だから王子は静かに暮らしたい。

天(ソラ)

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第2章 アナタに捧ぐ鎮魂歌

15 終わる悪夢の先に ①

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 濡れた目尻を誰かが愛おしむように撫でる。くすぐったさに閉じた目蓋が僅かに震え、ゆっくり開けた視界に最初に入り込んだのは赤い髪と黒曜の瞳。

「……アル!良かった…!」

 端正な顔を情けなく歪め僕を掻き抱き肩に顔を埋める魔王様。
 貴方、魔族の頂点に立つ王様でしょうが。そんな泣きそうな顔して、他の人に見られたら威厳が台無しですよ。僕は内心苦く笑った。

 青年が現状について最後に語ったのは、一人施設の高山に続く山道に入ってしまい、植物系の物理的に囚われかけた僕をギルフィスが助けに来たということだった。

 両膝をつき正面からしっかり抱き締められているため、身動きが出来ずとりあえず視線だけ動かして、まずは辺りの状況を確認してみる。
 周囲は枯れ果てた木々が乱立する林の中。木の高さや密集具合から考えると、標高はさほど高くはない。大型テントがまるっと収まるくらいのぽっかり空いた場所に、施設の建物に絡みついてたのと同様の木の根が、方々で無惨に千切れ青い炎に包まれ燃え上がっている。

 あれはただの炎じゃない、浄化の炎だ。
 
 負の情念のみを燃やし尽くす、地上で唯一、魔王のみが扱える冥府の炎。
 他の木々に飛び火せず、森林火災の心配がない便利な炎だよね、とのんきに考えていた僕を顔を上げたギルフィスが心配そうに覗き込む。

「傷は治したが、まだどこか痛むか?」

 目が覚めたのに僕が無言で大人しなすがままになっているのを、どうやら不調のせいだと思っているらしい。

『もう一度話し合ってほしい』

 唐突に、青年の寂しげに揺れる瞳が脳裏に甦る。

 目の前の魔王様は無理矢理僕を襲った時の激情はかけらも見受けられず、本気で自分を心配してくれているのが充分伝わってくる。後は僕の気持ち次第だろう。
 が、腹立たしいものはどう言っても腹立たしいわけで。

 どすっ。

「いっ!?」

 ぐりぐりぐりぐりぐりぐり。
「え、まっ、ぃいたたたたーー!!」

 手刀からの両手をグーにして、中指の第二関節での左右こめかみぐりぐり攻撃。
 何も言わずに繰り出された突然の奇襲に、痛み悶える魔王様の姿を目にし、僕は内心ほくそ笑む。

 ふははは。地味に痛かろう、苦しむがいい。

 思う存分ぐりぐりしまくり、自分を抱く腕の力が緩んだので、僕はそこから抜け出し立ち上がった。下を見ればギルフィスが両手でこめかみを押さえ地面にしゃがんで震えている。しかも涙目というオプション付き。
 普段見上げる側だからね。うん。ちょっとだけ溜飲が下がった。さて、次のフェーズに移りましょうか。

 枯れた木のひとつに近寄り、乾いた幹の表面に触れてみる。詳しく調べなければはっきりとした原因は言えないが、恐らく想像通りだろう。

 まさかここに来て、本来の目的と繋がっていようとは…。ただならぬ縁に胸中複雑な思いがこみ上げる。

 登山の正規ルートではないが、街を離れる前に入山の許可を貰っておいて本当に良かった。おかげで待たせることなく願いを叶えられる。
 道らしき道はないが、枯れ木を辿り上を目指せば目的の場所に行けるはずだ。 そう山頂の方角を仰ぎ見て、それから、すでに立ち上がっていたギルフィスへ振り返った。

 その瞬間、ふいっと視線が逸らされた。確実に態とだと分かるそれに、思わず口角がひくりと引きつる。
 おいっ。そんなにこめかみぐりぐりが癪に障ったか。けど僕がされたことを考えれば随分可愛いものだと思うぞ。

 腕を組みじーっと睨みつけること数十秒。視線に耐えきれなくなったギルフィスが、恐る恐るといった程で口を開いた。

「………怒っているよな」

 小さく呟き目を伏せる。
 
 何に対してと聞くほど僕も鈍くはない。無事な僕を目にして忘れていた罪悪感を思い出したのだろう。
 悪いと思って引きずっているだけましか。ほとぼりが冷めるまで距離をとって何もなかったように接しられたり、開き直られるよりはずっといい。

 胸に溜め込んでいた諸々の感情を吐き出す代わりに、深く息を吐き出した。

「…国での厄介ごとは治ったんですか?」

「……え?ああ」

 ようやく発した僕の言葉が予想外だったらしく、ギルフィスはこちらを凝視したまま、気の抜けた返事を返す。

「そうですか。…ギルフィスさんは僕が怒っていると思っているんですよね?なら、言わなくちゃならないことがあるんじゃないですか?」

「言わなくちゃならないこと…」

 僕の促す言葉をギルフィスが口の中で転がし、真剣に考える。

 これ以上は本人が気づかなくては意味がないため、後は黙って当人の出方を待つ。
 悪いと思ったらまずは言わなくてはならない、簡単だけど大事な言葉。言ってさせるのと自分で気づいてするのとでは、気持ちの入れ方が断然違うと思うからね。

「…アルヴィン」
 
 熟考の末、ギルフィスは真っ直ぐに僕を見つめ名を呼んだ。

「はい」

「俺の身勝手で君を傷つけ泣かせてすまなかった。ごめん」

 そう言って、ギルフィスは頭を下げた。

 一国の王、しかも魔王様に頭を下げさせるなんて、本来あってはならないことだと思うけど、今目の前にいるのは、僕をただのアルヴィンとして扱うただのギルフィスだ。

 僕はにんまり口角を上げる。話し合いの前に謝罪は重要ですよね。

「どこで変なスイッチが入ったか知りませんが、二度とあんなことしないで下さいね。次やったら本気で勇者やめますからね」

「変なスイッチって…」

 びしっと言い切ってやったのに、何故か許してもらう側のギルフィスに残念なものを見る目を向けられてしまう。
 やだなぁ、話し合うより先に殴りたくなるじゃないですか。あ、そうだ。殴る前に僕も言っておかなくては。

「ギルフィスさん」

「なんだい?」

 不思議そうにこちらを見るギルフィスに、僕は柔らかい微笑を浮かべる。

「お帰りなさい」

 言った途端、魔王様が手で顔を覆って明後日の方向に顔を背けやがりました。反則だとか態とか?なんて、小声でもしっかり聞こえてますよ。意味は分かりませんが多分悪口ですよね、それ。やはり先に殴るしかないようですね。
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