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第8話 完璧な淑女になれと言われて 〔シャーロット・ハワード〕
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『公爵家の嫡男足るもの、常に気高く厳粛で凛々しい紳士であれ』
自分、ルイス・ハワードは国内でも頂点に近い歴史と権威をもつ公爵家に嫡男として生を受けた。
生まれた時から暗示が如く刷り込まれてきたその言葉故か、幼い頃の自分は我ながら、実に勇猛果敢な少年だったように思う。剣術や体術の稽古で体を動かすのも好きだったし、幸いな事に記憶力が良く勉強も苦でなかった。母が主催した茶会で王太子であるライアンと親しくなってからは、彼とも時折剣を交えたものだ。周りの大人たちが、ライアン殿下の代の近衛騎士団の隊長候補だと自分を誉めそやしていたのも知っている。
だから、このまま自分は父や祖父のような男らしい騎士の道へ行くのだと、信じて疑っていなかった。あの日までは。
「国王陛下、ハワード公爵家嫡男ルイス・ハワードが陛下の勅命により馳せ参じました」
齢も10に届こうかと言うある麗らかな春の日、突然陛下から王宮へ招かれた。
王宮に足を踏み入れるのは初めてではないが、たった一人で謁見をするのは初めてだ。緊張のせいか、かしずいた頭をなかなかあげられない。
「そう固くならずともよい、頭を上げよ。今日そなたを呼んだのは、先日ライアンの婚約者が鬼籍に入った件についてだ」
その言葉に、首をかしいだ。
確かに、ほんの一月ほど前、ライアンの婚約者として社交界でも一目置かれていた一人の令嬢が亡くなった。病に犯されてのことだったと聞いている。事件性は無い。
(確かライアンと彼女は大変仲睦まじかったと聞く。ならば、用件は友として落ち込むライアンを支えよと言ったところだろうか)
そう当たりをつけた自分に向かい、王がにっこりと笑いながら言う。
「王太子の婚約者と言う席が空白のままだと、野心ある家の者達が騒いできて厄介なのでな。余計な軋轢を避ける為、そなたには今後ライアンの婚約者として生活してもらいたい」
「ーー……はい?」
何を言っているのだ、この王は。
婚約者?誰が、自分が、ライアンの、つまり、男の婚約者になれと……!?
「おっ、お待ちください!お言葉ながら、流石に訳がわかりません。僕……っ、いえ、私は男ですよ!?」
「わかってはおるが、身分的にハワード公爵家以上の適役が今はおらんのだ。理解してくれ。何、本当に愛を育めと言うわけではない。ライアンが真に愛し、かつ皇后になるに相応しき淑女が現れるまでの間だけ“女性となって”ライアンの側に居てくれるだけで良いのだ。両親にはもう話がついている」
「……っ!?」
その言葉に今度こそ絶句したルイスの前で、国王は一枚のドレスと書状を掲げ高らかに宣言した。
「ハワード公爵家嫡男、ルイス・ハワードは、本日ただいまよりルイスの双子の妹、“シャーロット・ハワード”として完璧な淑女として生活することを命ずる!尚、拒否権はない」
「そんな、馬鹿な……!」
不敬も構わず、豪奢な大理石の床に崩れ落ちた。
かくして何の因果か、男の中の男になるべくして育てられたルイスは、シャーロットとして今までと真逆な完璧な淑女を目指すことになってしまったのである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
それから早数年、未だライアンに想い人が現れる気配はなく、ルイスは“シャーロット”としての生活を余儀なくされている。
その間、本物の自分ー……すなわち“ルイス・ハワード”は公爵になる者として国外へ留学していることになっているので、いつの日かは男に戻れる日も来るだろうとは思うが……。
(今さら、戻ったところで……な)
長年かけて磨いてきた“男”の自分から、真逆の女性になるのは並大抵のことではない。けれど、生まれながらの負けず嫌いと完璧主義により努力を怠らなかったルイスは、自分の理想の“完璧な淑女”の姿を自ら体現するまでに美しきご令嬢となった訳だが、まぁその過程は割愛するとして。
ルイスの心は、今も紛れもなく男だ。故に、“完璧な淑女”になってしまったが故に見ず知らずの令嬢達から向けられる悪意には、正直うんざりしてもいた。こんな目に合うために、自分は頑張ったわけではないのに。
“淑女”として生きるとしても、カッコよさを、男の矜持を捨てないために“シャーロット”を磨いてきた自分の気持ちなど所詮、他人にはわからないのだと諦めていた。
だから、あの日。『自分の理想を目指してひたすらに努力してきたからシャーロットはカッコ良いのだ』とてらいなく言い切ったミーシャに、迂闊にも、ほんの少しだけ、絆されてしまったのだろう。
と、まぁそんなわけで仲良くなってから早数ヶ月。学園演劇の役決めが行われた日の放課後、ルイスはミーシャから贈られてきた小包の中身を思い切り床に叩きつけた。
「こんな物を贈られて僕にどうしろと!!!」
「付けてあげればいいじゃないか、お揃いだそうだよ」
ニヤニヤとおかしそうに笑っているライアンがミーシャからの手紙に目を通して言う。
可愛らしい音符柄の便箋には、『着けるだけで体型を強調してくれる下着です。私も色違いでお揃いにしちゃいました!これを着けて、一緒に演劇がんばりましょー!』と書かれていた。
つまり、ルイスがミーシャに貰ったのは、水色と銀のレースとフリルがふんだんにあしらわれた胸用の下着だったのである。
「もう嫌だ。いくら同性だと思っていても初めての贈り物が下着って……!やっぱりあんな馬鹿に付き合うんじゃなかった……!」
「まぁまぁ、彼女なりにシャーロットのささやかで控えめなお胸事情を気遣った結果なんだろう。なんせ絶壁だからね!」
「当たり前だろう、男なんだよ、絶壁じゃなかったらどうすんだ!!」
『本当に、もう……!』と、メイクを落としたルイスはうんざりしながら学園演劇の台本を見た。
自分の台本はヒロイン、王子様役は、ミーシャだ。明日から、一緒に演劇の練習をする約束もさせられた。(というか、空気を読まない怒濤のおねだりに負けた)
はからずも男女逆転で主役を張らねばならなくなった事実に、やっぱり彼女と友人になったのは間違いだったかとルイスは一人憂鬱そうに空を眺め苦笑を浮かべるしかなかった。
~第8話 完璧な淑女になれと言われて 〔シャーロット・ハワード〕~
『時に気高く、時に凛々しく、時々うんざり、淑女は笑う』
自分、ルイス・ハワードは国内でも頂点に近い歴史と権威をもつ公爵家に嫡男として生を受けた。
生まれた時から暗示が如く刷り込まれてきたその言葉故か、幼い頃の自分は我ながら、実に勇猛果敢な少年だったように思う。剣術や体術の稽古で体を動かすのも好きだったし、幸いな事に記憶力が良く勉強も苦でなかった。母が主催した茶会で王太子であるライアンと親しくなってからは、彼とも時折剣を交えたものだ。周りの大人たちが、ライアン殿下の代の近衛騎士団の隊長候補だと自分を誉めそやしていたのも知っている。
だから、このまま自分は父や祖父のような男らしい騎士の道へ行くのだと、信じて疑っていなかった。あの日までは。
「国王陛下、ハワード公爵家嫡男ルイス・ハワードが陛下の勅命により馳せ参じました」
齢も10に届こうかと言うある麗らかな春の日、突然陛下から王宮へ招かれた。
王宮に足を踏み入れるのは初めてではないが、たった一人で謁見をするのは初めてだ。緊張のせいか、かしずいた頭をなかなかあげられない。
「そう固くならずともよい、頭を上げよ。今日そなたを呼んだのは、先日ライアンの婚約者が鬼籍に入った件についてだ」
その言葉に、首をかしいだ。
確かに、ほんの一月ほど前、ライアンの婚約者として社交界でも一目置かれていた一人の令嬢が亡くなった。病に犯されてのことだったと聞いている。事件性は無い。
(確かライアンと彼女は大変仲睦まじかったと聞く。ならば、用件は友として落ち込むライアンを支えよと言ったところだろうか)
そう当たりをつけた自分に向かい、王がにっこりと笑いながら言う。
「王太子の婚約者と言う席が空白のままだと、野心ある家の者達が騒いできて厄介なのでな。余計な軋轢を避ける為、そなたには今後ライアンの婚約者として生活してもらいたい」
「ーー……はい?」
何を言っているのだ、この王は。
婚約者?誰が、自分が、ライアンの、つまり、男の婚約者になれと……!?
「おっ、お待ちください!お言葉ながら、流石に訳がわかりません。僕……っ、いえ、私は男ですよ!?」
「わかってはおるが、身分的にハワード公爵家以上の適役が今はおらんのだ。理解してくれ。何、本当に愛を育めと言うわけではない。ライアンが真に愛し、かつ皇后になるに相応しき淑女が現れるまでの間だけ“女性となって”ライアンの側に居てくれるだけで良いのだ。両親にはもう話がついている」
「……っ!?」
その言葉に今度こそ絶句したルイスの前で、国王は一枚のドレスと書状を掲げ高らかに宣言した。
「ハワード公爵家嫡男、ルイス・ハワードは、本日ただいまよりルイスの双子の妹、“シャーロット・ハワード”として完璧な淑女として生活することを命ずる!尚、拒否権はない」
「そんな、馬鹿な……!」
不敬も構わず、豪奢な大理石の床に崩れ落ちた。
かくして何の因果か、男の中の男になるべくして育てられたルイスは、シャーロットとして今までと真逆な完璧な淑女を目指すことになってしまったのである。
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それから早数年、未だライアンに想い人が現れる気配はなく、ルイスは“シャーロット”としての生活を余儀なくされている。
その間、本物の自分ー……すなわち“ルイス・ハワード”は公爵になる者として国外へ留学していることになっているので、いつの日かは男に戻れる日も来るだろうとは思うが……。
(今さら、戻ったところで……な)
長年かけて磨いてきた“男”の自分から、真逆の女性になるのは並大抵のことではない。けれど、生まれながらの負けず嫌いと完璧主義により努力を怠らなかったルイスは、自分の理想の“完璧な淑女”の姿を自ら体現するまでに美しきご令嬢となった訳だが、まぁその過程は割愛するとして。
ルイスの心は、今も紛れもなく男だ。故に、“完璧な淑女”になってしまったが故に見ず知らずの令嬢達から向けられる悪意には、正直うんざりしてもいた。こんな目に合うために、自分は頑張ったわけではないのに。
“淑女”として生きるとしても、カッコよさを、男の矜持を捨てないために“シャーロット”を磨いてきた自分の気持ちなど所詮、他人にはわからないのだと諦めていた。
だから、あの日。『自分の理想を目指してひたすらに努力してきたからシャーロットはカッコ良いのだ』とてらいなく言い切ったミーシャに、迂闊にも、ほんの少しだけ、絆されてしまったのだろう。
と、まぁそんなわけで仲良くなってから早数ヶ月。学園演劇の役決めが行われた日の放課後、ルイスはミーシャから贈られてきた小包の中身を思い切り床に叩きつけた。
「こんな物を贈られて僕にどうしろと!!!」
「付けてあげればいいじゃないか、お揃いだそうだよ」
ニヤニヤとおかしそうに笑っているライアンがミーシャからの手紙に目を通して言う。
可愛らしい音符柄の便箋には、『着けるだけで体型を強調してくれる下着です。私も色違いでお揃いにしちゃいました!これを着けて、一緒に演劇がんばりましょー!』と書かれていた。
つまり、ルイスがミーシャに貰ったのは、水色と銀のレースとフリルがふんだんにあしらわれた胸用の下着だったのである。
「もう嫌だ。いくら同性だと思っていても初めての贈り物が下着って……!やっぱりあんな馬鹿に付き合うんじゃなかった……!」
「まぁまぁ、彼女なりにシャーロットのささやかで控えめなお胸事情を気遣った結果なんだろう。なんせ絶壁だからね!」
「当たり前だろう、男なんだよ、絶壁じゃなかったらどうすんだ!!」
『本当に、もう……!』と、メイクを落としたルイスはうんざりしながら学園演劇の台本を見た。
自分の台本はヒロイン、王子様役は、ミーシャだ。明日から、一緒に演劇の練習をする約束もさせられた。(というか、空気を読まない怒濤のおねだりに負けた)
はからずも男女逆転で主役を張らねばならなくなった事実に、やっぱり彼女と友人になったのは間違いだったかとルイスは一人憂鬱そうに空を眺め苦笑を浮かべるしかなかった。
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