歩いて気づいた、大切なもの

文月 凛音

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第8話: 朝の救急車

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その日は、朝から異様に暑かった。

九月のはじめだというのに、陽射しは真夏のようで、
アスファルトがじりじりと焼けついていた。

それでも私は、いつものように歩いていた。
日傘をさし、水筒を持ち、ゆっくり、ゆっくり。
「暑い……」と、思わず声がもれる。

公園の前を通りかかったとき、ふと違和感を覚えた。

ベンチのそばに、女性がうずくまっている。

反射的に足を止めた。

「……だいじょうぶですか?」

声をかけると、彼女は顔を上げかけ、そのままふらりと座り込んでしまった。
汗で額に髪が張りつき、顔色は青白い。

――熱中症だ。

私にも経験があったから、すぐにわかった。
ポーチからハンカチとペットボトルを取り出し、背中を支えながら声をかける。

「無理しないで。少しずつ、水、飲めますか?」

彼女は、私と同じくらいの年に見えた。
うなずきながら、ゆっくりと水を口に含む。

私は彼女を日陰に誘導し、救急車を呼んだ。
片手でスマホを操作しながら、もう片方の手で、背中をさすり続ける。

「……ありがとう」

震えるような声だった。
それなのに、その一言がとても重く、あたたかく感じられた。

誰もいない朝の公園で、ひとり倒れていた彼女。
きっと心細かったに違いない。

もし私がこの道を歩いていなければ、
誰が彼女に気づけただろう。

――歩いていて、よかった。

ただ痩せたいと思って始めた朝の散歩は、
いつの間にか、誰かの命を支える行動に変わっていた。

私の変化が、世界とつながった瞬間だった。

やがて救急車が到着し、彼女はストレッチャーに乗せられた。
私は自分のハンカチを、彼女の手にそっと握らせる。

「返さなくていいです。元気になったら、またどこかで」

そう笑いかけると、彼女もかすかに笑ってくれた。

サイレンの音が遠ざかり、私は深く息をつく。
朝の空は、まぶしいほど青く、どこか優しさをまとっていた。

――また歩こう。
人を救えるかもしれないし、
パンみたいな落ち葉を見つけたら拾ってみよう。
誰かと挨拶を交わせたら、笑ってみよう。

この世界は、美しい。
それに気づけたことが、何よりの“ごほうび”だった。
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