自称モブ男子は恋を諦めたい。

天(ソラ)

文字の大きさ
4 / 17

4

しおりを挟む



 帰ると口では言ったものの、早く1人になりたくて。

 校舎の西側、喧噪から忘れ去られた一角。数か月ぶりに訪れた図書室はあの日と変わらず、ひっそりと静まり返っていた。夏の太陽は夕方というにはまだ傾きが足らず、空調が効いた室内の向こう側、窓の外は眩しい光が照り付けている。
 学校の近くに設備の整った大きな図書館があるのと、先日期末試験が終わったばかりのため、予想通り図書室には誰もいない。1人になるには丁度いい場所だ。
 蒼司との約束事の一つとしてここを訪れないよう言われているが、今日だけは許してほしい。

 タケルは先輩へ一方的に断りの連絡を送り手にしていたスマホを切ると、大きく息を吐いた。
 ささくれ立った心に誰もいない静けさが心地いい。あらぬ方向へ走り出しそうだった感情が、古い本の持つ独特の匂いに徐々に落ち着きを取り戻していく。

 ついでにせっかくだから本でも読むかと、電源を落としたスマホをカバンにしまい、色あせた背表紙が並ぶ本棚を巡る。そして、中程まで来て以前読んだことのある推理小説を見つけ手に取った。シリーズものの短編集で、後半の話を読んでいなかったはずだ。

 しばらく無心でページをめくっていると不意に扉の向こうに人の気配がした。気が付けばここに来た時よりも陽がだいぶ傾き、室内は陰りを見せている。

 タケルは慌てて本棚の陰に隠れようとしてー、

「ーっ?!!」

 目測を誤って、勢い余って本棚に額をぶつかって声なき声を上げる。ぶつかった拍子に何冊か床に落ちたが、拾う余裕なく、扉が開く直前に何とか本棚の奥に身を滑り込ませた。
 しかし、てっきり先輩が自分を探しに来たのかと思ったら、扉を開けて室内に入ってきたのは予想外の人物だった。

「……誰かいるの?」

 本と本の隙間から見えたのは見間違えようのない、ピンク色の髪。タケルは驚きに目を見開く。
 常に誰かと一緒にいるイメージがあったため、放課後のこんな人気のない場所に単独でやって来るなんて。ちょっと意外だ。

「ねぇ、本当にいないの?」

 彼女は余程物音が気になったようで、あたりをキョロキョロと熱心に見回しはじめた。彼女の動きに合わせ移動しているタケルはいつ自分が見つかるか、内心ひやひやものだ。

「…本当にいないの?いつになったら会えるの?こんなに頑張っているのに、まだ足りないの…?」

 何やらぶつぶつ呟ながら迫り来る姿は必死というより切羽詰まった様子で、絶対見つかりたくない。
 不毛な追いかけっこにどうにか逃げ出せないか考え始めた矢先、再度扉が開き第三の訪問者が現れた。

「こんな所にいたのか」

 聞き間違えようのない、その優しい声音に思わず身体が強張る。

「うろちょろせずに待ってろって、言っただろ」

「真中先輩。ごめんなさい。わざわざ探しにきてくれたんですか?」

「一緒に帰るって約束しただろ」

 どうして、言いかけた言葉を咄嗟に飲み込むんだ。憤りたい気持ちはあったが、今ここで吐き出すべきではない。

「えへへ。ありがとうございます。帰りにちょっと寄り道してもいいですか?私先輩におススメしたい場所があるんです」

 今までの様子が嘘のように弾んだ少女の声に、行くぞと促す声がして、図書室から2人分の足音が遠ざかっていく。 

 タケルは2人の気配が完全に消えるまで、しばしその場に立ちつしていた。



 「…やらなきゃいけないことって、あの子と一緒に帰ることかよ」

 再び静寂が訪れた室内でタケルは、ようやっと震える唇で独り言ちる。

「そりゃ、友達よりも好きな子をとるのは当然だよな。でも、それならそう言ってくれれば良かったのに」

 言ったら子供みたいにごねるとでも思ったのだろうか。そんなことするわけない、自分は蒼司の友達なんだから。

 窓辺に立ちタケルは帰宅する生徒の群れを眺め、蒼司に出会った日のことを思い出す。
 あの日の失恋は告白できず涙が出るほど悔しかった。けれど、蒼司が自分の情けない話を笑わずに聞いてくれた。守ると言ってずっと一緒にいてくれた。そのおかげで自分でも驚く程早く吹っ切ることができた。
 自分は弱いから慣れてしまった優しさを自ら手放せない。だから友達の今のままの関係でいいんだ。
 もしこの想いを蒼司に知られ、突き放されてしまったら…。

 微笑む唇が嫌悪に歪み自分を拒絶する蒼司の姿を想像して、タケルは痛む心を掻き抱くように両腕で自身の身体を抱きしめた。

 ぽたりと水滴が落ちた。今ここにハンカチを差し出してくれる誰かはいない。
 それでいいと、タケルは思った。こんな情けない涙は誰にも見せられない。ここで散々泣いておけば、きっと、もっと作り笑いが上手くなって、いつか痛みを忘れられるだろう。そして、自分じゃない誰かに優しく笑う蒼司の側にずっといられるはずだ。

 どこから履き違えてしまったのか、出会いから思い出しても全く分からない。煩わしい感情に振り回されるなんてごめんだと思っていたのに…。

「…っ、バカだなぁ、自分…」

 ぽたりぽたり落ちていく滴と共に、静寂に満ちた室内に嗚咽混じりの声が微かに混じる。

 気づきたくなかった気づかなきゃよかった。自分が蒼司に友達以上の感情を持っている、なんて。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

処理中です...