歩いて気づいた、大切なもの

文月 凛音

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第4話:パンのおねえちゃん

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その日も、いつもの時間に家を出た。
陽射しは少しずつ優しくなり、朝の空気には秋のにおいが混ざりはじめている。
まだ残る蝉の声も、どこか控えめだ。

ふと足元に、黄色い落ち葉があった。
端が茶色く焦げていて、まるでパンの耳みたい。

「焼きたてのパン、食べたいな……」

思わずつぶやいた、そのとき――

「ねえ、それ、なに?」

顔を上げると、公園のベンチに座る幼稚園くらいの子どもたちが目に入った。
その中のひとりが、私のそばまでやってきた。

「これ? 落ち葉だよ。秋になると、いろんな色の葉っぱが落ちるんだ」

「ふーん……きいろいパンみたいだね!」

その子はニッと笑い、私もつられて笑った。
――こんなふうに誰かと話すの、いつぶりだろう。

スマホの通知や会社のチャットには、毎日たくさんの言葉が届く。
でも、声に出して話すだけで、こんなに心があたたかくなるんだ。

公園の奥から笛の音が響き、保育士さんが手を振っている。
「そろそろ移動するよ~!」

「じゃあね、パンのおねえちゃん!」

不思議なあだ名に、思わず吹き出した。
胸の奥が、じんわり温まる。

子どもたちが去ったあとも、しばらくベンチに座っていた。
手のひらに残った落ち葉の感触と、あの子の笑顔が消えない。

そのとき、遠くからサイレンの音が聞こえた。
救急車が交差点をゆっくり曲がり、目の前を通り過ぎていく。
窓越しに見えたストレッチャーの上には、誰かが横たわっていた。

今この瞬間にも、誰かが苦しんでいる。
そう思うと、歩ける足があることも、落ち葉を拾える手があることも、
当たり前じゃないと感じた。

世界は、息づいている。
猛暑も、落ち葉も、子どもたちの笑顔も、サイレンも――
全部、生きている証なんだ。

少し前の私なら、そんなこと、感じもしなかった。
でも今は、違う。

「また、歩こう」

それは決意というより、自然にこぼれた願い。
今日という日を、自分の足で、ちゃんと歩いてみたい。

落ち葉をもう一度ポケットにしまう。
小さなお守りのように、そっと、大事に。

――世界はまだ、捨てたもんじゃない。
ほんの一言交わすだけで、心はこんなにもあたたかくなるんだ。
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