ガンズ・アンド・シッスル

前原博士

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チャプター1 リボルバー・ガン・エチケット #2 

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 少女は高い位置に付けられた羽型の扉を精一杯背伸びして押し開けた。
 ギイギイと扉の軋む音に酒場の客たちは一斉に剣呑な視線を向ける。

 ・・・・・・?男たちの視線の先には誰も居ない。
 やや視線を下へ下げると、そこにはカウボーイ姿の少女の姿。
 さしもの荒くれ者たちも訝しむように少女を見る。

 そんな連中を尻目に、彼女は真っ直ぐにカウンターに向かい、つま先立ちでテーブルを叩く。
「ねぇ」
 カウンターの向こうで、こちらを無視してグラスを拭いていた主人に少女が声をかける。
 男たちに緊張が走る。固唾を呑んで少女の次の言葉を待った。

「ミルクを頂戴」
 主人は安堵して小さく頷いた。荒くれ者たちも胸をなでおろして安堵した。
 ああよかった、そらそうだよな、子供なんだからミルクだよな。納得して再び荒くれだした。

 少女は注がれたミルクを、礼も言わずに一気に飲み干し、口元を拭う。それを見ていた傍らの男があやすような口調で話しかけてきた。

「なぁお嬢ちゃん、どこから何をしにここに来たか知らないがさっさと帰ったほうがいいぜ
 それとも、この中にパパがいるのか?」
「バレットトゥース・ジョニー」
 少女の口から出た言葉に男は目を見開き驚愕に震えた。

「え、おいマジで?旦那の……子供?」
「勘違いしないで、私が用があるのよ バレットトゥースとかいうコソ泥に」
 少女は腰を上げ、ホルスターに収められた拳銃を示した。
 なんならばこの力でもって、お前の命を奪って思い知らせるぞという単刀直入なアピールだ。

 男は笑い出した。そりゃぁそうだ、どこの世界の男がローティーンの女の子にすごまれてびびるというのか。

 男は手にしていたバーボンを一口煽り、真剣な顔で諭すように言った。
「背伸びしたい気持ちはわかる だけどそいつが玩具じゃねぇんなら俺が預かる
 そしたらバレットトゥースの旦那への用件とやらを話せ」

 男は慈愛に満ちた表情で少女に向けて手を差し出した。
 愚かな者への救済のように。少女もそれに答え、ホルスターから引き抜いた拳銃を、グリップ側を向けて男に差し出した。

 男はうんうんと頷いて前かがみになってその銃を受け取ろうとした。
 しかし、しかし男の手は空を掴み、少女は巧みに手の中で銃をひっくり返す。
 いつの間にか男の眉間に銃口が向けられていた。

 BLAME!
 銃声が響き、男の眉間に小さな穴が穿たれた。男は力なく視線をくゆらせ、そして床に倒れ伏す。
 一瞬の静寂。次の瞬間、酒場中のありとあらゆる武器が一つの点に狙いを付けた。
 リボルバー、ロングライフル、ショットガン、ナイフ、フォーク、ガトリング砲、ブラスターガン、ロケットランチャー。

 後先の事など考えたこともない30人の荒くれ者が、たった一人の少女を原子レベルまで粉々にしようとしていた。

「じゃぁ踊ろっか」
 BLAME!BLAME!BLAME!ZAP!ZAP!ZAP!KABOOM!!!
 少女の声を合図に一斉に放たれた弾丸があらゆるものをなぎ倒していく。
 バーカウンターに積まれたグラスや酒瓶が粉々に吹き飛び、トカゲ肉のケバブサンドが飛び散る。少女は帽子を片手で押さえながら弾丸の津波に向かって銃撃しつつ、酒場カウンターの内側へひらりと飛び込んだ。

 暴風のような銃撃は当然、カウンターを次々と吹き飛ばしていくが、少女は冷静に、砕けたガラスの反射越しに次の獲物を睨んでいた。

 反動で銃を取り落とした男。BLAME!
 ライフルに弾を込めなおしている男 BLAME!
 撃たれた奴を笑う男。BLAME!
 右腕をガトリングガン付きのサイバネティクスアームに変えた男。BLAME!BLAME!

 弾が切れると即座に脇のポケットからスピードローダーを取り出す。
 これは一瞬でリボルバーの弾の装填が終わる世紀の発明品で、一発一発弾を込めなおす必要がなくなる優れものである。

 コートのしたからズラリと手榴弾を並べた男が、ニヤついた顔で爆弾の安全ピンを外し、トロフィーのごとく掲げ上げた。

「ひゃひゃひゃひゃひゃっ!! ぶっ飛びだっぜぇ!!!!」
 BLAME!その腕が吹き飛び爆弾は男の足元に転がった。
「うあああ! お星さまになっちまう!!」KABOOOOOM!
 男が全身に着けていた16個の手榴弾が誘爆し周囲の荒くれ者たちをなぎ払った。

 少女がカウンターの上に飛び乗る。今こそ絶好の稼ぎ時だ。
 銃痕まみれのカウンターで挑発的にステップを踏み、大きく息を吸い込んだ。

「Now ♪私が撃たれたなら白いストレートパンツを履かせて埋めてよ ジャケットにもちろんピストルも入れて♪ 
 Ah ♪金貨を一枚唇に乗せて 後は弾丸を沢山つめておくれ そしたら私が相変わらずだったって死んだパパにもわかるから♪」

 BLAME!BLAME! 少女は腕を広げて歌いだす。
 もはや酒場の荒くれ者達は頭を上げることも出来ず椅子の影に隠れて弱弱しく震えるばかりだ。

「♪棺の担ぎ手は六人、黒い喪服なんか要らないわ
 可愛い女の子と、イカしたサウンドを頭の上で聞かせて そしたら皆で笑って歌えるはず♪」

 BLAME!BLAME! まだ息のある男の頭を狙い、腰の後ろに手を回した曲撃ちを決める。
 肩まで伸びた金色の髪が波のように揺れた。

「ああみなの衆、ご清聴ありがとう さぁもっと酔っ払いなよ もしもアンコールがあるなら Bastard Balladsをリクエストして」
 フレンチカンカンのように膝を上げ、足を叩いてブーツの拍車をベル代わりに鳴らす。
 BLAME!BLAME! 
 逃げようとした男の頭を自分の肩越しに撃ち抜いた。

 酒場は静かになった。この中で生きているのはたったの二人だ。
 愛想の悪い店の主人も吹き飛んだ。しばらくはトカゲは餌に困らないことだろう。

「さ、それじゃぁ泥棒さん、私の銃を返してもらおっか?」
 酒場の隅で椅子に座ったまま、黒衣の男はあっけに取られていた。
 しかし少女の声で我に返るとゆっくりと立ち上がる。

「肝の据わったガキだぜ褒めてやるよ 銃ってのは何のことだ」
「三ヶ月前にあんた達が襲ったコンテナの中に私の銃があったはず グリップに石がはめ込まれてるやつよ」
「ああ、こいつの事か?」
 男は黒いジャケットを広げ、脇から下げた拳銃を示す。

「こうしようじゃねぇか 俺と決闘をしよう 弾は一発こっきりだ」
 そう言って男は口の中に手を入れ、弾型に変形した歯を抜き取り見せ付けるように掲げた。

「うえー 良い趣味してるね…… OKいいよ」
 まるで友達同士で遊びに行く約束でもするかのように、軽く言うとカウンターから飛び降り、リボルバーの弾倉を開け一発の弾丸を込めると銃をホルスターに閉まった。

 二人が向き合い、にらみ合う。沈黙の時間が流れる。
 荒くれ者達はみな物言わぬ死体となっている。二人は互いの次の一瞬の動きを読みあっている。

 外では新たに現れた一メートルほどの巨大なトカゲが、その頭部に1ダースも並んだ不気味な目をSALOONに向け、吹き抜ける風が団子状に絡まったケーブルを運んでいた。

 やがて一発の銃声が沈黙を破る。一瞬早くバレットトゥースが銃に触れたが先に撃ったのは少女だ。
 後に銃を抜き、先に倒す。ガンマンの目指すもっともクールな決闘の勝利だ。しかし。

「ハハハハハ!恐ろしいガキだぜ、だが残念だったなぁ!」
 少女の放った弾丸は確実に男の眉間を捕らえていたはずだ。
 もちろん眉間に防弾チョッキも鍋の蓋も形見の聖書だって忍ばせられない。

 ではなぜ?男をよく見るとその輪郭がわずかに青く光っている。
「高級品のバリアーだ もちろんこれも盗んだものだぜ!」

 男が纏っていたのはバリア発生装置によって作られた障壁だ。
 これは普通に触れるような弱い力には反応しないが、強いエネルギーの侵入は許さない。
 握手は出来ても殴りつける事はできないという事だ。

「それじゃぁ死にな 俺の歯を頭蓋骨にめりこませてな」

 男の銃が火を噴く。弾は無常にも少女の頭を撃ち抜いた。
 かに思えた…… 少女は身じろきすらせず不敵な笑みを浮かべたまま立っていた。
 弾は皮一枚の距離で爆ぜ飛び、少女の輪郭が青く揺らぐ。
「高級品のバリアーだ もちろんこれはちゃんと賞金で買ったやつ」

 少女はバレットトゥースの口真似をして勝ち誇った。
 そして二人は同時に動き銃弾を再装填する。だが少女が早い!

 BLABLABLABLABLAME!少女は引き金を絞ったまま左手を、ニンジャが手裏剣を飛ばすかのような動きで連続で撃鉄を引き起こし続ける。
 まるで機関銃のごとく一瞬にして六発の弾丸が発射された。

 どんなに強力なバリア装置でも無敵ではない。
 許容量を超えるエネルギーを与えられると斥力は崩壊し粉々に砕けてしまうのだ。
 バレットトゥースは低いうめき声と共に後ろへ弾き飛ばされた。

 一歩一歩ゆっくりと歩み寄る少女の軽い足音。バレットトゥースにとっては死神のノック音に聞こえたことだろう。

 男にとどめを刺す銃弾を用意するため少女は落ち着いた様子で脇のポケットへ手を入れた。

「ピー!!コチラはPrélat弾体転送サービスでス
 お客様は当月ノ弾体使用量が25000発を超えタためサービスを停止イたしマした
 引き続きご利用いタだくにはアップグレードが必要デす」
 間の抜けた女性タイプの電子音声が響いた。要約すると弾切れである。

 パケ死ならぬバレ死だ。手のやり場を失った少女はそのまま後頭部をかきむしる。
 そして音声に飛び起きたバレットトゥースと目が合った。こいつはヤバイぜ。

 少女は床に散らばった武器を探すが先ほどの手榴弾の爆発であらかた吹き飛び、ひん曲がったフォーク程度しか落ちていない。
 当然このチャンスを脱がすバレットトゥースではなかった。

 少女の細い首根をつかみ上げ、そのまま自分の視線の位置まで持ち上げた。
「フアハハハハ!メスガキが!このまま首をねじ切ってバスケットボールにしてやるぜ!」

 男の手から逃れようと必死にもがき、拾ったフォークを腕に突き立てるも男は意にも介さなかった。
 たとえどれほど鍛えていようと10歳の少女が大男に膂力でかなうはずもない。
 無様に手足をバタつかせるのが関の山だ。

 首の血管と気管がしまり酸素を失った脳が徐々に機能を低下させていく。
 少女は赤く染まる視界の中で必死に逆転策を探った。
「そうら!もうお終いかぁ!?さっさと死ねっ!」

 完全に勝利を確信した男は少女を自らの眼前に引き寄せた。
 少女は震える手で男の脇のホルスターから銃を引き抜く。

「バカが、そいつも弾切れだ」
 それでも必死に銃を握り締め、撃鉄を起こし、男の顎下に突きつける。
「だからそいつは…… て、てめぇ!」

 少女の手に握られたリボルバー銃の銃口にはフォークが突き刺さっていた。
 肉食動物のものと同じく、肉を突き刺すための歯が男の顎下を狙っている。
 指がトリガーを求めて震えている。あと数ミリ、数ミリ引き金を絞るだけだ。
 だが燃料供給を絶たれた脳はほぼその活動を停止しようとしていた。
 少女の視界に暗い緞帳が下りていく……
「オイオイオイ、どうしタんだヨ!頑張レよ!」

 BLAME! 声が聞こえた瞬間、銃からフォークが高速で射出された。
 バレットトゥースの頭が吹き飛び、空中で6度回転する。
 大きく開いた口の中には弾型の乱杭歯が覗く。そしてそのまま酒場の片隅のバスケットゴールを通り抜けた。
「シューーーートッ!!!コングラッチレイション!!」
 ゴ-ルから電子音声が鳴った。


「あーもー最悪、マジ疲れた」
 少女は散乱した荒くれ者どもの銃器を取っては手馴れた手つきでカートリッジをはずし、中から小さなカプセルを取り出す。
 その中には赤く光る砂粒のようなものが入っていた。

「当たり前だけどあんま良いものないなー 次の馬車はいつ来るの?」
「えエと、あと3時間後ダ」
 男性を模した電子音声が少女の問いに答える。
「あーもー、食べ物も全部吹き飛んでるじゃんかー! トカゲでも食ってろっていうわけ?」
「派手に暴レたノは自分だロ いやーシかし良ク俺を探し当てたナ あのバレットトゥースとか言ウ奴はマジでウざかったゼ」

 今はホルスターに収められた銃のグリップが電子音声にあわせて明滅している。
「三ヶ月も待たせてごめんよーグリップ君 あいつらちょこちょこ逃げていくからさー」
 どうやら少女の話し相手は先ほどバレットトゥースから奪い返した拳銃のようだ。
 三ヶ月前、輸送中にコンテナを盗賊に盗まれ、紆余曲折の果てにこの大騒ぎとなったというのが事の顛末だ。
 教訓、強いガンマンの銃は盗むな。

「ま、おかげで賞金も貰えることだしさっさと貰って美味しいもの食べて、こんなしけた星からはさっさと出よ!」
「ソウだなぁ おっと調度ヨく依頼のメールが来てルぜ bellows-23のマルティニ社から緊急ノ捜索依頼ダ」
「えー12時間以内に受領のことー!? ステーキ食べてる暇ないじゃーん!」
 むくれた少女の声が荒野に響いた。



 どこかの世界の 宇宙のどこか

 空に瞬く光を追いかけ人々は星を渡り歩いた

 荒れ果てた宇宙の荒野を、銃を手に切り開き続けた人々は

 いつしか暴力に支配されるようになった

 彼等の手に常に握り締められるのは 銃と赤く輝く石だった

 これは銃が銀河を支配した世界の物語


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