願えば初恋

わいあーる

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◇私の決意◇

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事務所で呼び止められ、当時の私の上司である山本店長から転勤の話を聞いた、あの時の衝撃を今でも忘れない。

さすがに話を切り出した山本店長自身も「僕から断っとこうか?」なんて、苦笑いだったな。

本社からの指示なら有無を言わず従うだろう立場の"店長"が、何でそこまで言ってくれたのか。

それは、私の転勤先があまりにも遠かったから。

その当時、男性社員なら遠方地への転勤もあるとは聞いていた。

でも、私は女。

福岡県の片田舎でぬくぬくと実家暮らし。

もちろん、掃除・洗濯・家事・食事の全てを母親に任せっきりにしていたダメ女。

そんな私に降りかかってきた突然の転勤話。

23歳にもなってロクに家の手伝いもせず、自分のしたい事ばかりしていた私に神は試練を与えたかったのか。


「甘味くん。今ちょっといいかい?」

「はい。大丈夫ですよ」

休憩時間もあと残りわずか5分という所で、用事があって事務所に立ち寄った私は山本店長に呼び止められていた。

「君にさ、転勤の話が出とるんやけど」

「そうですか」

「驚かんとやね?!」

そう言う山本店長の方が、私の落ち着き払った様子を見て驚いている。

「実はそろそろかな~とは思っていました。同期も転勤してますし。店舗はどこですか?」

なんて山本店長と話しながらも頭の中に浮かんだ1つの店舗。

「あっ、もしかして。産休に入る人がいるってこの前話していたあの店舗ですか?」

「んー、それがねぇ」

山本店長の顔を窺い見れば、どうやら私の予想は外れたらしい。山本店長は何やら渋い顔をして話を続ける。

「もうじき出来る大型の新店舗なんやけどさぁ。甘味くん、どんな店舗か知ってる?」

「あーー。その店舗の事なら私も知ってますよ。すっごい大きな店舗が出来るってわざわざ社内報に案内が出てた店舗の事ですよね?」

「そう、その店舗」

「…………あれ?」

意気揚々と答えながらも、突如沸いた一つの疑問に胸のザワつきは抑えきれず。

「あのぉ………えっ?!あ、あれ?!でもあの店舗って、確か本社の近く……ですよね?」

「そうなんよ」

ご名答とばかりに山本店長は首を縦に頷くが、正解した所で嬉しさなんか込み上げてくる訳もない。

「え…………………」

暫く思考回路が停止したのち、

「えーーー!!!めっっっっちゃ遠くないですか?!!」

あまりにびっくりし過ぎて、窓一つない狭い事務所中に私の声が響き渡る。

「そうっちゃんねー。遠いっちゃん。甘味くん、どう?この辞令受ける?」

店長デスクの椅子に腰掛けた山本店長は、腕組みしたまま私に問いかける。

「えっっーと。どーーーしましょっかねーーーーーー」

悩んではいるが、まさか過ぎる転勤先に頭の中は何一つ考えがまとまらず。

「いやっ、でもですよ?!何で私なんですか??!もっと近くの人じゃダメやったんですか???!」

本社近くなら周辺にもいくつか店舗があったはずだし、経費的な面でもわざわざ私を遠くから呼び寄せる理由が分からない。

「それがね…、」

山本店長が人事課長から聞いた話では、社長を筆頭とした経営陣が、この不景気の中、現状打破にと我が社の社運をかけた一大プロジェクトを掲げ。当社トップクラスの大型店を考案し、その店舗がそろそろ完成間近だという。

「やけんさ、正規の社員だけでも40人程その店舗に集めるみたいでね。閉店させる元の店舗の社員はそのままスライドさせるにしても、足りん若手を地方からかき集めとるみたいなんよね~」

以前から、私が勤める会社の第一号店の老朽化が問題になっていたのは知ってはいたが、それは遠い場所での話しだからと何の関心も持たなかったのに、まさかそんな遠い場所の話が私の身に降りかかってこようとは想像すらしておらず。

「正社員だけでも40人ですか?!それプラスでパートさんやアルバイトさんもおるんですよね?!しかも一号店の後継店って、何やっても本社からの注目度MAXですよね?!え…、そんな所でやってけるかなぁ…。そうですかーー。んーー、どーするかな~~。やっぱ、本社の指示なら行った方がいいんですかねぇ~?」

「どうやろね~?嫌なら、僕からうまいごと断っちゃろうか。正直、そんな無理してこっちの地区から人を出さんでもいい気もするっちゃんね~」

山本店長のその言葉を聞いて、私は少し安堵した。

「あーーーー、じゃあ。少しだけ時間をもらっていいですか?」

その場ですぐには返事が出せなかった。

「失礼します」

「うん。返事の期限があるけん、どっちにするか、なるべく早めに教えてね」

「はい。分かりました」

事務所から出るなり、まだ仕事中にもかかわらず、こっそり母親に電話で報告。

早くに結婚して実家近くに住んでいる3歳年上の"兄"勇里にも連絡し、もちろん友達にもLINEで相談。

突然の転勤話に、私同様皆とても驚いていた。

それと同時に私の事をとても心配してくれた。

電気屋に勤めておきながら、洗濯機1つ使わない私が一人暮らしなんて到底無理だろうと___





「って、みんな言うんやけど酷くない??!私ってそんなものぐさに見えるんやか?!やっぱり彩花もそう思う?!」

みんなに異常なほどに危惧されて傷心の私は、携帯電話を片手に自分の部屋のベッドに寝転び、最後の砦である親友の彩花にアドバイスを求める。

「確かにその通りやとは思うけどさ」

「えー!!なんでぇー?!彩花まで酷いー!!」

否定してくれると思っていた彩花にまで裏切られて、私は更に不貞腐れモード。

「でもさ、だからこそ良い経験にもなるっちゃない?今までは甘えられる人がそばにおりすぎて何もせんやっただけで、誰もやってくれる人がおらん状況なら、どうあがいても自分で全部せんといけんやん?杏もいつかは結婚するんやし、ちょっとぐらいは料理も出来るようにならんと。花嫁修行に行ったと思って頑張ってみるのもいいんやないかな~?」

「そっか!そうだよね!」

さすが私が全幅の信頼を寄せる心の友。
彩花の助言に、ずーんと沈んでいた私の心は軽くなる。

「仕事と称して花嫁修行に出たって思えばいいのか!それに、10年20年いる訳じゃないやろうし、店長も店が落ち着いたら2~3年でこっちの店舗に返してくれるかもっち言ってたしなぁ~」

「そうなんやん!良かったー!進めといてなんやけど、杏がいないとやっぱり寂しい。ごめんね。せっかく相談してくれたのに、何の力にもなれんで」

「ううん!全然そんな事ないよ!彩花に話を聞いてもらって気が楽になった。ありがとう!」

「そっか。それなら良かった。で、杏の考えはどうなん?」

「んーーー。実際まだ迷っとるっちゃんねー。あーーー。どうしよっかなー」

やっぱり最後に決断するのは自分だ。

いつまでもダラダラと返事を保留する訳にもいかないし。
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