グランドスカイ物語

朝ごはんは納豆にかぎる

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第二章 『王国編』

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 二人と共にニハマチは騎士の館へと戻った。簡易的なチェーンメイルを着込んで、騎士団の訓練場へ向かう。
 二人一組で木剣を打ち合う騎士たち。それを柱の並ぶひさしの数歩前で指導していたのは一人の女だった。
 ――肩に届くほどの燃えるようなオレンジの髪は、丁寧に何房にも編み込んである。背は175センチほど。輪郭は少し面長で、女らしい柔らかみがある。名はレヴィ、副団長の一人である。
 ロックが無遠慮にレヴィの肩に手を置いた。 
 ――瞬間、瞬く間に振り向いたレヴィが不躾な右腕を捻り、ロックの上体を折り曲げた。
「あだだだだだだ! 死ぬ! 死ぬ! 死ぬう!」
 汚い物を振り払うかのようにロックを解放する。レヴィは蔑みと怒りの混ざった目をきっと見開き、地面に横たわって喘ぐ男を見下ろした。
「普通に声を掛けろ! 反射で動くだろうが!」
「え? ほんとに反射? なんか俺だから強くないレヴィちゃん?」
「年上か先生か知らんがちゃん付けするな。私たち騎士は貴様と同列ではない」
「そう? 一応スノウとはマブダチなんだけど……」
「スノウ様と呼べ! 愚か者!」
 怒号。ロックの体が縮こまる。
「ご、ごめんよ……レヴィちゃんの武器も俺が監修してあげたのに」後半、ごにょごにょと聞こえない声でそう言う。
 ロックは虫けらに向けるような視線を他の二人に移した。グレムルの姿を認め、蔑んだ視線を凛とした目付きに戻す。
「グレムル。珍しいな」
「……ロックに連れてこられた。あまり痛いことはしてやるな」
「そ、そうだな。気を付ける」
 レヴィは恥ずかしそうに耳を染めたあと、ニハマチに視線を向け、 
「何故この子を連れている?」
「――俺が説明する。――痛だだ! あ、背骨ある!?」
 背中をさすり悶えながらロックが大儀そうに立ち上がる。
「彼が多流を使って戦うところを見たくてね。出来れば試合をさせたい。それもなるべく多く」
「試合だと? この子は騎士団に入ったばかりの13歳の子供だ。鍛え抜かれた我ら騎士たちと勝負させられる段階にはない」
「心配要らないよ。ついさっき調べて、彼にはシュークリィム以上の適正があることが分かっている。ほら、アル―シャだってもう試合はしているだろう」
「アル―シャは10歳から騎士団にいる。鍛錬が違う」
「……素質が圧倒的にものを言うことは、女の君自身がよく分かっているだろう?」
「……何だと?」
 レヴィがニハマチを見る。彼女の強い眼光に、ニハマチもたじろぐ様子を見せた。
「スノウ様も言っていたが、まだ信じられんな。剣術は子供にしては相当やる。しかしだな。ここ三日間の訓練において、我が騎士たちを圧倒するほどの技量は感じていない」
「それはちゃんとした試合をしていないからだ。ある程度多流を出し切る必要がある」
「……本気か? まさか実戦をやりたい訳ではなかろうな?」
「そう凄まないで。多流使い同士ならむしろ致命傷にはなりづらい。木剣なら、ちゃんと使い方を知っていれば大丈夫だよ」
「彼はまだ使い方を知らない」
「いや、知っている・・・・・。誰よりも上手いはずだよ」
「……あの変てこな仕掛けで調べたのか」
「ああ。変てこな砂が、各部位においてSクラスに反応したよ。体の各部位、全てでね」
「――!」
 レヴィが目を丸める。
「全てSだと……?」
「本当だよ。だからむしろ、なるべく強い人と戦わせて欲しい。――例えば、シュークリィムとか」
「おい。多流は危険だ。加減を間違えれば、この子は大怪我するぞ」
「彼は全てでSを出していたかい?」
「そうだが――」
「おい、揉め事か?」
 気付けば、騎士たちは皆訓練を中断してこちらを見ていた。声を掛けたのは騎士団の大男の一人――ドッゲルという男だ。
 もうすぐで50歳を迎えるというのに、筋肉の引き締まって背の高い大男だった。短い白髪のこの男は、天空を貫くような大声が普段の声量だった。彼のよく通る声が言った。
「ロックにグレムルじゃねえか。がははは! 実験でもおっぱじめようってか!」
「ああ! 実験ではないが、この子を戦わせたくてね!」
「成程! 俺には分かるぞ! 得物を作ってやるんだな! いいじゃねえかレヴィ!」
「戦わせることには反対していない! こいつはお前やシュークリィムにこの子の相手をさせようなどとほざいている」突き刺すようにロックを指差す。
 ドッゲルは巨体を揺らすように笑いながら言った。
「そりゃあ無事じゃすまねえ! 特に! 俺は戦いの途中歯止めが聞かねえから、腕や足がもげちまうかもしれんな!」
「――ドッゲル殿、貴方は下がれ」
 若さを感じるが、低くて渋みのある深い声音。
 騎士たちが道を開け、シュークリィムが奥の方から歩いてくる。 
「ロック殿。武具を作成する用件と見受ける」
「そうだよう。ちょっと早とちり過ぎるかな?」
「いや。早いということはない。彼は真っ直ぐな少年だ。我ら騎士団で彼を強くしてやる義務がある。大陸が混迷に陥る前にな」
「そんな大きな話とは関係ないけど、強くしてやりたいというのは同意見だね」
 シュークリィムは騎士たちの最前まで歩み寄ると、その自信と余裕に溢れて目尻の下がった、落ち着いた眼差しをニハマチに向けた。
「やるぞ。木剣を持ってくるんだ」
「シュークリィム。まだ早い」レヴィが睨む。
「レヴィ殿。私の能力を侮っておられる。彼がいかように実力を出そうとも、こちらが制御を誤ることはない」
「誤まってからでは遅い。――この子にしてもだ。未知数なのだぞ?」
 ロックが能天気に口を挟む。 
「そうだねえ。シュークリィム君が大怪我するかもしれない。でも僕はなるべく実戦に近い感じで戦って欲しくてねえ。双方、流具の鎧を着て、顔を狙うのだけ無しにしよう。あとはなるべく本気で」
「おい貴様……」
「決めるのはニハマチ自身だ」
 そう言って、シュークリィムがニハマチたちの元へ近づく。ニハマチの眼前に来ると、彼は言った。
「やれるか?」
「剣で戦うんだよね? 俺はいいよ。全力で戦おう」
 ニハマチが歯を見せて笑う。その少年らしい純粋な表情に、シュークリィムの目が笑う――子供のプライドを傷つけぬよう、あやすような目で。
「全力、それは本気か?」
「うん! 俺は手を抜いたことがないんだ。それが勝負ならね!」
「では、これを感じ取れるか・・・・・・、 少年・・
 シュークリィムの凛々しくて雄々しい瞳がニハマチを捉える。
「……っ!!」
(……鋭い! 覆い被さってくるような力じゃないけど、研ぎ澄まされている。氷の矢を眉間に突き付けられているみたいだ……!)
「鎧を着るんだ。俺のはいい。誰か子供用の鎧を持ってきてくれ」
「俺が持ってこよう」
 騎士の一人が走って岩窟の方へと向かった。
 その間、訓練を中断した騎士たちが思い思いに話し始めた。
「ニハマチとシュークリィムが戦うみたいだな」
「大丈夫か? 鎧を着て、木剣とはいえ……」
「石を全て浮かばせていたんだ。スノウ様も凄い子供だと言っていた」
 取りに行った騎士が戻り、訓練中の騎士たちが着用している銀色の鎧とは別の、黒石で作られた漆黒の鎧をニハマチが着るのを手伝った。見た目的に重厚感はあるが、身軽に体を動かすことができる鎧を見に纏い、興奮して手足を振り回すニハマチ。
「着心地は大丈夫そうだな。では向かうぞ」
 一足先に試合場へと足を向けたシュークリィム。――その時、騎士たちの中から声がかかった。
「――俺にやらせて下さい」
 全員が声の方を振り向く。騎士たちの輪の中から颯爽と歩いてきたのは、騎士団の中で唯一15歳を下回る少年――アル―シャだった。
 決断とした面持ちで姿勢良く五人の元へ進み出た少年は、ニハマチに木剣の先を向けた。
「シュークリィムさん。貴方が戦うには早すぎます。ロックさん、彼の本気を出せればいいんですよね。俺以上に適任な人はいないでしょう」
「いいよー。レヴィ君の言う通り、彼の力が未知数だからできるだけ強い人と戦ってもらいたくてね。それも、彼の戦闘スキルを見るために相手する方もなるべくガチでやって欲しいんだ」
「……理解しました。ニハマチ、本気でやるぞ。こい」
 目を丸くするニハマチ。彼は首の後ろで両手を組むと「うーん」と唸って、  
「俺は強いよ。アル―シャじゃ役不足・・・なんじゃないかなあ」
 ――シュークリィムが勇ましい声で微かに笑う。
 レヴィが顔を顰め、ロックが「おお……?」と様子を伺う。
 アル―シャがゆっくりと剣先を下ろす。彼は急に殴られた人のように瞼をぴくぴくと動かすと、その凛とした瞳に徐々に激情を宿らせていった。
「……あれ、アル―シャ?」
 ニハマチが気まずそうな表情を浮かべる。
(なんかまずい言葉を使っちゃったかも……)
「……ニハマチ」   
 視線を落とし、瞠目するアル―シャ。
 彼は若干見下ろすような角度で顔を上げ、目を開けると言った。
「役不足であれば済まない。しかし、それはこの『決闘』の結果で分かることだ」
「決闘……」
「これは俺と君、どちらが副団長にふさわしいかの勝負でもある!」
 変声期前の少年の、鈴のような声が響き渡る。
「将来有望な若き子供が二人いれば、そのどちらかが副団長候補になるのは必然だろう」
「おーい。副団長の候補は俺たちおっさん共にもあるんだぞー!」
 狼を思わせる見た目の男――フレイが抗議の声を上げる。
 アル―シャは意に介さず、
「手合わせ願うぞ、ニハマチ」
 背を向けたままのシュークリィムが言う。 
「お前たちでやるといい。無粋な真似はせん」
 ロックがニハマチとアル―シャの顔を交互に見る。
「試合は決まりだね」
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