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しおりを挟む帰ると口では言ったものの、早く1人になりたくて。
校舎の西側、喧噪から忘れ去られた一角。数か月ぶりに訪れた図書室はあの日と変わらず、ひっそりと静まり返っていた。夏の太陽は夕方というにはまだ傾きが足らず、空調が効いた室内の向こう側、窓の外は眩しい光が照り付けている。
学校の近くに設備の整った大きな図書館があるのと、先日期末試験が終わったばかりのため、予想通り図書室には誰もいない。1人になるには丁度いい場所だ。
蒼司との約束事の一つとしてここを訪れないよう言われているが、今日だけは許してほしい。
タケルは先輩へ一方的に断りの連絡を送り手にしていたスマホを切ると、大きく息を吐いた。
ささくれ立った心に誰もいない静けさが心地いい。あらぬ方向へ走り出しそうだった感情が、古い本の持つ独特の匂いに徐々に落ち着きを取り戻していく。
ついでにせっかくだから本でも読むかと、電源を落としたスマホをカバンにしまい、色あせた背表紙が並ぶ本棚を巡る。そして、中程まで来て以前読んだことのある推理小説を見つけ手に取った。シリーズものの短編集で、後半の話を読んでいなかったはずだ。
しばらく無心でページをめくっていると不意に扉の向こうに人の気配がした。気が付けばここに来た時よりも陽がだいぶ傾き、室内は陰りを見せている。
タケルは慌てて本棚の陰に隠れようとしてー、
「ーっ?!!」
目測を誤って、勢い余って本棚に額をぶつかって声なき声を上げる。ぶつかった拍子に何冊か床に落ちたが、拾う余裕なく、扉が開く直前に何とか本棚の奥に身を滑り込ませた。
しかし、てっきり先輩が自分を探しに来たのかと思ったら、扉を開けて室内に入ってきたのは予想外の人物だった。
「……誰かいるの?」
本と本の隙間から見えたのは見間違えようのない、ピンク色の髪。タケルは驚きに目を見開く。
常に誰かと一緒にいるイメージがあったため、放課後のこんな人気のない場所に単独でやって来るなんて。ちょっと意外だ。
「ねぇ、本当にいないの?」
彼女は余程物音が気になったようで、あたりをキョロキョロと熱心に見回しはじめた。彼女の動きに合わせ移動しているタケルはいつ自分が見つかるか、内心ひやひやものだ。
「…本当にいないの?いつになったら会えるの?こんなに頑張っているのに、まだ足りないの…?」
何やらぶつぶつ呟ながら迫り来る姿は必死というより切羽詰まった様子で、絶対見つかりたくない。
不毛な追いかけっこにどうにか逃げ出せないか考え始めた矢先、再度扉が開き第三の訪問者が現れた。
「こんな所にいたのか」
聞き間違えようのない、その優しい声音に思わず身体が強張る。
「うろちょろせずに待ってろって、言っただろ」
「真中先輩。ごめんなさい。わざわざ探しにきてくれたんですか?」
「一緒に帰るって約束しただろ」
どうして、言いかけた言葉を咄嗟に飲み込むんだ。憤りたい気持ちはあったが、今ここで吐き出すべきではない。
「えへへ。ありがとうございます。帰りにちょっと寄り道してもいいですか?私先輩におススメしたい場所があるんです」
今までの様子が嘘のように弾んだ少女の声に、行くぞと促す声がして、図書室から2人分の足音が遠ざかっていく。
タケルは2人の気配が完全に消えるまで、しばしその場に立ちつしていた。
「…やらなきゃいけないことって、あの子と一緒に帰ることかよ」
再び静寂が訪れた室内でタケルは、ようやっと震える唇で独り言ちる。
「そりゃ、友達よりも好きな子をとるのは当然だよな。でも、それならそう言ってくれれば良かったのに」
言ったら子供みたいにごねるとでも思ったのだろうか。そんなことするわけない、自分は蒼司の友達なんだから。
窓辺に立ちタケルは帰宅する生徒の群れを眺め、蒼司に出会った日のことを思い出す。
あの日の失恋は告白できず涙が出るほど悔しかった。けれど、蒼司が自分の情けない話を笑わずに聞いてくれた。守ると言ってずっと一緒にいてくれた。そのおかげで自分でも驚く程早く吹っ切ることができた。
自分は弱いから慣れてしまった優しさを自ら手放せない。だから友達の今のままの関係でいいんだ。
もしこの想いを蒼司に知られ、突き放されてしまったら…。
微笑む唇が嫌悪に歪み自分を拒絶する蒼司の姿を想像して、タケルは痛む心を掻き抱くように両腕で自身の身体を抱きしめた。
ぽたりと水滴が落ちた。今ここにハンカチを差し出してくれる誰かはいない。
それでいいと、タケルは思った。こんな情けない涙は誰にも見せられない。ここで散々泣いておけば、きっと、もっと作り笑いが上手くなって、いつか痛みを忘れられるだろう。そして、自分じゃない誰かに優しく笑う蒼司の側にずっといられるはずだ。
どこから履き違えてしまったのか、出会いから思い出しても全く分からない。煩わしい感情に振り回されるなんてごめんだと思っていたのに…。
「…っ、バカだなぁ、自分…」
ぽたりぽたり落ちていく滴と共に、静寂に満ちた室内に嗚咽混じりの声が微かに混じる。
気づきたくなかった気づかなきゃよかった。自分が蒼司に友達以上の感情を持っている、なんて。
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