年下だけど年上です

あべ鈴峰

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13歳のクロエ

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クロエはドレッサーに座ると ネイサンが用意してくれた化粧道具を前に、ニマニマする。
母様(かあさま)が、化粧してるのを見て 触ってみたいとずっと思っていた。

ネイサンに出張に同行させたいが 幼すぎるので、 それなりの年齢に見えるように化粧をするようにと命令された。

しかし、旅行か・・。
 ビックス領に居た頃は 病弱だったから、 伯母の家くらいしか行ったことがなかったし、 こっちに来てからは メイドの仕事と稽古で 時間がなかった。
 だから、何としても旅行に行きたい。
お化粧するのは、向こうの世界から来て以来だから 7年ぶり。
 大学に通ってた頃は ほぼ2年毎日化粧してたっけ。
 
おしろい、アイシャドウ、チーク、アイライナーに口紅。
 こっちの世界の化粧品は 粉がメイン。
 スポンジが無いから、指か筆、刷毛を使う。
 クロエは引き出しからナイフを取り出すと、眉墨 の先端を細くしようと削り出す。 やっぱり化粧で人目を引くのは瞳と唇。 手抜きは出来ない。やるからには、全力を尽くさないと。

 手の甲で発色を見ながら 塗って行く。
 最後に余分な口紅を 紙で押さえる。 
どうかな? 従者だから 13、4歳に見えれば問題ないはず。
 出来映えを確かめようと鏡を見ると、そこには少し大人びた私が見詰め返して来る。

 こっちの世界って マスカラとか、ビューラーが無いから 目が パッチリしないのよね。 鏡に向かって目をパチパチする。
 これが限界ね。

***

クロエは執務室のドアを開ける前に 手鏡を取り出して 変なところはないか、 口紅がはみ出ていないかと 念入りにチェックする。
 大丈夫。これならネイサンも条件をクリアしていると言ってくれるはず。
良し!

 しかし、いざ化粧した顔を見せるかと思うと、 ちょっと恥ずかしい。子供のする化粧だと思われたくなくて、あえて ナチュラルメイクにしたから おかしくないと思うけど・・。
 綺麗だと思ってくれると嬉しい。
(でも・・)

ネイサンが どう反応するか気になって中々入れない。 
だからと言って いつまでも待たせられない。
(ええい!)
女は度胸。 そう思ってドアを開けたが、 半分しか 開けれなかった。すんでのところで 躊躇ってしまった。
 しかたなく、その間から顔だけ出して声をかける。
「ネイサン様・・」
私の声に、こっちを見たネイサンが ペンと止めて ポカンとした顔で驚いている。
( おや、おや )
私に 見惚れてる?
ネイサンの 表情を見て安心した途端 もっと驚かせたいと悪戯心が顔を覗かせる。

クロエはドアを大きく開けると モデルのようにウォーキングしてネイサンの前まで行くとターンを決める。すると、ネイサンが 身を乗り出して私は間近で見ようとする。
「クロエなのか?」
「そうですよ」
 調子に乗って髪を払って顔を近づける。 にらめっこするように、お互いの顔を見つめ合う。

「 本当に一人で化粧したのか? すごく上手だ」
マスクでも、してるんじゃないかと疑っているのかネイサンが、私の顔をいろんな角度から見る。
「そうですよ」
よそれは、そうだ。 高校生の頃からしてるんだから上達もする。

 信じられぬとネイサンが、まじまじと見つめる。 そこまで見られると流石に恥ずかしい。
もしかして・・ 変になってるの? 
さっき見たときは完璧だと思ったのに。
アイラインが滲んで狸目になってるの?
(あー、気になるー!)
今すぐチェックしたい。
でも、聞くわけにもいかないし・・。

「 ええと・・」
これ以上 見詰められるのは 耐えられない 。
恥ずかしい通り越して辛い。なんとか、ネイサンの気をそらそうと質問を 捻り出そうとする。
「 そうだ!変化の魔法を使えば、いいじゃないんですか?」 
そうすれば、歳だけでなく体型だって自由自在に変えられる。 しかし、あっさりと却下される。
「 それを維持するには本人の魔力が必要だ」
「なるほど・・」
そう言われた何も言えない。 2、3日ならともかく 今回の旅行は長丁場になると聞く。
 自分の命をつなげるだけで精一杯なのに魔力の無駄遣いはできない。

「 でも、体はどうするんですか?」
「そうだなぁ~」
ネイサンが立ち上がると答えを探すように私の周りをぐるりと回る。
 私くらいの背丈の従者が、いないこともないが、 やはり顔とのバランスを考えると、もう少し背か、胸が欲しい 。
でないと悪目立ちする。 両方がベストだけれど、ダメなら片方だけでも欲しい。
 「 背を高くしよう」
「背ですか?どうやって高くするんです」
胸なら詰め物をするだけで済むけど。背を高くするとなると簡単ではない。

向こうの世界なら シークレットシューズとか、厚底サンダルとかで 背を高く見せることが出来たけど。 どうするつもりなんだろう。
 魔力が必要なら、しょっちゅう補充してもらわないと急に背が縮んじゃう。そうなったら大変だ。
 「特注の靴を作る」
「 踵を高くするんですか?」
「 踵?違う。 15 CM ぐらい高くしたいから 今履いている靴と同じような物だ 。でないと歩きづらいだろう」
 そんなことは無いと言おうとしたが 止めた。
 捻挫でもしたら せっかくの旅行がダメになる。

しかし、器用なものだ。
病気の患者のために色々と発明してるのは知っていたが、 まさか衣装にまで手を広げているとは。 いやはや、作れない物はないんじゃないの?
「靴まで作れるなんて、さすがですね」
 あまりの万能ぶりに感心する。
 それと、ネイサンが苦笑いする。
 「違う。元々ある物に魔法石を はめ込んで作る という意味だ」
「あっ・・ああ、 魔法石ね」
そういうことか。 確かに、一から作ってたら時間がかかる。先走ってしまったと恥じる。
なんでも出来るとばかり。
「 それでは、他にも仕事がありますので、失礼します」
 膝を曲げるとそそくさと逃げ出す。
これ以上墓穴を掘るのは避けたい。

*****

 ネイサンが 作ってくれた靴は、 飾り一つ付いていない 普通の革の黒い靴。これが魔法の靴? 
もちろんガラスの靴を期待していたんじゃない。 12時に元に戻っても困るし。 ただ可愛らしいものを想像してたから・・
見た目だけで言えば 男の子の靴と 変わらない。

 とりあえず、どんなものかと靴に足を入れると、 下から突き上げられるみたいに、ぐんと背が高くなる。
「おお!」
 まるで別世界。15 CM 違うと、これほど景色が違うとは。 改めて自分の体が子供なんだと 実感する。
 3歳児に転生して7年経つけど、 やっぱり大人の体のほうがしっくる。 

恐る恐る歩いてみる。
「おお!!」
 歓喜の声を上げる。重さも感じない。
 単に靴の下に15 CM の 物が、ついてるんじゃない。 まるで、透明な板の上を歩いてるみたいだ。 片足立ちしてみたり、その場で一回転してみる。 抜群の安定感。
 すごい!凄すぎる。
 改めてネイサンを尊敬する。 こんなに良い物なら 旅行だけで終わらせるのはもったいない。
 使い続けたいと言ってみようかな?
 活躍したら許してくれるかも。
 そうしたら台に乗らなくてうむ。でも、抱っこはして欲しいな。

***出張旅行***

ネイサンと一緒に馬車に乗り込むと 身を乗り出して、見送りに来てくれた人たちに手を振る。
「 行ってきまーす」
ジェームズさんが一礼した後私に手を振り返す。

ジェームズさんに見送られるなんて、変な気分だ。この3年間、ずっと、お供は御者を兼ねてジェームズさんだったから、 私はずっとお留守番で羨ましいと思っていた。
でも、今回のお供は私だ。

 さあ、楽しい旅行の時間だ!

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