56 / 77
ピンクのカスミソウの花
56.夢がかなう
しおりを挟む
会場に入って、中を見渡して、すぐ薫くんを見つけた。相変わらず彼は人混みの中で一際光を纏って見える。
僕はもうそれだけで満足で、今すぐ帰りたくなった。
薫くんだって困るだろう。こんな所でちょっと因縁のある相手と会うなんて。
でも今後の仕事としてもそれは許されないから、できるだけ視界に入らないように用意された席に着いた。
同じ卓の人達と名刺を交換して、今回の仕事について談笑する。
卓にはT社さんのイメージカラーを意識したんであろう、青いバラのアレンジメントが置いてあった。
期待はしてた。ひょっとして、って、思ってた。
でもいざそれが実現されると、どうしたらいいのかわからなくなった。
混乱している内にあっという間に歓談の時間になって、今回ご縁のあった開発の人達に取り囲まれてしまった。
「お世話になります」という枕詞をつけて、口々に言い募られて困ってしまう。
とりあえず、薫くんの会社の社長さんとかに挨拶するべきなんだけど身動きが取れない。
開発の人たちは口々に僕の仕事について評価してくれて次があった時もぜひと言ってくれた。
あの頃は僕も半分自棄になって仕事に没頭してたから、次同じことをしろと言われたら無理かもしれません。
遠回しにそう答えながら人々の熱気が冷めるのを待つ。
「この度は、お世話になります」
声がした。
途端に、心が蕩けた。
同時にじくじくとした痛みも蘇って来た。
多分、振り返ったら薫くんが居る。きっと初めてパーティーで見かけた時みたいな穏やかな笑みを浮かべて。
鼓動が早くなる。身体中に血が巡って顔が熱くなる。
薫くんが居る。薫くんが居る。すぐそこに。
嬉しいのと、怖いのと、両方の感情がぐちゃぐちゃになって僕を襲った。
会いたかった。でも、会いたくなかった。
来てるかもと期待はしていた。でも一目見るだけでよかったんだ。元気そうな姿が見れたら、それだけで。
彼は僕に気付いていないんだろうか。それとも気付いていてわざと声を掛けにきたんだろうか。あの時の事は黙ってろって、釘を刺しに。そんな事しなくても、誰にも話したりなんかしない。あれは僕の大切な思い出だから。
そう、思い出だ。
仕事とは関係ない。
そう割り切って、深呼吸して振り返った。
「お世話に、なります」
僕が振り返るのに合わせて名刺を差し出す彼に倣って、僕も名刺を取り出して、震える手でそれを彼に渡した。
「初めまして、いちの、き…さん…?」
彼は名刺を見て、一拍置いて、信じられないような顔をして僕を見上げた。
眼鏡の奥の瞳が僕を捉えて、ゾクゾクと背筋が震える。
「ち、から…」
僕を見た彼の目が泣きそうに歪んで、それからぎゅっと閉じられた。
そうだよね、こんな所で会いたくなかったよね。未練がましい僕を許して欲しい。
僕は今どんな顔をしてるだろう。多分薫くんと同じで泣きそうな顔をしてる。それに、顔が赤くなってる。
どう声を掛けていいかわからない。
彼も、今僕に気付いたみたいだった。お互い名刺交換をしたままの恰好で固まってしまって、周囲の人たちがきょとんとした顔で僕たちを見ている。
何か、何か喋らないと。
「お久しぶり、です。その、お元気…でしたか?」
彼が眉をハの字にしてちょっと赤くなった目で切なそうに僕を見るもんだから、僕も胸が切なく疼いて息が詰まった。
そんな顔をさせたくて来たんじゃないんだ。ごめん。ただ、一目会いたくて。
君はどうしてた?あの人とは上手くいってる?僕はなんとかやってるよ。ゲームのランクは上がった?僕は下がっちゃった。できれば今度また一緒にやりたいな。
口に出せない想いが胸の内をめぐる。僕はまだそんな風に気軽に話せるほど、立ち直れてはいなかったみたいだ。
彼も困ってるじゃないか。
「私の方はなんとか。櫟さんは、…ちょっと、痩せましたね」
そう言われてようやく身体が動き始めて、名刺をしまう。
改めて対峙した彼も、少し痩せたみたいだ。
「あれ?白鳥くん、知り合い?」
隣から声がかかって彼の視線が僕から逸らされる。いつの間にか止まっていた息を「はぁっ」と吐き出すと、心臓が酸素を全身に巡らせるためにどくどくと強く脈打った。
「うん。ちょっと疎遠になってたんだけど、…大事な人だよ」
その物言いにきゅうと胸が締め付けられた。まるであの頃に戻ったみたいに。
駄目だよ。勘違いしてしまう。そんなこと言ったら。
浮つく心とは裏腹に記憶が叫ぶ。
もうあんな思いはしたくないだろ、と。
僕はもうそれだけで満足で、今すぐ帰りたくなった。
薫くんだって困るだろう。こんな所でちょっと因縁のある相手と会うなんて。
でも今後の仕事としてもそれは許されないから、できるだけ視界に入らないように用意された席に着いた。
同じ卓の人達と名刺を交換して、今回の仕事について談笑する。
卓にはT社さんのイメージカラーを意識したんであろう、青いバラのアレンジメントが置いてあった。
期待はしてた。ひょっとして、って、思ってた。
でもいざそれが実現されると、どうしたらいいのかわからなくなった。
混乱している内にあっという間に歓談の時間になって、今回ご縁のあった開発の人達に取り囲まれてしまった。
「お世話になります」という枕詞をつけて、口々に言い募られて困ってしまう。
とりあえず、薫くんの会社の社長さんとかに挨拶するべきなんだけど身動きが取れない。
開発の人たちは口々に僕の仕事について評価してくれて次があった時もぜひと言ってくれた。
あの頃は僕も半分自棄になって仕事に没頭してたから、次同じことをしろと言われたら無理かもしれません。
遠回しにそう答えながら人々の熱気が冷めるのを待つ。
「この度は、お世話になります」
声がした。
途端に、心が蕩けた。
同時にじくじくとした痛みも蘇って来た。
多分、振り返ったら薫くんが居る。きっと初めてパーティーで見かけた時みたいな穏やかな笑みを浮かべて。
鼓動が早くなる。身体中に血が巡って顔が熱くなる。
薫くんが居る。薫くんが居る。すぐそこに。
嬉しいのと、怖いのと、両方の感情がぐちゃぐちゃになって僕を襲った。
会いたかった。でも、会いたくなかった。
来てるかもと期待はしていた。でも一目見るだけでよかったんだ。元気そうな姿が見れたら、それだけで。
彼は僕に気付いていないんだろうか。それとも気付いていてわざと声を掛けにきたんだろうか。あの時の事は黙ってろって、釘を刺しに。そんな事しなくても、誰にも話したりなんかしない。あれは僕の大切な思い出だから。
そう、思い出だ。
仕事とは関係ない。
そう割り切って、深呼吸して振り返った。
「お世話に、なります」
僕が振り返るのに合わせて名刺を差し出す彼に倣って、僕も名刺を取り出して、震える手でそれを彼に渡した。
「初めまして、いちの、き…さん…?」
彼は名刺を見て、一拍置いて、信じられないような顔をして僕を見上げた。
眼鏡の奥の瞳が僕を捉えて、ゾクゾクと背筋が震える。
「ち、から…」
僕を見た彼の目が泣きそうに歪んで、それからぎゅっと閉じられた。
そうだよね、こんな所で会いたくなかったよね。未練がましい僕を許して欲しい。
僕は今どんな顔をしてるだろう。多分薫くんと同じで泣きそうな顔をしてる。それに、顔が赤くなってる。
どう声を掛けていいかわからない。
彼も、今僕に気付いたみたいだった。お互い名刺交換をしたままの恰好で固まってしまって、周囲の人たちがきょとんとした顔で僕たちを見ている。
何か、何か喋らないと。
「お久しぶり、です。その、お元気…でしたか?」
彼が眉をハの字にしてちょっと赤くなった目で切なそうに僕を見るもんだから、僕も胸が切なく疼いて息が詰まった。
そんな顔をさせたくて来たんじゃないんだ。ごめん。ただ、一目会いたくて。
君はどうしてた?あの人とは上手くいってる?僕はなんとかやってるよ。ゲームのランクは上がった?僕は下がっちゃった。できれば今度また一緒にやりたいな。
口に出せない想いが胸の内をめぐる。僕はまだそんな風に気軽に話せるほど、立ち直れてはいなかったみたいだ。
彼も困ってるじゃないか。
「私の方はなんとか。櫟さんは、…ちょっと、痩せましたね」
そう言われてようやく身体が動き始めて、名刺をしまう。
改めて対峙した彼も、少し痩せたみたいだ。
「あれ?白鳥くん、知り合い?」
隣から声がかかって彼の視線が僕から逸らされる。いつの間にか止まっていた息を「はぁっ」と吐き出すと、心臓が酸素を全身に巡らせるためにどくどくと強く脈打った。
「うん。ちょっと疎遠になってたんだけど、…大事な人だよ」
その物言いにきゅうと胸が締め付けられた。まるであの頃に戻ったみたいに。
駄目だよ。勘違いしてしまう。そんなこと言ったら。
浮つく心とは裏腹に記憶が叫ぶ。
もうあんな思いはしたくないだろ、と。
10
あなたにおすすめの小説
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
隣の大学院生は、俺の癒しでした。
結衣可
BL
仕事に追われ、残業ばかりの日々を送るサラリーマン・斎藤悠真(32)。
感情を表に出すことも減り、「今日も誰ともしゃべらなかったな」と思いながら帰宅する毎日。
そんなある夜、隣の部屋から漂ってきたカレーの香りとともに、インターホンが鳴る。
「作りすぎちゃって……よかったらどうぞ」
そう微笑んで皿を差し出したのは、隣に住む大学院生・風間緒人(25)。
栄養学を学びながら料理好きの緒人は、気づけば週に一度は“おすそ分け”をするようになる。
最初は戸惑いながら受け取っていた悠真だったが、温かい食事と緒人のさりげない気遣いに、
長い間感じたことのなかった「人の温もり」に心が揺らいでいく。
雨の日に差し出されるタオルや、疲れた体に沁みる味噌汁。
やがて二人で食卓を囲む夜、体調を崩したときの看病……。
少しずつ距離が近づくたびに、悠真は自分でも驚くほど笑顔を見せ、心を許してしまう。
逃げ腰のサラリーマンと、世話焼きの年下院生。
すれ違いと優しさの間で揺れる二人の関係は、いつしか「癒し」から「恋」へと変わっていく――。
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!
中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。
無表情・無駄のない所作・隙のない資料――
完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。
けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。
イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。
毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、
凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。
「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」
戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。
けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、
どこか“計算”を感じ始めていて……?
狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ
業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
僕の恋人は、超イケメン!!
八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる