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第二話
◆4/邂逅と後悔
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「どういうこと……!?」
思考が追い付かない。
篝の知る、O.N.Iの感染症状と一致しない。
思考の混乱が困惑を呼び、混迷の渦へと叩き込まれる。
その動揺を見透かすように、目の前のオニが篝に向かって跳びかかる。
迫りくる脅威を認識した瞬間、篝は意識的に思考を凍り付かせた。
払いのけ、蹴り飛ばす。
背後から別のオニ。振り向きざまに斬り伏せる。
勢いを殺さず駆け、もう一匹。
残った二匹が同時に襲い掛かる。
くるりと一回転。
空中に青い華が咲くように、オニ達の血が撒き散らされた。
束の間の静寂。
ゴトリ、パシャリと、命をなくしたオニ達の体が、戦いの終わりを告げる音楽を鳴らす。
指揮棒をおろすように、黒斧に着いた血を振り払った。
ほんの少し、息を吐く。
凍結した思考が、ゆるやかに溶けていく。仕方が無かった――そんな単純な言葉では支えきれない。4人の命の重さに、全身から冷たい汗が噴き出す。
何度も浅い呼吸を繰り返すと、次第に体温が戻ってきた。
強張っていた体から力が抜け、疲労感が押し寄せる。
「あれ? 死んでないじゃん。せっかく作ったのに、役に立たないな~」
唐突に背後から投げかけられた声。
その声には、嫌悪と殺気が含まれていた。
篝は反射的に、黒斧を背後に向け薙ぎ払う。
しかし、苛烈な勢いで振りぬいたはずの斧は、時が止まったかのようにピタリと空中で静止した。
黒斧の刃は、小さくか細い腕で受け止められている。
「……え? うっそ! 篝じゃん!」
可愛らしく透き通った声が、篝の鼓膜を震わせる。
――その声に聞き覚えがあった。
瞬きを忘れるほど見開いた篝の目に、一人の少女が映る。
――その少女に見覚えがあった。
呼吸を忘れる。
心臓が早鐘を打つ。
絞り出そうとした声は、言葉にならなかった。
黒斧を握る手が緩み、盛大な音を立て地面に落ちる。
肩口で揃えられたオレンジ色の髪は、毛先に向かってレモンイエローへと色を移していく。それはまるで、大輪の向日葵のようだった。
紫紺のゴシックブラウスは大きく肩口が開き、そこからのぞく肌は異様に青白い。
そして燃えるように赤い瞳が、喜色をたたえている。
人間のように見える。けれど、人間とは思えない禍々しさを、全身から発散させていた。
その少女は、間違いなく――〝オニ〟だった。
「間違いじゃないよね? 本当に篝だよね!」
オニは篝の周りをくるくると、踊るようにまわる。肩口を彩るレースが瘴気に漂うように揺れる。地面を叩くブーツが、場違いなほど軽いリズムを刻んでいた。
篝は凍り付いたように、指先一つ動かせない。
「いつぶりかなー? ほんと久しぶり! ねぇ、元気してた?」
篝の体をペチペチと可愛らしく叩きながら、親しげに話しかけてくる。
足元が崩れ落ちるような浮遊感に、篝はその場にへたり込んだ。
「なーにぃ? その反応。忘れちゃったの? 篝のし・ん・ゆ・うの――夕霧だよぉ?」
「ゆう……ぎ……り……?」
篝は呆けたような表情で、オウム返しに名前を呼ぶ。
頭の中で砂嵐が吹き荒れる。
――何も理解できない。
「あぁ、なるほどね……。篝は……私を見捨てたもんねぇ。だからぁ、忘れちゃってんだぁ……」
脳みそを撃ち抜かれたような衝撃に、思考が止まる。
ニタニタと笑う夕霧が、篝を見下ろす。
その邪悪な笑みは、篝の胸に憎しみの刃を突き立てているかのようだった。
「ちが……。ごめん……。ごめんなさい……」
視界が滲む。
あの時、掴めなかった手――後悔が、涙となって溢れ出す。
篝は、座り込んだまま、滂沱の涙を流すことしか出来なかった。
――ドンッ!!
突如、みぞおちに鋭く重い衝撃が走り、視界がぐるりと回転する。
風を切った体が背中から壁に叩きつけられ、肺から空気が絞り出される。
内臓が軋み、息がうまく吸えない。
痛みと息苦しさで、視界が滲む。
力の入らない足で、懸命に体を支えた。
「あれ? 何で死なないの? ちゃんと蹴ったんだけどなぁ……」
ゴホゴホと咳き込む篝を、夕霧は心底不思議そうに見つめている。
「まあいっか。さすがに、頭を潰せば死ぬよね?」
夕霧はクスクスと、心底愉快そうに笑う。
その氷のような笑顔に、篝は初めて恐怖を覚えた。
可愛らしい笑い声が、ピタリと止まる。
一瞬の静寂。
次いで、建物全体を揺らすほどの轟音。
同時に、夕霧の姿が消えた。
音を置き去りにするかのように、間合いを一気に詰めてくる。
大きく振りかぶった右拳が、篝の顔面を狙う。
篝は必死に身を捻り、転がるように回避する。
篝のすぐそばで、堅牢なコンクリートの壁が砕け散った。
「なんで! 避けちゃうの! ちゃんと! 死になさいよッ!」
夕霧の叫びがヒステリックにこだまする。
ドンッと足を踏み鳴らし、駄々っ子のように、全身から苛立ちをあふれさせる。
睨みつける目には、焼き焦がすような怒りが燃えていた。
夕霧の姿を持つ〝あれ〟は何なのだろう。
識っている。けれど理解できない。
理外の範疇から這いよる恐怖が、全身から力を奪い去る。
「あんたねぇ……。わたしに何したか、分かってんの? ねぇっ!? 分かってんなら、ちゃんと殺されなさいよッ!!」
夕霧が怒号を響かせながら、篝の元へ迫る。
震えるほどに握りしめられた拳は、噴き出す怒りを叩きつける鉄槌。
地面を踏み抜くように進む脚は、凝積した悲鳴を刻む杭。
全身から蜃気楼のように立ち昇る憎しみが、篝の心を蝕み、ボロボロと風化させていく。
――殺される。
死神の冷たい手が、首筋を優しく撫でていく。
抱擁する死の予感が、瞬きすら許さない。
何度も感じた、世界が閉じていくような感触がよみがえる。
心の奥で、ぷつりと――何かが切れる音がした。
ふっと、力が抜ける。
「しょうがないよね……」
篝から漏れる諦めの呟き。
瞳から光が消え、口元は薄く笑みを浮かべている。
「うん。良いよ、夕霧。わたしを……壊して……」
窓から差し込む夕日が、夕霧を黒くぼんやりとした影に変える。
振り上げた拳は逆光に輝き、まるでダイヤモンドリングのように神々しい。
その拳が。
篝に向かって。
振り、降ろされる。
思考が追い付かない。
篝の知る、O.N.Iの感染症状と一致しない。
思考の混乱が困惑を呼び、混迷の渦へと叩き込まれる。
その動揺を見透かすように、目の前のオニが篝に向かって跳びかかる。
迫りくる脅威を認識した瞬間、篝は意識的に思考を凍り付かせた。
払いのけ、蹴り飛ばす。
背後から別のオニ。振り向きざまに斬り伏せる。
勢いを殺さず駆け、もう一匹。
残った二匹が同時に襲い掛かる。
くるりと一回転。
空中に青い華が咲くように、オニ達の血が撒き散らされた。
束の間の静寂。
ゴトリ、パシャリと、命をなくしたオニ達の体が、戦いの終わりを告げる音楽を鳴らす。
指揮棒をおろすように、黒斧に着いた血を振り払った。
ほんの少し、息を吐く。
凍結した思考が、ゆるやかに溶けていく。仕方が無かった――そんな単純な言葉では支えきれない。4人の命の重さに、全身から冷たい汗が噴き出す。
何度も浅い呼吸を繰り返すと、次第に体温が戻ってきた。
強張っていた体から力が抜け、疲労感が押し寄せる。
「あれ? 死んでないじゃん。せっかく作ったのに、役に立たないな~」
唐突に背後から投げかけられた声。
その声には、嫌悪と殺気が含まれていた。
篝は反射的に、黒斧を背後に向け薙ぎ払う。
しかし、苛烈な勢いで振りぬいたはずの斧は、時が止まったかのようにピタリと空中で静止した。
黒斧の刃は、小さくか細い腕で受け止められている。
「……え? うっそ! 篝じゃん!」
可愛らしく透き通った声が、篝の鼓膜を震わせる。
――その声に聞き覚えがあった。
瞬きを忘れるほど見開いた篝の目に、一人の少女が映る。
――その少女に見覚えがあった。
呼吸を忘れる。
心臓が早鐘を打つ。
絞り出そうとした声は、言葉にならなかった。
黒斧を握る手が緩み、盛大な音を立て地面に落ちる。
肩口で揃えられたオレンジ色の髪は、毛先に向かってレモンイエローへと色を移していく。それはまるで、大輪の向日葵のようだった。
紫紺のゴシックブラウスは大きく肩口が開き、そこからのぞく肌は異様に青白い。
そして燃えるように赤い瞳が、喜色をたたえている。
人間のように見える。けれど、人間とは思えない禍々しさを、全身から発散させていた。
その少女は、間違いなく――〝オニ〟だった。
「間違いじゃないよね? 本当に篝だよね!」
オニは篝の周りをくるくると、踊るようにまわる。肩口を彩るレースが瘴気に漂うように揺れる。地面を叩くブーツが、場違いなほど軽いリズムを刻んでいた。
篝は凍り付いたように、指先一つ動かせない。
「いつぶりかなー? ほんと久しぶり! ねぇ、元気してた?」
篝の体をペチペチと可愛らしく叩きながら、親しげに話しかけてくる。
足元が崩れ落ちるような浮遊感に、篝はその場にへたり込んだ。
「なーにぃ? その反応。忘れちゃったの? 篝のし・ん・ゆ・うの――夕霧だよぉ?」
「ゆう……ぎ……り……?」
篝は呆けたような表情で、オウム返しに名前を呼ぶ。
頭の中で砂嵐が吹き荒れる。
――何も理解できない。
「あぁ、なるほどね……。篝は……私を見捨てたもんねぇ。だからぁ、忘れちゃってんだぁ……」
脳みそを撃ち抜かれたような衝撃に、思考が止まる。
ニタニタと笑う夕霧が、篝を見下ろす。
その邪悪な笑みは、篝の胸に憎しみの刃を突き立てているかのようだった。
「ちが……。ごめん……。ごめんなさい……」
視界が滲む。
あの時、掴めなかった手――後悔が、涙となって溢れ出す。
篝は、座り込んだまま、滂沱の涙を流すことしか出来なかった。
――ドンッ!!
突如、みぞおちに鋭く重い衝撃が走り、視界がぐるりと回転する。
風を切った体が背中から壁に叩きつけられ、肺から空気が絞り出される。
内臓が軋み、息がうまく吸えない。
痛みと息苦しさで、視界が滲む。
力の入らない足で、懸命に体を支えた。
「あれ? 何で死なないの? ちゃんと蹴ったんだけどなぁ……」
ゴホゴホと咳き込む篝を、夕霧は心底不思議そうに見つめている。
「まあいっか。さすがに、頭を潰せば死ぬよね?」
夕霧はクスクスと、心底愉快そうに笑う。
その氷のような笑顔に、篝は初めて恐怖を覚えた。
可愛らしい笑い声が、ピタリと止まる。
一瞬の静寂。
次いで、建物全体を揺らすほどの轟音。
同時に、夕霧の姿が消えた。
音を置き去りにするかのように、間合いを一気に詰めてくる。
大きく振りかぶった右拳が、篝の顔面を狙う。
篝は必死に身を捻り、転がるように回避する。
篝のすぐそばで、堅牢なコンクリートの壁が砕け散った。
「なんで! 避けちゃうの! ちゃんと! 死になさいよッ!」
夕霧の叫びがヒステリックにこだまする。
ドンッと足を踏み鳴らし、駄々っ子のように、全身から苛立ちをあふれさせる。
睨みつける目には、焼き焦がすような怒りが燃えていた。
夕霧の姿を持つ〝あれ〟は何なのだろう。
識っている。けれど理解できない。
理外の範疇から這いよる恐怖が、全身から力を奪い去る。
「あんたねぇ……。わたしに何したか、分かってんの? ねぇっ!? 分かってんなら、ちゃんと殺されなさいよッ!!」
夕霧が怒号を響かせながら、篝の元へ迫る。
震えるほどに握りしめられた拳は、噴き出す怒りを叩きつける鉄槌。
地面を踏み抜くように進む脚は、凝積した悲鳴を刻む杭。
全身から蜃気楼のように立ち昇る憎しみが、篝の心を蝕み、ボロボロと風化させていく。
――殺される。
死神の冷たい手が、首筋を優しく撫でていく。
抱擁する死の予感が、瞬きすら許さない。
何度も感じた、世界が閉じていくような感触がよみがえる。
心の奥で、ぷつりと――何かが切れる音がした。
ふっと、力が抜ける。
「しょうがないよね……」
篝から漏れる諦めの呟き。
瞳から光が消え、口元は薄く笑みを浮かべている。
「うん。良いよ、夕霧。わたしを……壊して……」
窓から差し込む夕日が、夕霧を黒くぼんやりとした影に変える。
振り上げた拳は逆光に輝き、まるでダイヤモンドリングのように神々しい。
その拳が。
篝に向かって。
振り、降ろされる。
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