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第5話:交差点の花束
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「パンのおねえちゃん」事件(?)の翌日、
私は少しだけ遠回りをしてみることにした。
いつもの散歩道には、小さな分かれ道がある。
どちらを通っても駅には着くけれど、今日は柔らかな陽射しだったから、
木陰の多い道を選んだ。
――そういえば、歩道橋って最近少なくなった気がする。
何でなんだろう。そんなことを考えながら角を曲がった、その瞬間――
小さな花屋の前に、白いワンピースの女性が立っていた。
真っすぐな黒髪、片手に小さな花束。
その横顔に、どこか見覚えがある。
「……もしかして、新星中学でした?」
彼女の方から声をかけられた。
「え? あ、はい! そうですけど……」
「やっぱり。私、三年のとき同じクラスだった隅田です」
――ああ、あの子だ。
いつも静かにノートを取っていたけれど、成績は優秀だった子。
名前を聞いて、ようやく昔の姿と今の姿が重なる。
「えー、全然気づかなかった。久しぶりだね」
「うん、懐かしいよね。……昔からこのあたりに住んでたの?」
「ううん。最近引っ越してきたの。歩くために」
「歩くために?」
隅田さんがくすっと笑い、私もつられて照れくさく笑った。
「ダイエットって言えば聞こえはいいんだけど……
仕事でいろいろあってさ。
なんか自分がちっぽけに感じて……だから、歩こうって思ったの」
――あ、言い過ぎたかも。
そう思ったけれど、隅田さんはうなずきながら、やわらかい目で聞いてくれる。
「私もね、少し前に病気して、しばらく入院してたの。
今は元気だけど、退院してから毎朝この道を歩くようになったんだ。
歩くと、“今”をちゃんと生きてるって思えるから」
「……うん、わかる」
言葉にしなくても伝わる空気が、そこにあった。
「この花、母にあげるんだ。たまには“ありがとう”って言おうかなって」
母の日も近いもんね。
隅田さんの手には、白いカスミソウとうすいピンクのバラの花束。
その色合いが、今の私たちの気持ちそのものみたいに見えた。
「きれいだね」
「うん、きれい。……じゃあ、またね。朝、またきっと会えるよ」
「うん、またね」
手を振って別れたあと、私はゆっくりと歩き出す。
足音にリズムがあって、今日という日を静かに歌っているようだった。
歩くことは、ただの運動じゃない。
誰かと出会い、自分の心を見つめ直すことでもある。
今朝は落ち葉を拾わなかったけれど、
代わりに、やさしい記憶が胸に残った。
私は少しだけ遠回りをしてみることにした。
いつもの散歩道には、小さな分かれ道がある。
どちらを通っても駅には着くけれど、今日は柔らかな陽射しだったから、
木陰の多い道を選んだ。
――そういえば、歩道橋って最近少なくなった気がする。
何でなんだろう。そんなことを考えながら角を曲がった、その瞬間――
小さな花屋の前に、白いワンピースの女性が立っていた。
真っすぐな黒髪、片手に小さな花束。
その横顔に、どこか見覚えがある。
「……もしかして、新星中学でした?」
彼女の方から声をかけられた。
「え? あ、はい! そうですけど……」
「やっぱり。私、三年のとき同じクラスだった隅田です」
――ああ、あの子だ。
いつも静かにノートを取っていたけれど、成績は優秀だった子。
名前を聞いて、ようやく昔の姿と今の姿が重なる。
「えー、全然気づかなかった。久しぶりだね」
「うん、懐かしいよね。……昔からこのあたりに住んでたの?」
「ううん。最近引っ越してきたの。歩くために」
「歩くために?」
隅田さんがくすっと笑い、私もつられて照れくさく笑った。
「ダイエットって言えば聞こえはいいんだけど……
仕事でいろいろあってさ。
なんか自分がちっぽけに感じて……だから、歩こうって思ったの」
――あ、言い過ぎたかも。
そう思ったけれど、隅田さんはうなずきながら、やわらかい目で聞いてくれる。
「私もね、少し前に病気して、しばらく入院してたの。
今は元気だけど、退院してから毎朝この道を歩くようになったんだ。
歩くと、“今”をちゃんと生きてるって思えるから」
「……うん、わかる」
言葉にしなくても伝わる空気が、そこにあった。
「この花、母にあげるんだ。たまには“ありがとう”って言おうかなって」
母の日も近いもんね。
隅田さんの手には、白いカスミソウとうすいピンクのバラの花束。
その色合いが、今の私たちの気持ちそのものみたいに見えた。
「きれいだね」
「うん、きれい。……じゃあ、またね。朝、またきっと会えるよ」
「うん、またね」
手を振って別れたあと、私はゆっくりと歩き出す。
足音にリズムがあって、今日という日を静かに歌っているようだった。
歩くことは、ただの運動じゃない。
誰かと出会い、自分の心を見つめ直すことでもある。
今朝は落ち葉を拾わなかったけれど、
代わりに、やさしい記憶が胸に残った。
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