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第四話
◆3/鈍色の告白
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晴れ渡った空には雲一つなく、太陽の光が暖かく照らしている。
しかし、吹き抜ける風は、なぜか冷たく感じられた。
篝は、キッチンカーで購入したコーヒーを片手に、公園のベンチに腰を下ろしている。
目覚めてから1週間。篝の体は、日常生活を送れる程度には回復した。
しかし心の大部分は、未だにあの廃倉庫に囚われたままだった。
心の色が少しずつ抜け落ちていく。
夕霧の刻んだ傷跡だけが、無彩色の世界のなかで赤い染みを作っていた。
篝と世界を隔てる薄膜の向こうで、こもった電子音が鳴っている。
その音が、自分の耳についた通信機の呼び出し音だと、しばらく気づくことが出来なかった。
すぐさま指で触れ、通信をつなぐ。
『司令がお呼びです。先の任務の報告をお願いします』
その言葉に、篝の心臓が激しく脈打つ。じわりと冷や汗が滲み、頭の芯にズシリとした重みを感じる。
冷えたコーヒーを喉へ流し込み、ベンチから重い腰を上げた。
冷たい照明に照らされた、リノリウムの廊下を進んでいく。壁に反響する乾いた足音すら、どこか重さを感じさせた。
廊下の奥に、重厚な扉が見えてくる。木札には『指令室』の文字。
辿り着くのが怖かった。
何度目かの深呼吸。ノックのために握った手を、また開いて下ろす。
もう何度も同じ動作を繰り返していた。
「また逃げてばっかり……」
唇をぎゅっと噛み、沈んだ精神を無理やり浮上させる。勇気の残滓を手に乗せて、扉をゆっくりと4回、叩いた。
「どうぞ」
静かで落ち着いた声が返ってくる。短い言葉の背後に、確かな威厳を感じさせた。
「防疫部機動課、明松毘。入ります」篝の声は、少しだけ上ずっていた。
中に入ると重厚な木製のデスクの上で、倉橋司令が書類に目を通している。
逞しい体つきと伸びた背筋が、彼の実直さと誠実さを物語っていた。
「体は、もう大丈夫かい?」
書類から目を上げた倉橋が、豊かなあご髭を撫でながら尋ねてくる。
「はい。いつでも復帰できます」
「そうか……。本当に、無事で良かった」
目じりに皺を作りながら微笑む姿は、心の底から篝の無事を祝ってくれているようだった。
「娘達も心配していたんだ。スズネは勿論、リンネもな」
倉橋が視線を送った先を見ると、無表情にリンネが立っている。気のせいか、頬にほんのりと朱が差しているように見えた。
「ちょうど、リンネからの技術的な報告が片付いたところだ。明松毘くん。君の報告を聞こうか」
「はい……」
何から伝えれば良いのかわからない。形にしようとした言葉が喉で詰まり、また思考の海へと戻っていく。
答えあぐねている篝に、倉橋が助け船を出すように言葉を差し出してきた。
「音声ログを確認させてもらった。……君は、あのオニを知っているようだったね」
〝あのオニ〟――その言葉が胸を穿つ。
胸中の整理がつかないまま、篝はぽつりぽつりと語り始める。
「あの子の名前は……夕霧と言います」
「あの子……と言うことは、見知った人間だったのかい?」
篝は目を伏せ、小さく息を吐いた。
「人間だった……」
今はもう、人間じゃない――それは、分かっていた。けれど、その事実は、まるで鉛を飲み込んだような、重く苦しい気分にさせた。
なにも見ず、ただ視線だけをふたりへ向ける。
「そう。人間……でした……。わたしの、友達……」
喉を塞ぐ感情を、ゆっくりと吐き出すように――。
「親友でした。心を許せた唯一の……。でも、わたしは、あの子を見捨ててしまった……」
告白した。
しかし、吹き抜ける風は、なぜか冷たく感じられた。
篝は、キッチンカーで購入したコーヒーを片手に、公園のベンチに腰を下ろしている。
目覚めてから1週間。篝の体は、日常生活を送れる程度には回復した。
しかし心の大部分は、未だにあの廃倉庫に囚われたままだった。
心の色が少しずつ抜け落ちていく。
夕霧の刻んだ傷跡だけが、無彩色の世界のなかで赤い染みを作っていた。
篝と世界を隔てる薄膜の向こうで、こもった電子音が鳴っている。
その音が、自分の耳についた通信機の呼び出し音だと、しばらく気づくことが出来なかった。
すぐさま指で触れ、通信をつなぐ。
『司令がお呼びです。先の任務の報告をお願いします』
その言葉に、篝の心臓が激しく脈打つ。じわりと冷や汗が滲み、頭の芯にズシリとした重みを感じる。
冷えたコーヒーを喉へ流し込み、ベンチから重い腰を上げた。
冷たい照明に照らされた、リノリウムの廊下を進んでいく。壁に反響する乾いた足音すら、どこか重さを感じさせた。
廊下の奥に、重厚な扉が見えてくる。木札には『指令室』の文字。
辿り着くのが怖かった。
何度目かの深呼吸。ノックのために握った手を、また開いて下ろす。
もう何度も同じ動作を繰り返していた。
「また逃げてばっかり……」
唇をぎゅっと噛み、沈んだ精神を無理やり浮上させる。勇気の残滓を手に乗せて、扉をゆっくりと4回、叩いた。
「どうぞ」
静かで落ち着いた声が返ってくる。短い言葉の背後に、確かな威厳を感じさせた。
「防疫部機動課、明松毘。入ります」篝の声は、少しだけ上ずっていた。
中に入ると重厚な木製のデスクの上で、倉橋司令が書類に目を通している。
逞しい体つきと伸びた背筋が、彼の実直さと誠実さを物語っていた。
「体は、もう大丈夫かい?」
書類から目を上げた倉橋が、豊かなあご髭を撫でながら尋ねてくる。
「はい。いつでも復帰できます」
「そうか……。本当に、無事で良かった」
目じりに皺を作りながら微笑む姿は、心の底から篝の無事を祝ってくれているようだった。
「娘達も心配していたんだ。スズネは勿論、リンネもな」
倉橋が視線を送った先を見ると、無表情にリンネが立っている。気のせいか、頬にほんのりと朱が差しているように見えた。
「ちょうど、リンネからの技術的な報告が片付いたところだ。明松毘くん。君の報告を聞こうか」
「はい……」
何から伝えれば良いのかわからない。形にしようとした言葉が喉で詰まり、また思考の海へと戻っていく。
答えあぐねている篝に、倉橋が助け船を出すように言葉を差し出してきた。
「音声ログを確認させてもらった。……君は、あのオニを知っているようだったね」
〝あのオニ〟――その言葉が胸を穿つ。
胸中の整理がつかないまま、篝はぽつりぽつりと語り始める。
「あの子の名前は……夕霧と言います」
「あの子……と言うことは、見知った人間だったのかい?」
篝は目を伏せ、小さく息を吐いた。
「人間だった……」
今はもう、人間じゃない――それは、分かっていた。けれど、その事実は、まるで鉛を飲み込んだような、重く苦しい気分にさせた。
なにも見ず、ただ視線だけをふたりへ向ける。
「そう。人間……でした……。わたしの、友達……」
喉を塞ぐ感情を、ゆっくりと吐き出すように――。
「親友でした。心を許せた唯一の……。でも、わたしは、あの子を見捨ててしまった……」
告白した。
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