グランドスカイ物語

朝ごはんは納豆にかぎる

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第一章 『古都編』

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 追跡を開始してから数十分が経過すると、マレーが往く道の向こうから歩いてくる、一人の少女がいた。それを見るなりテリオンは言った。
「メイじゃねえか」
「知ってるのかい?」
「養い所の女どもの一人だよ。……となると、ただの出迎えか……?」
 そのツインテールの少女は、マレーの姿を認めると笑顔を見せて彼女の隣に並んだ。マレーは踵を返して道を戻るということはせず、そのままメイを連れて道を進んだ。
 テリオンは訝しげに目を細めた。
「いや、メイはなんで一人なんだよ。行きも帰りも絶対に三人で固まる約束だろうが。それとも、マレーと行く用事が決まってたからか……?」
 追跡していると、角を曲がったのを追いかけたところで姿が見えなくなってしまった。
 二人で辺りの路地を全て覗いてみたが、マレーの姿はぱったりと消えており、メイと寄る用事がありそうな店なども見当たらない。 
「チッ。見失っちまったな。足が速すぎねえか?」
 犬歯を剥き出しにして、苛立ちを露にする。
「そうだね。このあたりの扉も全部、ついさっき開かれたばかりという感じのものはないな。本当に、突然消えてしまったということか……」
「……むしろ都合が良いかもしれねえぜ。これで明日メイがいなけりゃ、マレーでアタリだ。……信じたくはねえがな。そんときゃ、あの人にカマかけて、はぐらかすなら強引に行くしかねえ」
「そうだね。とにかく、このあたりももっと調べてみようよ。見落としがあるかもしれない。いっそのこと、家を全部尋ねた方が良さそうじゃないか?」
「だりいが、細けえこと気にしてる場合じゃねえな。賛成だ」
 ニハマチのすぐそばにあった家から尋ねようと決めたその時、不意に彼の背後から音がした。
 二人は揃って音の方に身構えた。テリオンは腰から剣を抜き、ニハマチも呼吸で力を整える準備をした。
 ……仄暗い夕闇にちりちりと緊張が漂う。
 そして、その人物は拍子抜けするほどあっさりと、緊迫した空気をからかうかのように角からひょこっと現れた。
「――ご、ごめん」
 その声と姿にニハマチは肩を落とした。――パントマだった。 
 彼女は申し訳なさそうに苦笑すると、二人の元にとことこと走ってきた。
 テリオンは剣をしまわずに肩に預けると、パントマを睨み付けた。
「何のつもりだ? 新顔がよお」
「あっ……すみません。二人の後ろ、こっそりついてきてました」 
「そうかそうか。私ら二人に気付かれねえようにしながら、よく出来たもんだなあ……?」
 見下ろすテリオンの眼光に、しかしパントマは困惑しているのみで、穏やかな微笑を浮かべたまま怯まない。
「てめえ、睨み返してんじゃねえぞ」  
「睨んではいません。……近いです。顔を離して頂けますか」
「私たちが何をしてるか知ってんのか?」
「いえ、その……ニハマチが階段の裏にこそこそと隠れているのが見えたから。ちょっと気になったんです。二人がマレーのあとをつけているというのは、あとで分かりました。あの、二人は何をしているんですか?」
「知らねえよ。これはお遊びじゃねえんだ。さっさと帰りやがれ。――ああ、いや。そう言いたいところだが」
 テリオンはきまりが悪そうに頭を掻いた。
「私らももう帰ることになるだろうな。あとちょっとだけ待ってろ」
「ニハマチ、教えてくれる?」
「まあ、教えてもいいんじゃないかな? テリオン」
「いいぜ。好きにしろ」
 ニハマチは、なぜマレーを追っていたか、そしてマレーを見失ったことを説明した。
「……そうなんだ。でも、急に姿が見えなくなるなんて、やけに怪しいね」
 パントマは真剣な表情で考える仕草をしたあと、
「――よし、私も参加しよう。二人を手伝ってあげる」そう言って自信ありげにした。
 民家の窓の隙間から勝手に中を覗き込もうとしていたテリオンが、体を翻してパントマを見る。
「手が足りねえなんて言った覚えはねえぜ。むしろ多いほどやりづれえんだよ。てめえは引っ込んでろ。――あのなあ、マジでお遊びじゃねえんだぜ」
 テリオンは再びパントマを睨んだが、さっきの威圧とは違い、今度は鋭く冷ややかな目付きだった。
 それでも狼狽える素振りを見せないパントマは、動じずにテリオンの瞳を見返した。 
 そしておもむろにしゃがんだ。やはりテリオンの発する圧に耐えられなくなったのかとも思われたが、そうではなかった。パントマは、懐から方位磁針を取り出したのだ。
「んなもんでどうするつもりだ――」
 すると、パントマはそれを足元にかざした。にわかに方位磁針が青色の光を放つ。その光が地面に投影されると、彼女を中心として地面に青い光が広がっていった。刻印されているかのような鮮やかな光は、見れば無数の人の足跡が重なったもので、彼女から3、4メートルほどの円形に収まっていた。
 パントマは言った。
「これは、ここを通った人の足跡。だいたい六時間以内のものが全て見えるわ。ほとんど分からないぐらいの違いだけど、より最近のものほど光が強い。そこから絞り込むことができるの」
 確かに、彼女の言う通り光の強いものと弱いものがあった。しかし、強いもの同士での違いはほとんど判別できないレベルと言って良かった。
「俺に任せてよ。こういうの得意だからさ」
 不思議な森で慣れてしまっているニハマチは、すんなりと受け入れて足跡の観察を始めた。
 テリオンは先ほどまでの苛立ちも忘れてしまったかのようにぽかんとした顔で、
「つかよ。そんなもん何処で手に入れた? 自分で作ったとか言わねえよなあ」
 パントマがくすりと笑う。
「まさか。古都に来てから見つけたものです。養い所のみんながクーパー家に来たとき、グラスが言っていたこと、ニハマチも覚えてるよね? 古都には昔『呪い』と言われるものがあったみたい。その名残のような、不思議な道具なんじゃないかな」
 すると、パントマはテリオンが腰に付けている剣をちらりと見た。
「あなたのそれも、そういうものなんでしょう?」
「くく。『呪い』か……。物は言いようだな。これが普通の剣じゃないのはそうだぜ」
「やっぱり……。実はね、私、『そういうもの』を集める趣味があるんです。へへ、コレクターって言うのかな。生まれは別の国で、古都には二年前に来たんだけど、この一帯には不思議な道具とか現象が色んなところにあるみたいですね。そういうとこ、冒険したりするのが好きで。他にもいっぱい持っているんですよ」
「……へーえ。見た目に寄らねえなてめえも。古都に変な噂が蔓延はびこってんのは昔からだから、今更って感じはするぜ。でも呪いっつうのは、大げさすぎる言い方じゃねえか?」
 テリオンは気怠げにぶつぶつ言いながら、無聊ぶりょうをかこつようにそこら辺を歩きだした。
 その間にニハマチは、マレーとメイの足跡らしきものを発見した。
「みんな、これ。この大きな方がマレーで、隣のがメイの足跡だと思うんだ。重なってて分かりづらいけど、俺はマレーの足の大きさは何となく覚えてる。こんなに大きな人は滅多にいないし」
「全っ然分かんねえよ。ま、お前がそう言うんならそうなんだろうな、野生児さんよ」
 ニハマチはパントマから方位磁針を受けとると、ゆっくりと足跡を見つけながら辿っていった。しかし、その足跡はすぐに消え失せた。
「あれ、消えた」
 離れたところも調べてみるが、同じ足跡は見つからなかった。ニハマチは屈んでいた体を起こすと、顎を上げて高いところを見渡しながら、
「よし、上に行こう」そう言ってぐるぐると辺りを歩いた。
「上?」
「地上で地面ばかり見ていても、何も変わらないということさ」
 ニハマチは近くの一番高い建物に指を差した。
「あそこの屋上に行ってみようと思う」
「はあ? そこは地面じゃねえぞ。馬鹿なのかてめえは」
「まあ、見ててよ!」
 建物の前に行くと、両足に力を集中し、壁を蹴って五階分の高さを一気に駆け上がる。パントマとテリオンが驚愕した顔で建物を見上げた。
「すごい!」
「どんな体してやがる……」
 屋上の縁を掴んでよじ登ると、夜景を見渡してニハマチは満足そうに頷いた。
(よし。いい見晴らしだ)
 方位磁針を握りしめて目を閉じ、その力を増幅するように意思を込める。
 目を開くと、建物の周辺どころか、街全体に夥しく重なる青い光が現れた。
 更に目に力を集中し、超人的に強化された視力で周囲を俯瞰する。今、ニハマチの感覚は青い光から感じる力を捉え、その足跡の持ち主の特徴を嗅ぎ取った。それは、研ぎ澄まされた感覚を持つニハマチだからこそ出来ることだった。
 街全体を網の目のように把握し、マレーの足跡に近そうなものを探す。その特徴の違いは余りにも微妙で、似たようなものはそこらじゅうにあったのだが、そこからさらに取捨選択し、細かな違いを見極め、遠く、より遠くまでじっくりと感覚を張り巡らせる。
(――見つけた!)
 ニハマチは屋上から飛び降りると、槌で金属を打ったような音に驚く二人を尻目に速足で駆け出した。民家の窓が開き、何事かと住人が顔を出す。二人は気まずい顔でその場を去るようにニハマチを追いかけた。
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