれど うまくいかない 喉の奥が渇いた泥みたいに、張りついて、声が外に出てこない。そのうち 声も足音も遠ざかっていく。
まずいぞ。このままじゃ駄目だ。どうにかしないと。
「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ」
喉の奥が焼けるように痛い。涙がにじむ。

 脳裏に前回の苦労が思い浮かぶ。今度こそ 本当に誰にも知られずに……このまま死ぬのか?
悔しさに唇をかみしめた。
何でだよ! ただ自由になりたかっただけなのに……。それが 悪いことなのか?
このまま野垂れ死ぬのが、お似合いだって言いたいのかよ! こんな最後 認めたくない。
理不尽さが 怒りに火をつける。
そうでもしないと絶望に飲み込まれてしまいそうだった。
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