贖罪の篝火

ねりうむ

文字の大きさ
8 / 27
第二話

◆3/闇の中へ

しおりを挟む
 建物の死骸――そんな言葉が頭に浮かぶ。
 フェンスの向こう、草木に食い荒らされた敷地は、生い茂る緑に呑み込まれている。コンクリート壁には、流れ出る血のように赤黒い染みが浮かび、崩れた屋根は風に煽られ、ギィギィと悲鳴のような音を出す。
 一面に広がる灰色の空は、周囲を薄暗く染め、今朝から続く雨は、篝の上に冷たく降り注いでいた。

 ほんの数時間前、訓練で軽く汗を流していた篝に、司令部から通信が入った。

「こちら機動課、明松毘《かがりび》です」
『司令部オペレーター、黛《まゆずみ》です。緊急の出動要請がかかっています。ポイントH59105にある廃倉庫を調査中の、調査二課の隊員4名と通信が途絶。現地へ赴き、調査をお願いします。本任務の詳細は、追って端末へ送信します』
「了解しました」
 篝は短く答え、通信を終えた。
 早速、手持ちの端末を操作して、司令部から送られたデータを確認する。
 展開されたホログラムディスプレイに、調査二課からの報告書が表示された。

 ――調査報告
 
 XXXX年XX月XX日
 ポイントH59105にて、瘴気の吹き溜まりを確認。
 同ポイントは、過去に瘴気の調査実験に使用されていた。

 XXXX年XX月XX日
 二次関数的に瘴気量が増加。
 O.N.I発生の兆候はないが、付近一帯を封鎖し警戒にあたる。

 XXXX年XX月XX日
 瘴気量はさらに増加。
 O.N.I発生の閾値を超過。
 封鎖範囲を拡大。
 ※倉庫内で少女のような人影を見たとの報告あり。

 XXXX年XX月XX日
 瘴気量が爆発的に増大。
 ただし、瘴気の発生地点を中心に局所的な収束傾向あり。

 以上――。

「人影……?」
 報告書の注釈が、何故か気にかかった。
 この濃度の瘴気の中では、無対策の人間は30分も生きていられない。普通に考えるなら、見間違いの類と思うのが自然だが、なぜか胸の奥のざわめきが止まらない。
 それは、数多の戦闘を経験した篝の直感だった。
 
 その感覚は、倉庫に近づくにつれ強さを増していく。
 入口と思われるシャッターは少し開いていて、漏れ出た瘴気が地面を蛇のように這っている。
 蛇は周囲の植物に絡みつき、茶色く枯らしている。
 篝は左耳のカフス型通信機に指を添える。
「明松毘です。倉庫入り口に到着。今から中に入ります」
『了解……。異……常があ……れば、適宜報……告を……お願いしま……す……』
 司令部からの返答にザリザリとノイズが混じる。
「ノイズがひどいのですが、通信感度は大丈夫ですか?」
『……』
 声もなく、ただノイズだけが返って来た。
 背中を冷たい手で撫でられたような感覚が走り、唾を飲み下す音が、やけに大きく響く。
 篝は黒斧の柄を強く握り直し、ゆっくりとシャッターを潜り抜けた。

 瞬間――景色が一変した。
 視界の全てが、渦巻く瘴気に覆われる。
 甘く濁った腐敗臭が、鼻腔に絡みつき喉を焼く。
 重く――息苦しい――。
 肌にまとわりつく瘴気は生ぬるく、ぬめったような感触が這いまわる。

 地獄のような光景に、心に一瞬の空白が生まれる。
 すぐさま自分を取り戻し、周囲の状況を確認する。
「――!」
 人だ。
 視線の先に4人。
 点々と倒れているのが見えた。
「封鎖地点内に高濃度の瘴気を確認。また4名の負傷者を発見。救援を――」
 即座に通信を試みるが、耳を掻き毟るようなノイズ音だけが返ってきた。
「クソっ……!」
 心に焦燥感が募る。
 すぐさま駆け寄り、防護服のバイタルデータを確認すると、脈拍や呼吸に異常は見られなかった。
「良かった……」
 安堵の息が漏れる。
 それから順に、全員の生存が確認できた。
 しかし、どこか腑に落ちない。
「防護服は特に破損していないし、瘴気の濃度は異常だけど、防げないレベルでもない……」
 疑念が頭の片隅によぎるが、まずは救助を優先する。そう判断し、地面に倒れた調査員に手を伸ばした。

 ぴくり――と指が動く。
 防護服の奥から「うぅ……」と掠れた声が聞こえる。小さい、けれど確かに耳に届いた。

「大丈夫ですか!?」
 思わず声を張り上げ、肩を抱き上げようしたその時――。

 突如、調査員の体が跳ねる。
 地面を漂う瘴気が、まるで触手のように調査員に絡みつく。
「あがががぎいぃいぃああアアアア!!」
 奇怪な叫び声を上げる男。
 全身を脈打たせ、狂ったように手足を暴れさせる。
 防護服が膨れ上がり、内側から骨の軋むような音が聞こえてくる。
 やがて、膨張に耐えきれなくなった服は破れ始める。
 解れた隙間から、虫が湧き出すように瘴気が漏れ出していた。

 胸を突き出すように、男の体が反り返る。
「いいいいいいいイイイイイイイイィィ――‼」
 ひと際大きな、電子音のような無機質な悲鳴。
 その声は鼓膜を突き刺し、耳鳴りにも似た不快感を与えてくる。

 その時――。
 ボンッ‼
 大きな破裂音が響き、防護服が弾け飛ぶ。

 本能的に、距離を取るように跳び退った。
 眼前の衝撃的な光景に、黒斧を握る手に汗がにじみ、呼吸が荒くなっていく。

 そこには、一匹のオニ――。
 人間の成れの果てが、赤い眼で篝を捉えている。
「なに……これ……」
 締め付けられるような喉から、かろうじて一言、言葉を絞り出す。

 野獣のような唸り声が、ほかに3つ、背後からも聞こえてきた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...