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パンジーの花

43.ダリア

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 気だるさに任せてそのまま寝て、目が覚めた朝。
「…ありえない」
 その一言に尽きる。
 主税で抜くなんて。どうかしてる。どうした俺。
 酔ってたんだ、きっとそうだ。あと多分欲求不満で頭がおかしくなってる。
 布団の中で悶えながら沸騰したみたいな頭で何とかモーニングルーティーンをこなした。
 でも多分全然頭に入ってない。
 通知を全部消し終えてメニュー画面に戻ると、ダウンロードしっぱなしで、最近まったく使ってなかったアプリが目に入る。
 それを見て俺は天啓を得た。
 マッチングだ。とにかくマッチングだ。


 昼時を過ぎた駅前。俺は例の銅像の前で待ち合わせをしていた。
 主税と初めて待ち合わせした時のことがチラつく。あの頃の主税は可愛かった。今思えば最初から俺はアイツに興味深々だったんだよな。
 最初から、って、今はどうなんだ。
 今は…。
 いや、違うだろ。今日はそういうんじゃない。
「カケルくん?」
 自分で自分を叱責していると、声を掛けられた。
 普段呼ばれない名前だから一瞬反応が遅れて、顔を上げた先には、熊が居た。アピールするみたいにスマホを左右に振っている。
「アラシさん?」
 それだけでお互い通じ合って、ニコリと微笑み合った。
 熊は一瞬いやらしい目で俺を見て、すぐにまた笑顔に戻る。いっちょ前に値踏みしてんじゃねぇよ。お眼鏡に叶ったようでなによりだ。
「どうする?ちょっと話でもする?」
 熊が駅前の喫茶店を指さしながら言う。え、いらない。思わず顔をしかめてしまった。
 別に見合いじゃないんだ。そんなこと必要ない。
 ヤるだけヤって、はいさようなら。お前なんか使い捨てだよ。
「いや、すぐいこ」
 そう言ってとっとと歩き出す俺に追い付いて、横に着いた熊はさりげなく腰を撫でた。
 そういうボディタッチは嫌いだ。大体公衆の面前だし。頭おかしいのか。
 お前はゲイまるだしだからいいかもしれないけど、勘弁してくれ。
 横目で睨みつけると熊はニヤリと笑って前に向き直った。
 この手のタイプかぁ。期待できない、というか、不安しかない。
 早まったかな、と思いながら商店街を歩く。この商店街を抜けてテーラーの反対に一本入ればホテル街だ。
 主税と行った洋食屋。今度はパスタを食べようと思いながらその前を通りすぎようかというとき、見覚えのある長い前髪が出てきた。
「あ」
 目が合った。
「かお、」
 ぱっと花の咲いたような笑顔を俺に向けた主税の視線が、そのまま俺の隣の男に移動した。
 その瞬間、主税は少し驚いたような顔をして、それから一切の色が抜けたような表情でもう一度俺を見る。その顔がみるみる白くなっていく。
「ご、ごめん。友達も、いたんだね」
 初めて遊んだ時のような、きょどきょどとした態度で目線をうろつかせたかと思うと、主税はニコリとぎこちない笑顔を浮かべてスッと俺の横を通りすぎて行った。
 胸がざわめいた。
 なんだ、あの態度は。
「ん?知り合い?」
 熊の声が煩い。今すぐ追いかけたい。追いかけて、違うんだって言い訳させて欲しい。
 いや、何が違うんだ。見た通りだろ。
 大体、何で俺が主税に言い訳しないといけないんだ。
「いいよ。行こ」
 動揺したのは、あの顔のせいだ。
 まるで浮気に鉢合わせてしまったみたいな、あんな顔されたせいだ。
 俺と主税はそういうんじゃない。
 そういうんじゃないのに俺が勝手に発情したからこういうことになってるわけで、主税自身は全く関係ない。悪くない。
 それなのに、あんな顔されたら。
 罪悪感で胸がいっぱいになって、今すぐ帰りたくなった。
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