身代わり花嫁は妖精です!

あべ鈴峰

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信憑

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結婚披露パーティーから抜け出したフィアナは、アルに抱きかかえられて同じ部屋に戻ってきた。

アルが傷の手当てをするために、薬の入った入れ物を取り出した。
しかし何かに気を取られたのか、それを落とすと、私の後方を蒼白な顔で 指差した。大きく見開いた瞳。
何にそんなに 怯えているのかと、振り向こうとしたが、急に我に返ったようなアルの大声に驚く。
「はっ、はっ、羽!」
(羽? 今、羽根って言ったの? )
アルが 私の後ろを指差しながら、どんどん後退って行く。今にもドアにぶつかりそうな勢いだ。
振り返ると、さっきまでなかった羽が なぜか服の外に出ていて、ゆっくりと動いている。
( なんで? )
人間になったのでは なかったの?
急に羽が現れたことに戸惑う。

「なっ、なっ、なんで? こっ、これって、どっ、どうなってるんだ」
酷く取り乱しているアルを見てハッとする。
(……ちょっと、待って)
あの驚きよう。
アルには、羽が見えているの? 確かめるようとアルを見る。
ドアに張り付いたままアルが、 そのことを否定するように 目をこすっている。
「こっ、これは……幻覚だ。そっ、そうに、決まっているんだ」
見えているんだわ。間違いない。
今では妖精を見られる人間は、ほとんど居ないとお母さんが言っていた。 
理由は分からないけど、アルには見えている。

でも、これで良かったのかも知れない。ずっと、黙っているのは心苦しかった。これで、ビビアンと入れ替わった事をきちんと説明出来る。
いくら、仮初めとは言え結婚したんだから、アルには誠実でいたい。
それに、今回の件に アルも否応なく巻き込まれたんだもの 知る権利がある。(だけど、信じてくれるかしら? )
少し心配だ。……ううん。大丈夫。
いくらアルが否定したくても、これを見たのだから 信じざるを得ないだろう。羽を動かすと虹色の粉が舞う。

「アル。話があるの」
「えっ? 」
そうと決まれば 早い方が良い。
フィアナは、全てを告白しようと決めた。

コンコン。

しかし、ノックの音に遮られてしまった。その音にアルが飛び上がるほど驚いた。だけど、すぐにドアを開けられまいと、ドアノブをガッチリと掴む。
「なっ、なっ、何だ!」
アルが何とか平静を装うとしているけど、声が裏返っている。
「………お召替えのお手伝いに上がりました」
ドアの向こうから若い女の声がする。 手伝い? メイドが来たんだ。
(どうしよう……)
羽を見られたら妖精だとばれてしまう。アルはともかく、他の人には知られたくない。
(見世物になるのは御免だ )
どこかに隠れたいけど、この格好では。かさばって重いウエディングドレスを恨めしく見る。それでも、どうにかしようと そわそわと落ち着きなく立ったり座ったりする。
(どうしよう……どうしよう……)


「だっ、大丈夫だ」
「ですが………」
アルは、さっさと追い返したいみたいだけど、メイドが躊躇っている様で、簡単には引き下がらなさそうだ。
「あっ、後で呼ぶから、それまで待っているように」
「………かしこまりました」
「アル」
名前を呼ぶと、待てと言うように私に向かって手を突き出した。
「 ……… 」
「 ……… 」
アルがドアに耳を押し当てていたが、暫くすると詰めていた息を吐いた。
「ふぅ~」
フィアナも 同じく安心して一呼吸する。良かった……。
羽を見られなかった。メイドが、本当に いなくなったか聞き耳を立てていたらしい。

疲れてぐったり様子のアルにフィアナは心配して声を掛けた。花嫁が妖精だと知って、さぞ驚いただろう。
「大丈夫ですか? 」
しかし、クルリと振り返ったアルが、私を睨みつけながらずんずん近づいて来る。
(なっ、何? )
その引きつった顔に 仰け反る。 もしかして怒っている? 騙されたと思っているの?

私の前に立ちはだかると、羽を指さしながら詰問してきた。
「君は いったい何者なんだ!」
「妖精です」
「 ……… 」
ところが、私の答えにアルがピタリと固まっていた。と、思ったらフクロウのように ゆっくりと首をかしげる 。目も 鳩が豆鉄砲を食らったように、まんまるで瞬き一つしない。
「アル? 」
目の前で手を振ると、首が元に戻って、目も私をみたいる。

「なっ、何だって? 」
聞き間違いか?と、もう一度聞いて来る。目に前に本物が居るのに、いまいち呑み込めていないようだ。
「妖精です」
もう一度正直に答えた。後はアルが、信じてくれるか、どうか。アルが、どう出るか緊張して待っていた。
「………本当に? 」
「はい」
アルが再度確認してくる。フィアナは信じて欲しいと頷く。すると、アルがヨロヨロと崩れ落ちる。
フィアナは 慌ててアルの手を掴むとベッドに座らせて、その横に座る。
(よっぽど、ショックだったのね)

アルは、何が何でも信じたくないと言う態度をとっているが、本当は私の羽を見て現実なんだけど知っているはず。 だけど、それを受け入れられるか どうかは、別の話だ。もちろんその気持ちは分かる。
空想の生き物だと思っていたのに、本物が突然現れて混乱してしまっている。その途方にくれて青ざめた顔に同情する。

「にっ、偽物だろう?」
「本物です」
いつまでも信じないアルにフィアナは、これが証だと羽を動かして答えた。すると、アルが 確かめるように、
そろりと触れて来る。そのたどたどしい仕草がくすぐったい、我慢しているとアルが感嘆の声を上げた。
「おぉ! 」
「どうですか? 信じられましたか」
「ああ、取り付ける為の金具の様な物も、吊るしてある糸も見えない。それに、温かい………本物なんだな………」
「そうです」
「あっ! 」
アルが何か気付いた様に声をあげる。何事かと目を向けると腕組みして眉間に皺を寄せていた。
「だが、……何だ。そのサイズが大きいし、人の言葉を喋っているぞ? 」
「 体が大きいのは……よく分かりませんが、言葉はいつも喋っている言葉です」

全てを告白しようと思っていたが、気を変えた。私が妖精だと知って、アルは まだ自分の中で消化しきれていない。その上、ビビアンと本当に入れ替わったと伝えたら、もっと混乱する。一つずつ話して行こう。
「 ……別に存在を否定している訳では無いんだが……その…… 」
「 ……… 」
アルが困った様に私を見つめる。私も今の状況に戸惑っていた。人間のビビアンと入れ替わったなら、羽があるのは可笑しい。
「ええと……妖精は絵本の挿し絵しか見た事が無くて……俄かには信じられないと言うか……」
アルが立ち上がると頭をガリガリと掻き毟りながら行ったり来たりしながら、ブツブツ自問自答を繰り返している。アルなりに、受け入れようと努力している。そんな姿が微笑ましい。

「………と言うか……とっ、兎に角、少し時間をくれないか? 」
アルも、とうとう観念して私が妖精だと言う事を認めてくれたが。その態度が迷子の仔犬の様でいじらしい。可哀想になったフィアナはアルの手を取ると優しく握る。
「はい。分かっています。 ゆっくりで構いません」
「しかし、妖精がいたとは……」
「人間に見えないだけで結構いるんですよ」
「そうなのか? 」
「安心して下さい。普通の人間に妖精は見られないし、声も聞こえません。多分、アルが見えるようになったのは……私が大きくなったからだと思います。本来、妖精は小さいですから」
「そうだな」
アルがホッとして肩の力を抜くと、私の手をシゲシゲと見ながら
「人間と変わり無いんだな。手のひらに皺もあるし、可愛い爪もある」
と言って、左手の薬指に はめられたばかりの結婚指輪を弄んでいる。

フィアナは自分の手のひらを見つめた。いつも見ている自分の手だが、本当に大きくなった。前は人間の手の平ぐらいの背の高さだったのに、今では巨人になったみたいだと物思いに耽っているとアルが質問してくる。
「フィアナ。私に妖精だと正体がばれたけが、大丈夫なのか? ……否、そもそも人間と結婚しても大丈夫なのか? 」

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