身代わり花嫁は妖精です!

あべ鈴峰

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悉皆

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お母さんと話をして、心の整理がついたフィアナは 人間として生きようと覚悟を決めた。と、そこへ泣いている私の姿を見て お母さんに怒られていると勘違いしたアルが乱入してきた。
平謝りするアルにフィアナは、自分が掟を破って人間になることを伝えた。

アルは何度も頷きながら、私が話し終わるまで口を挟まなかった。
アルが責任を感じる必要は無い。
と言うことを、一番知ってほしい。
それなのに、私を見る目には罪悪感が漂っていた。
「だから、これからは人間として生きていくことになったの」
「それって……人間と結婚したから?」
しょぼんと、叱られた子供のように 不安そうに聞いてくる。その神妙なアル
の顔を見て、クスリと笑う。
さっきの勢いはどこへやら。

違うと首を振って答えたが、疑っているのか じっと様子を伺っている。
 (心配性ねぇ……)
心の中で嘆息する。
これでは、人間の食べ物を食べたからだと言ったら 大騒ぎしそうだ。
「やぱり、私が悪いんだ。すまない」
そう言うと私の両肩に手を置いて、私の本心を探すように瞳を覗き込む。
フィアナは、その手を取ると ぎゅっと力を入れる。
(違うと何度も言ってるのに、それでも信じてない。困った人だ)
「ううん。私が悪いの。アルは関係ないわ」
「 ……… 」
" 嘘をついてるね" と、アルが視線を向ける。" 嘘は言っていない" と視線をぶつける。互いに、視線で語り合う姿は
まるで、にらめっこだ。

納得したのかアルが視線を外す。
「分かった……」
そう言うとため息をついて私を抱きしめる。ごめんなさいと、体を使って言ってるようだ。
広い胸にすっぽりと納まると、目を閉じた。悲しい時も、辛い時も、いつもこうしてくれる。押し当てた耳にアル
の力強い心臓の音が聞こえる。
生きている証拠だ。

「喋れなくなるなら、それまで毎日会いに来るかい?」
「でも……」
フィアナはアルの申し出に躊躇った。
もちろん会いたい。だけど、毎日となると面倒だろう。それでなくても、私と結婚したから アルは しなくて良い苦労をしている。
これ以上迷惑かけるのは、流石に申し訳ない。
(歩いたら、どれくらい かかるんだろう?)
「完全に人間になったら、話も出来なくなるんだろう?」
そうだけど、いきなり妖精の力が消えるわけじゃない。だから、連れてきてもらうのはアルの時間ができた時で構わない。
「アル、有難う。でも、大丈夫だから」
首を横に振って断る。すると、コツンとアルが自分の額を私の額に当てる。
「遠慮しなくていい。フィアナのお母さんは、私のお義母さんになるんだから」
私を見つめている瞳には深い優しさが浮かんでいる。
そんな風に言われると甘えたくなる。
どうしよう……。

悩んだが、結局お母さんに会いたい気持ちが強かった。それでも、遠慮がちに切り出す
「……本当にいいの?」
「勿論。私の都合がつかない時は家の者に言っておくから」
「ありがとう」
「それに、たとえ、人間になったとしても、お母さんはお母さんなんだから」
アルの言葉にフィアナはハッとした。そうだ。
たとえ、ラフィアナの木と人間なっても、私が娘であることに変わりない。
会話は出来なくても、私の言葉はお母さんに届く。

悲しんでばかりいないで、自分の出来ることをしよう。それがお母さんへの親孝行だ。
「だから、笑って楽しく過ごせばいいのさ」
「ええ、そうするわ」
沢山お喋りして、残された時間を有意義に使おう。
そうする。と、コクリと頷いてアルに笑顔を向ける。
本当にアルは頼りになる。
アルの言葉が……。いいえ、アルの存在自体が自分を癒してくれる。そのことが不思議だ。
(まるで 魔法みたい)
『理解のある素敵な旦那様ね。私からも、お礼を言っておいて』
私のやり取りを聞いていたお母さんが、またからかってくる。
「お母さんったら」
アルが褒められているのに、自分が褒められたようにこそばゆい。また、恥ずかしいのに嬉しい。熱も無いのに頬が熱くなる。どうしてか、アルが関わると、この気持ちになる。
アルも同じなのかと、チラリと盗み見る。
「どうかした? 顔が赤いけど」
アルが首を傾げて私は見ている。だけで、顔が赤くなっていない。その事がちょっと悔しいから、素直にお母さんが アルの事を褒めていたと言いたくない。
「お母さんが有難うって言っていたわ」
「そうか。ならよかった」
当たり障りの無い言葉で ごまかしたのに、微笑まれて顔が燃えるように熱い。その事が恥ずかしいけど、嫌ではなかった。

*****

教会の十字架に腰かけて、ビビアンはフィアナと お母さんとの二人のやり取りを 聞いていた。
フィアナが泣いた時は、二人の仲を私が裂いたようで 罪の意識に苛まれたが、アル が加わってからは、茶番劇を見せてる気分だ。
(だけど、フィアナが納得してくれてよかった)


完全に二人だけのラブラブな世界。
そんな物は、傍から見て楽しいものではない。どうぞ勝手にやって下さいと言う感じだ。
「アホらしい」
つまらないとその場を立ち去った。

しかし、明らかに私の時とアルフォンの態度が違う。
お見合いと結婚式の時の二回しか会っていないが、私には一度も笑いかけなかった。
思い出せば、思い出すほど、扱いがひどすぎると感じる。途中で逃げ出した私が文句を言うのはお門違いだけど……。ビビアンは木の枝に腰かけると思案にふけった。

お母様は一緒に住むようになれば、時間を取ってくれる。だから、我慢しなさいと 言っていた。
素直に結婚していたら、フィアナにするみたいに私も大事にされたの?
それとも、フィアナだから大事にされているの? 今となっては分からない。
(ああ~、もやもやする~)
この気持ちが何なのか分からない。
後悔? 嫉妬? ピンと来ない。
アルフォンと結婚したいのかと聞かれたら、答えはノーだ。
夢を諦めたくない。
(早く絵筆を持ちたい)
アルフォンに世話をやかれているフィアナが羨ましいのかと聞かれたら、こっちもノーだ。

正直、至れり尽くせりは煩わしい。
自分の面倒くらい自分で見られる。
男に求めるのはエスコート以外何も無い。
( 一人でパーティーに出席すると、みんなにバカにされるから、それを回避するために必要なだけだ)
歯の浮くようなセリフも、プレゼントも、サプライズも要らない。
じゃあ、いったいこの気持ちは何?
自分の気持ちが分からないのが、気持ち悪い。
(ああ~、イライラする~)
座っている葉っぱをブチブチむしってストレス解消していると、ガサリという音に総毛立つ。

何者? 警戒して、すぐに動けるように身構える。すると、何かが飛びかかって来た。
危ない! 葉っぱを投げつけて、相手がそれを払っている間に、枝を蹴ってこられない距離まで逃げる。
間一髪、かわしてホッとする。
(猫だ!)
見ると、私がさっきまで座っていたところに 猫の前脚がある。
全く油断も隙も無い。人間の体のときは、たいしたこと無いけど、こう体が小さくては、じゃれつかれただけで死んでしまいそうだ。一体何が目的で狙われているのか分からないが、今回も私の勝ちだ。
ネコが悔しそうに鳴いている。
(まったく、エサじゃないわよ)
猫の分際で生意気なのよと、睨み付けると 左右の目の色が違う事に気付いた。しかも、赤と黒のオッドアイだ。

*****

朝日と共に起きたフィアナは隣で寝ているアルを見て口角を上げる。
(私の花婿)
よく眠っている。幼く見える寝顔が可愛らしい。まつ毛が長い。そっと指で前髪を撫でる。これからずっと、こうして一緒に朝を迎えるのね……。
アルが目を覚ますのを待ちながら、ぼんやりと出会ったときの事を思い出していた。


こんな事になるとは思っていなかった。ちょっとした思い出で終わると思っていた。少しだけ 人間気分を味わえれば、それだけで良かった。ほんの数日だけで 誰の記憶にも残らないくらいの些細な出来事のはずだった。
それに、自分自身、本当にアルと結婚したかったのかどうか怪しい。
アルの様に 人間の男を夫として迎えようとする覚悟も無かった……。
魔法のドレスに選ばれて テンションが上がっていた私は、雰囲気に流されて結婚を決めてしまった。
大切な事なんだから、慎重にしなくちゃだめだったのに……。

だけど、もう道は一本しかない。
そう分かっているのに、一晩経っても心がざわついて仕方ない。 人間の生活に馴染まなくてはと思うのだが……。
欠片が胸に突き刺さっている。
( ……… )

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