贖罪の篝火

ねりうむ

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第四話

◆2/小さな陽光

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 勢いよく開いたドアの音に、目を丸くする医師と看護師――そして篝。
 その篝を見て、目を丸くするスズネ。
 さほど広くない病室の中で、4人の目が大きく見開かれていた。

 スズネの大きな目から、ボロボロと大粒の涙があふれて流れる。
「カガリン……よがっだぁぁぁ!」
 ドアに寄りかかるようにして、へなへなと力なく地面に崩れ落ちていった。
 そのまま地面をズリズリと這いながら、ベッドサイドへと向かってくる。リンネの服装そのままだったので、黒のロングスカートが床を掃除していた。

 苦笑いする看護師達が退出すると、スズネは照れくさそうに話し始める。
「めっちゃ格好悪いとこ見られてもうたな~。でも、カガリンの目ぇ覚めてほんま良かったわ。もう大丈夫? 痛いとことかないんか?」
「うん。お医者さんも大丈夫そうって言ってくれたよ。心配かけてごめんね」
「カガリンは何も悪ないやん。謝らんとってぇな……」
 しゅんと目を伏せるスズネ。この感情表現の素直さが、篝には微笑ましいと同時に羨ましく思えた。

「でもな、カガリンは3週間も寝てたんやで。ほんま無理したらあかんで」
「3週間……? そんなに経ってるの?」
 篝自身の感覚では、ついさっき倉庫から通信を送ったばかりだった。けれど、現実には3週間という時間が経過していた。
 時間の断絶に、足元が崩れ落ちるような感覚が広がる。ベッドに寝ているのに、体がどこにも着地しないような――不確かな浮遊感が息苦しさを感じさせた。
「うん。体の傷とか骨折とか、そんなんは治療ポッドつこて、1週間くらいで回復してん。でも、そっから全然起きひんくて……」
 その時の不安感を思い出したのか、スズネが悲しそうに眉根を寄せた。
 確かに体に力は入らないが、見える範囲の傷は癒え、左足は違和感もなく動かせそうだった。

「でも、こうやって目ぇも覚めたし、ほんまに良かった!」
 スズネが満面の笑顔を浮かべる。乾いた医務室の空気さえ明るくするようなその笑みに、篝の胸にも陽光の暖かさが広がった。
 篝は思わず、すがるようにスズネを抱きしめた。寒風に晒され凍てついた心が、少しでも溶けていくように。
「――わっ! なに。え? カガリンどしたん?」
 スズネは驚いた声を上げるが、すぐさま篝の背中に手を回し、そっと抱きしめた。
「いつもと逆やな。……でも、こんなんもええな」
 病室に差し込む光が、少しだけ傾いていった。

「落ち着いた?」
 スズネが背中を、トン、トンと叩く。
「うん。急にごめんね」
「気にせんで! たまにはお返しせんとバチ当たるわ」
 照れくさそうに顔を見合わせ、ふたりで笑いあう。ぎこちない、けれど暖かな空気が病室を包み込む。
 篝は、自身の奥底に巣食う恐怖心が、少し和らいでいるのを自覚した。

 サイドチェアに座りなおしたスズネが、スカートの膝元をパンパンとはたいている。
「それ、後でリンネさんに怒られない……?」
「もう頭んなかで怒っとる……。ほんま、やかましいやつやで……」
 顔全体で不満を表現しているスズネを見て、篝は思わず吹き出してしまう。
 廃倉庫の地獄から、少しだけ日常へ戻れた気がした。

「そういや……」
 ふいに、スズネの声が低くなった。
「戦闘データを見さしてもろたんやけど、アイツなんやったんやろ。今までのオニと全く違ってたで」
 スズネの言葉に鼓動が跳ね上がる。肺から空気が絞り出され、喉の奥でひゅっと音が鳴った。
「あ……あれは……」
 複雑なパズルのように、言葉がなかなか噛み合わない。思考だけが、混沌の中をぐるぐると回り続けている。
 
 コンコン――。
 
 ノックの音が、篝を現実へと引き戻す。
 慌てて返事をすると、看護師がお盆を抱え入室してきた。
「明松毘さん、お加減いかがですか? ご飯、食べられそうですか?」
 看護師を見たスズネが、「しまった」という顔をした。
「わ! ごめんカガリン! ウチ、長居しすぎやな。起きたばっかやのに、ほんまごめんな!」
 スズネは来た時と同じく、バタバタと慌ただしく部屋を出ていく。
 その背を、無言で見送る事しか出来なかった。
 日没直前の、切なさと寂しさが交叉したような、そんな感覚が胸を吹き抜ける。
 
 その日食べた回復食は、柔らかい砂のようだった。
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