身代わり花嫁は妖精です!

あべ鈴峰

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媾曳

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ビビアンはポットを持って お茶をもらいに行こうとするフィアナを、信じられない気持ちで止めようと蓋の上に立った。
( 嘘でしょ……)
面倒くさい事になりそうな予感がする。
「あの……フィアナは……ポットをどうするの気?」
「どうするって、お茶をもらいに行くのよ」
そう言ってポットを掲げる。
(お茶の淹れる方もしれないなんて……)
「はぁ~」
ため息をついてフィアナを見る。 

本人は、ハテ?と小首を傾げて私を見下ろしている。
(あぁ、これは根本的な問題だ)
頭が痛いと、こめかみ抑える。私が妖精の世界のことを知らないように、フィアナも人間の世界のことを知らないんだ。これから先のことを考えると暗雲たる気持ちになる。でも、私の都合で待ってもらうんだから、手助けしないと。何も知らないと怪しく思われる。下手したら 叩き出されるかもしれない。そうならないためには、私が一から教えるしかない。
「フィアナ、お茶は自分で淹れるのよ。私が教えてあげるから練習しましょう」
「えっ? でも……」
「いいから、これでも人に教えるが得意なのよ」
戸惑うフィアナを、無視して強引に進める。
フィアナからしたら、たった数日の為
にそこまでしなくてもと、嫌がるの分かっている。でも、やるなら完璧を目指さなくちゃ。
それからビビアンは、お茶の淹れ方を教えたりしながら、人間の生活について話して聞かせた。


5回目のチャレンジ。
フィアナが、カップからお茶をスプーンですくって、ソーサーの上に置く。

ビビアンは フーフーと息を吹きかけて冷ましてから一口の飲む。
「どう? 」
「んー…… 合格」
「やった! 」
フィアナが手を叩いて喜ぶ。不味くもなく、美味しくもないお茶だ。
フィアナが満足そうにお茶を飲んでいる。それを見て、ビビアンは、生まれて初めて 妥協というものを経験した。

レッスンの途中で色々と話をしてみて、分かったことがある。
フィアナが知っている事は、見たことがあるものだけ。例えて言うなら、パンは知っていも、材料を知らない、と言うことだ。
ボロが出ないように、しばらく通った方がいいだろう。
 教えなくてはいけないことが目白押しだ。

あっ! そうだ。ギブアンドテイク。
人間の生活を教えるかわりに、飛ぶ
時のちょっとしたテクニックを教えてもらおう。 
「フィアナ。あなたは、どうやって移動するの? 」
昨日は1メートル進むのにも時間が、かかった。
フィアナが、自分の顎を指で押さえながら考えている。
「んー、近い場所に行くときは、人間の帽子とかカバンに身を隠して連れて行ってもらうわ」
なるほど。歩いている人間に、しがみつけば良いのね。
それなら、高く飛ぶ必要もない。

「遠くへ行くときは、風の流れに乗ればいいのよ」
 風の流れ……気流のことか! コツが分かった気がする。これなら上手く行きそうだ。早速試してみよう。
「ありがとう。それでじゃあ明日のレッスンで会いましょう」
帰ろうとすると、フィアナに呼び止められた。
 「ビビアン。お母さんに、しばらく帰れないって伝えてくれる 」
「お母さん? 」
意外な言葉に聞き返すと、そうだと、頷く。そう言えば妖精がどうやって誕生するか考えた事が無かった。
「お母さんって誰なの? 」

無から生まれる訳じゃないから、元になるモノがあるはずだ。
物語では何とかの精とか言うのをよく聞くけど……。実のところ親は誰なのだろう。
「教会にあるラフィアナの木よ」
「? 」
「私はラフィアナの木の妖精なの」
脳裏に堂々としたラフィアナの大樹を思い浮かべる。女性だったんだ……。
しかし、木の妖精か……。フィアナのイメージと違う。華奢な感じからもっと儚い物の妖精だと思っていた。

*****


空に溶けていくビビアンに手を振って
見送る。
二人目の知り合い。元気で、きびきびした人だった。一方的に喋るところが猫のミーナに似ていると、クスリと笑う。

ビビアンとも会えたし、お母さんの伝言を頼むことができた。
これで一安心。
しかし、人間って忙しいのね。
妖精の時は気ままに暮らしていた。
起きた時に起きて、食べたい時に食べて、眠りたい時に眠った。
ビビアンの話だと、人間は色々やらなくちゃいけないことがありそうだけど……。
でも、時間の猶予ができた。
その時間を、使って人間じゃないと出来ないこと。そんなことを体験したい。


腕組みして、あれやこれやと考えていると背後から声を掛けられた。
「奥様。お召しかえの時間です」
奥様? 私のこと? 
振り返るとロージーとサマンサが立っていた。私の専属メイドだ。
別にメイドは必要などないと、断ろうとしたが、そこでハタと気づく。そうだ。私は今は人間なんだ。 昨日の夜も彼女たちがいなかったら、ドレスを脱ぐこともできなかったことを思い出す。
「分かったわ」
「では、さっそく衣装部屋に、ご案内します」
(衣装部屋? )
こちらへどうぞとロージーが手で行き先を示す。



案内された部屋に入ったフィアナは、
夢の光景に 歓喜の声を上げる。
「 素敵 ! 」
部屋の中に、所狭しと憧れの人間のドレスが何十着もズラリと並んでいる。
赤、ピンク、青、水色、オレンジ、緑。まるで虹のように色とりどりだ。
フィアナは 弾む足取りで駆け寄るとドレスを手にとって見る。
ツルツルして光沢がある。
「お好きなドレスをお選びください」
 次のドレスはレースだ。こっちはドレスに模様が書かれてる。その次のドレスには刺繍がされている。
色もそうだけどドレスに使われてる生地もいろんな種類がある。
見ると触るのでは全然違う。気づかなかった発見がある。
どのドレスも奥が深い。

 
(こっち? あぁ、でもこっちも良い)
やっと人間のドレスが着れるんだ。
こんなチャンスはない。 一番素敵で、一番似合うドレスがいい。
次々とドレスをあてがって鏡に映してみる。
「う~ん」
どれにしよう……。
どれもこれも素晴らしい。

ドレスの前で迷っていると控えていたサマンサが声をかけてきた。
「どちらをお召しになられますか?」「それが……決められなくて……」
いざ選ぼうとすると、どのドレスも 捨てがたくて一つに絞るのは難しい。
腕組みしてドレスを見つめていると、ロージーが一つ提案あると、声をかけてきた。
「 今日は、一番好きな色のドレスを選んでみてはいかがですか? 」
「今日は? 」
まるで2度目のチャンスがあるような言い方だ。意味が分からず首を傾げる。
「ここにあるドレス、全部旦那様からのプレゼントです」
そう言って手を広げる。つられるように部屋のぐるりと見渡したフィアナは
驚きを隠せない。
(プレゼント? こんなにたくさん? )
信じられない。靴にカバンや帽子まである。どう見ても洋品店と同じ品揃えだ。まるで、お店を、まるごと移動させたみたいだ。
「えっ? えっ? こっ、ここにあるの全部? 」 
「はい」
「嘘っ……」
驚いて自分の口を押さえる。毎日違うドレスを着れるって事?

短い時間だけど人間になれて本当によかった。ビビアンに感謝しなくちゃ。
「何色になさいますか? 」
「じゃあ……これにするわ」
そう言って光沢のあるピンクのドレスを掴む。
教会に咲いている花の中で一番華やかな花は薔薇だ。だから、今日は私が、薔薇になる。


*****

 ビビアンは、フィアナのアドバイス通り教会の近くまで風の流れに乗ってやってきた。スケートをする時みたいに、すぅーとと前に進めた。
ちまちま飛んでいたのが嘘のようだ。
のんびり風に身を任せる。
街のシンボルのラフィアナの木は、どこから見ても見える。だから、迷子になることはない。

ビビアンは教会に着くと、ラフィアナの木の周りをグルグル回りながら、フィアナの母親を探すが、見当たらない。
(フィアナが嘘をつくはずは無いし……探し方が悪いのかしら?  )
まさか呪文があるとか? 馬鹿らしいと自分の考えを手で払ったが、妖精がいるなら、魔法があっても可笑しくない。

う~ん。
見つけてやると、ビビアンは目を皿のようにして、ラフィアナの木を上から下まで隈なく見るが、人影も顔らしいものも無い。ここまで探して見つからないなら、一度、フィアナのところに戻った方がいいのかも……。
う~ん。でもそれはちょっと、バツが悪い。途方に暮れていると不意に声を掛けられた。
『もしかして、フィアナのお友達? 』
「あっ、はい」
頭に直接声を掛けられる感じに、ビビアンは根本的に間違っている事に気付いた。生け垣の精霊と話した事を忘れていた。人を探していたのでは意味が無い。相手は木の精霊なのだから。
木の姿のままだ。
「フィアナからしばらく帰れないと伝えてくれと頼まれました」
『フィアナから? あなたがどうして? 』
「実は……」

フィアナの母親に、教会で私たちが入れ替わった事から今までの経緯を全て話した。 
『 そう言うことだったのね』
フィアナの安否が わかって安心したようだ。穏やかな声をしている。
「はい。だから、怒らないで下さい」
相手の機嫌を伺うように、ちらりとラフィアナの木を見る。
しかし顔があるわけではないので、声の調子で判断するしかない。声の感じからすると怒ってないみたいだ 。
巻き込んだな私だから、フィアナが叱られるのは可哀想だ。
『それより、確かめて欲しい事が有るの』
急に感情を見せない事務的な声音に変わったことに、不安な気持ちになる。

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