グランドスカイ物語

朝ごはんは納豆にかぎる

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第一章 『古都編』

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「俺、二人に絶対に話さないと駄目なことがあったよ。俺が生まれた森を出てすぐのことなんだけどね――」
 そう言って、ニハマチは宿敵オストワールとの邂逅、そして彼と交わした約束をすらすらと話した。
 ニハマチがさも平然と語るのもあって、不思議な森の話の時と同様、聞いている二人は呆然と固まっていることしかできなかった。ニハマチがそれを一つの伝承のように流暢に話し終えると、キツツキは一発喰らったとばかりに首をぐらりと後ろに凭れ、死んだようにぐったりとした。そして、魂を口から吐き出すような声で彼は言った。
「……ニハマチ、お前は本当に……」
「ニハマチくん……」
 パントマも不安そうに自分の手の甲をさする。そして、はっと思い出したように大きな目を見開き、
「『絶帝オストワール』……! 旅先の色んなところで、彼の話を聞いたわ。確か、ここから北東にある『白蛇はくだ山脈』を超えた先にシュルツという大帝国があるの。そこの年若い領主という話よ」
「パントマ、知ってるの!?」
「ええ。――いわく、『絶対的支配者』、『大陸を真に平定するもの』……そんな二つ名ばかりが飛び交っているわ」
「……俺も、クラウスさんから少し聞いたことがある」
 糸を失った人形が再び操られるようにしてキツツキが起き上がり、歯から息を漏らす低い声で言った。
「クラウスさんは、そいつと直接会ったことはないが、聞きつまんだ話から想像するだけでも、万に一つの勝ち目もないらしい」
「クラウスが戦ったとしたら、ということかい?」
「そうだ」
 さしものニハマチも、これには余裕の表情を浮かべることが出来ず、目がちかちかとくらむ思いがした。
「う、うーん……」
 今からおよそ八か月後、絶帝と戦う運命にあるニハマチは、目を回しながら今後のことを考えた。あの老人を追い詰めたクラウスにさえ勝ち目がないと言わしめる相手に、たった八か月でどんな準備をするべきか頭を悩ませ、暫く酔ったように首を揺らしていると、キツツキが短いため息を漏らした。
「……しかし、説教の手間は省けたな。そうやって直感と思いつきで『よし、やってやろう』みたいなノリは今後一切やめにしろ。それか、俺たちのどっちかに相談だ」
「……そうだね……」
 放心状態で宙に言葉を吐くニハマチ。頭を強く振り、我に返る。
「悩んでいても仕方ない。皆の目的に向かって旅をすることにしよう。――俺は、離天に行く前にオストワールと戦わなきゃだから、とにかく強くなる方法を見つけないと駄目だ。キツツキは離天を目指す。パントマは翼の欠片を集める。俺たちの目的は一致していないけど、まずは目的を達成するための具体的な道しるべを見つけきゃだね」
「ああ。だから、とりあえず王国に着いたら全員で王城を目指そう。多流の扱い方を知ってる人たちと出会えば、おのずとその道に明るくなる。俺たちの目的の共通点は、全て多流が関係しているということだ。多流のある不思議な場所やものを探し、国中を旅すれば、俺たち三人の目的にそれぞれ近づけるだろう」
 パントマが頷く。
「うん。――じゃあさ、二人とも。どうせ旅をするなら、どんな旅をしていくか決めるのもいいんじゃない?」
「どんな旅をしていくか……すまん、パントマ。意味をつかめないんだが」
「その……多流を求める旅をするって言っても、それ自体が曖昧だよね。それって、人と出会って、関わっていかないと駄目なことだから、つまり……私たちが旅先で人と出会って、ただ闇雲に多流について尋ねるんじゃなく、どういう風に関わっていくかを決めた方がいいと思うの」
「人との関わり方か?」
「うん……例えば、困ってる人や悩んでいる人がいるとき、私たちが多流に関しての道しるべを持っていたとして、私たちの目的を優先してその人をほっておくかどうかということ」
「そういう意味か……確かに、難しいな。困ってる人がいたら助けたいところだが、はっきりと行き先が決まってるのに寄り道をするのは……俺はいいとして、パントマとニハマチの目的が喫緊きっきんしてるなら避けるべきだ」
「きっきん?」
「差し迫る、重要なことって意味だ。まさにお前の約束がそうだろう。オストワールと八か月後に戦うのは避けられないんだろう?」
「うん。彼は、あと八か月と……きっちり日にちを数えているなら、三日後に俺の元にやってくるはずだ」
「一つ質問なんだが、オストワールがお前の元に来るのか? 会う場所は決めてないんだな」
「うん。はっきりとした取り決めはないよ。でも、俺たちは力を……多流を持つ者どうし、惹かれ合うものはあった。言葉を交わさずとも分かるものがね」
「お前がどこにいても分かるってことか? ……多流の力を隠して潜伏するのはどうだ? クラウスさんは、力を抑えて隠す術《すべ》も教えてくれた。だから、ニハマチもクラウスさんの力に最初から気付けなかったんだ」
「ううん。それは出来ない。さっき話した通り、俺の約束には里が関わっているからね。俺が逃げれば里は滅ぼされるだろう。俺はあと八か月と三日後きっかりがきたら、どこか広いところか戦いやすそうな場所を見つけて、多流を限界まで高める。彼も俺の約束をきっちり覚えているなら、力を辿って俺を見つけるだろう。オストワールは、計り知れないぐらいの力を持っていたんだ。あれほどの力なら、遠く離れた場所から俺の力を見つけることは出来ると思う。彼は一度俺の力をているから」
 キツツキは目を瞑って沈思した。ニハマチとパントマが彼の思考を邪魔しないよう黙ってそれを見守る。彼は目を開けると言った。
「よし。こうしよう。――一人で突っ走るのは駄目だが、別れて行動するのはありだ。俺たちは共に離天を目指す訳だが、やりたいことや目的が細かく一致する訳じゃない。必要に応じて、それぞれの目的のために単独で動きたいときはあるだろう。パントマはどうか知らないが、ニハマチの件はかなり切迫してる。今すぐにでも王国の騎士団に会って稽古を付けて貰うべきだ。クラウスさんの話じゃ、あの人よりも強い人が何人かいるらしいからな」
「え、クラウスよりも!?」
「ああ。だから、お前がそこに行って強くなれることは保証できる。逆に言えば、お前が修行できるようなアテは他にない。だからニハマチは一刻も早く王城に向かうべきなんだ。……俺に関しては、離天を目指すという目的にタイムリミットはない。今のところはな。だから、本来であればゆっくりと国々を周って、色んなものを見ておきたいところだ。
「……俺は元々、町廻りになりたいと思ってた。三年前にクラウスさんがこの街に来る前からな。何か、人の役に立ったり、人を守れるような……とにかく、こう見えても、俺はそういう願望を持ってる。漠然とそんなことを考えているところに、クラウスさんは現れたんだ。そして、あの人の飄々ひょうひょうとしてトラブルを解決する姿は、俺の憧れになったんだ。――だから、俺も強くなりたい。その点で、俺の今の目的はニハマチと一致している。王国に着いたらすぐに王城へ向かいたい。その間、寄り道は基本的にしない。パントマは、もし途中でお前の目的に関係するものを見つけたらそっちに行って貰っていい。ただ、三人の連絡手段は出来るだけ持つことにしよう」
「……うん! ……キツツキが、物事をちゃんと考えられる人で良かったわ。……そうね。不安になるようなことなんて、一つもないよね」
 パントマが優しく微笑する。
「ああ! 不安や心配は三人で乗り越えて行けばいい。なるようになるさ――」
 すると、腹の音がごろごろと鳴った。ニハマチは自分の腹を撫でて、
「飯を喰って寝よう。腹が減ってるから心配事も増えるんだ。――ほら、二人とも」
 ニハマチが袋から干し魚を取り出し、二人に配る。三人はしんとした夜の川辺で黙って魚を齧った。すぐに食べ終えたニハマチが猫のように体を伸ばしてから言う。
「今日は色んなことを話せて良かった。旅に出る前の『指針』ってやつかな。――そうだ、皆で気合いを入れようよ」
「気合いだと? ……俺はいい。二人でやってくれ」
「駄目だ。――そうだ、『ルール』を一つ追加しよう。『皆で決めたことは恥ずかしがらずにやること』。キツツキが言うんだよ」
「はあ? 『言う』って」
 ニハマチは手の甲を二人のちょうど間に差し出し、
「こうやって皆の手を重ねるんだ。そして、一人ずつルールを言う。その人が特に守らないと駄目なことをね。パントマは、『みんなを騙す噓は付かないこと』。それを言って、次はキツツキだ」
「おいおい。おままごとじゃあるまいし――」
 パントマがニハマチに近づき、彼の手に自分の手を重ねた。
「『みんなを騙す噓は付かないこと』」可憐に笑い、キツツキに微笑みかける。
「おい――」
「さあ、キツツキだよ」
 ニハマチの真っ直ぐな目に見つめられ、キツツキは観念したようにため息を付くと、吹っ切れたようにパントマの手に強く自分の手を重ねた。
「……『皆で決めたことは恥ずかしがらずにやる』……」
「よし! ――『一人で突っ走らずに、三人で相談すること』。この三つが俺たちのルールだよ。ふひひ」
 余韻もひったくれもなく、キツツキはさっと手を離した。
「寝るぞ。大事な話はできた。これでいいな」
 すぐに布で体を包み込み、横になってすうすうと寝息を立て始めるキツツキ。
 パントマもニハマチもゆっくりと互いの手を離した。
 パントマは照れたようにはにかみ、
「私も寝る。……ありがとう、ニハマチ。……キツツキくんも」
 パントマはキツツキにそっと目配せすると、自分の敷き布を少し離れたところに引っ張っていった。
「おやすみ、ニハマチ」
「うん! 俺は、ちょっと散歩してから夜空を眺め――っと。そう言えば、こんなところでみんなで寝たら危ないね。あと四時間くらいは起きてるから、そのぐらい経ったらパントマを起こすよ」
「分かったわ。次はキツツキくんを起こすね」
「……ああ、そうしよう」
 消え入るようなキツツキの返事があった。パントマも布で自分を包むと、横になって目を閉じた。
 ニハマチは立ち上がり、ぐるりと景色を一周して見渡すと、呟いた。
「いい友達ができて良かった。……見守っていてくれ、森のみんなも」
 暫くして横になった二人は眠り、ニハマチは川から離れた木々の辺りで胡坐を組んで、うとうとと心地よい気分に浸った。
 交代で起こし合い、夜は静かに更けていった――


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古都編はこれで終わりです。これから王国編に入っていきます。
以下、イルべニア王国周辺の地図です。




カレディア大陸










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